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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
33/235

翳り

 


「あれは何ですか!あれも、あとこれも!」


 かぐやは花やら野鳥やらを指さして僕たちに色々と尋ねてきた。いくら屋敷から出たことがないとはいえ、これだけ当たり前の自然について知らないというのは異常と言わざるを得ない。僕はこの光景を、微笑ましさと物悲しさを混じったような感情で見つめていた。


「かぐやってさァ、屋敷に来る前とかどうしてたんだ?」


 興奮冷めやらぬ様子のかぐやは、生えていたたんぽぽを摘んで匂いを堪能しながらなんでもないように答えた。


「京に居ました。私は中宮と帝の間に産まれた子だったので。でも...。」


 そこから先の言葉が発されることは無かった。何となく、聞いてはいけないような気がしたからだ。それにしても、僕は驚きを隠せなかった。かぐやがそれなりに高貴な身分であろうことは察していたが、まさか帝の子だったとは。しかも相手は正室の中宮。普通ならこんなむさ苦しい武家屋敷に送られるような身分では無いのだが、そこはなにか事情があるのだろう。


「へェ〜。まぁオレも藤原の人間だからよ!京のキショさは分かるぜ!陰湿なんだよアイツら、特に陰陽院の爺さん共が最悪なんだ!」


 意外と空気が読めるのか、ヤスがわざとおちゃらけて場の空気を温める。それにふふっと笑い、同調したかぐやと話に花を咲かせるヤスを見て、少しの疎外感を感じた。


「京ってそんな場所なんだ...。なんか行ったことないのに印象がどんどん悪くなっていく...。そういえば僕のお父さんも京で鍛冶師をやってるんだ〜!」


 何とか話に混じろうと、必死で頭を捻って言葉を繋ぐ。そんな決死の試みが功を奏して、僕もようやく話に交わることが出来た。


 そうやって三人で談笑をしながら、夜の町をぐるっと一周して武家屋敷へと戻る。かぐやは帰り際に寂しそうな顔をしていたので、また一緒に行こうと次の約束を取り付けておいた。


 そうしてその場を解散し、僕達は別々に各々の自室へ帰って行った。布団に入ろうとすると、花丸が僕のお腹の上に乗ってくる。ちょっと前までは全然平気だったのに、最近はもう重くなってきて寝苦しい。僕はそっと花丸を横へずらして、眠りについた。


 次の日、僕らがいつものように貞光さんの所へ行き講義を受けようとしていると、そこには貞光さんだけでなく、頼光さんまでもが厳かに座っていた。


「保晶くん、春水くん。君たちはもう基礎を終えました。あとは実践あるのみです。と言うことで、これから暫くは頼光さんの任務に同行してもらいます。」


「そういうことだ。今から発つぞ、付いてこい童ども。」


 有無を言う前に、僕らは頼光さんの両脇に抱えられて連行された。それに抗議しようとして暴れるヤスに頼光さんは素早い手刀を喰らわし、ヤスを気絶させる。それを見た僕は抵抗する気概を失ってしまったので、大人しく頼光さんに運ばれることにした。


 それから馬に乗せられること三時間。僕らはこじんまりとした廃村に連れてこられた。廃村は酷い有様で、焼け焦げた家屋や腐りきった人の死体がゴロゴロ転がっている。井戸なんかにも蜘蛛の巣が貼られていて、この村がもう長いこと放棄されてきたというのがありありと分かる光景だった。


「この村に何らかのもののけが住み着いているとの報告があってな。二人だけで退治してこい。ほら、はよ行かんか。」


 馬から蹴り落とされ、仕方なく二人で廃村を回ることにした。一体何のもののけなのか。数はどのぐらいなのか。戦力は如何程なのか。これら全てを何も知らされないまま、闇雲に探さなくてはならないことに恐怖を覚える。


 とりあえず一通り村を巡って、不振な点がいくつか出てきた。この村のどこもが荒廃しているというのに、田んぼだけは未だに綺麗だったこと。井戸が死んでいるはずなのに、田んぼへ続く水路だけが生きているということ。


