学びは力
貞光さんの訓練は、実にシンプルなものだった。まず最初に講義形式の授業を受け、次にその講義の内容をさらう様に保晶と実践。そして昼休憩を挟み、実践の反省講義を受けてから、午後は徹底的な体力作り。
講義では主に戦術や魔術、そしてもののけの種類などについてのものだ。この中でも、特に魔術面での講義は非常にためになる。例えば、魔術には流派がいくつかあるということ。
一般的に使われる流派は大体三つで、一つ目は古術派。これは詠唱が長い分、効力も凄まじいといったもので、古術系統は基本広範囲殲滅技が多い。使い手が限られるものの、伝統のある流派だ。
二つ目は朱子術派。朱子術は殺傷力が高く、詠唱も長いという点で古術派と大差ないように