 ここまで来て、僕とヤスはピンと来た。なぜなら、これは貞光さんの講義で最近出た問題だったからだ。田んぼの整備をここまできちんとするもののけは、泥田坊以外にありえない。つまりこの村に住み着いたもののけというのは泥田坊で間違いないだろう。


 しかし、こう考えるとさらに疑問が生まれる。泥田坊は比較的温厚な部類のもののけだ。それどころか、しっかり田んぼを耕すのであれば人間にとって益があると言ってもいい程に友好的な関係を結ぶことが出来る。


 それがなぜ、村を焼くなんて暴挙に出たのだろうか。そもそも、この村を焼いたのは本当に泥田坊なのだろうか。


 今一度確かめるため、腐食しきった死体を観察する。死体には食いちぎられたような跡があるもの、爪に貫かれた傷が散見されるものの二種類に大きく別れた。


 泥田坊に爪はある。が、人間を食うなんて生態はしていない。彼らが食べるのは質の悪い泥だけだ。よって、この村を焼いたもののけは泥田坊達じゃないことが判明した。


 これまでの調査に中々時間を要してしまい、この推察に至った時にはもう日暮れが近かった。一旦村の外にいる頼光さんと合流し、判明した事実や推論を伝えに戻ることにする。


 村の外では頼光さんが既に焚き火と野宿の準備を済ませており、僕らは火にあやかりながら今までの状況を報告した。


「ふむ、初めてにしては上出来と言ったところか。そこに握り飯を用意してある。腹ごしらえをしてすぐまた調査に戻れ。」


「え〜!もうちょっと休ませてくれよ爺さん!」


 ごちんと拳骨を貰ったヤスと、何故か連帯責任で小さめの拳骨を貰った僕で再び調査に戻る。日はもう暮れてしまったので、松明を手に持って田んぼへと向かう。するとそこには、数体の泥田坊がいそいそと田んぼに生えている雑草を毟っていた。


「んだ?人間がこげなどごに何の用だ?お前さんらも田んぼやりにきたっぺか?」


「んだべ。田んぼはいいからな。ほら、はよこっち来て泥んこ浴びんか。」


「いんや、どう考えても田んぼじゃないべ。何しに来た?米ならまだ出来ねぇぞ?」


「農業最高!!農業最高!!」


 わらわらと寄ってくる泥田坊達。その中に一人だけ、脇目も振らず農業に勤しんでいる者もいたが、とりあえず気にしないことにする。そんな彼らに聞き取り調査でもしようと、ヤスが話を切り出した。


「この村をやったの、オマエらか?多分違うと思うが、なんか知ってることあったら教えてくれや。」


 泥田坊達はお互いの顔を見合って、こくこくと頷きいっせいに話し出す。その表情からは、何やら安堵のようなものが伺えた。


「人間みんな、殺されてしまったっぺ。鬼っ子どもめらがやってきて、農家の太助も弥太郎も。その妻の富子もみんな。ちゃんと畑も田んぼも耕すいいヤツらだったってのに。」


「んだんだ!おら達もあいつらに命令されて今田んぼやってるんだ!まぁ、言われなくてもやるんだけんど。」


「うおおおおおおお!農業最高!農業最高!!今年の冷夏に負けないっぺよおおおおおお!!!!」


 みんなが静まる中、やっぱり一人だけテンションが違う泥田坊がいる。さすがに触れようかと思ったが、ヤスに止められたのでやめておくことにした。


 泥田坊達の協力により、この村を焼いたのが鬼たちの仕業だということが分かった。確かに現場の痕跡とも矛盾しないし、鬼の仕業だと考えれば辻褄が合う。それで、その鬼たちは今一体どこにいるのだろうか。


 そう考えていると、村の奥の方。山に面しているところから、わんさか鬼が湧いてきた。その数はざっと見ただけで五十はいる。基本は小さな小鬼のようだが、その中に一体、リーダー格であろう大きな鬼がいた。


 鬼たちがこちらへ気づき、大量の小鬼達が波のように迫り来る。そうして、僕たちの初実戦の火蓋が、切って落とされたのだった。


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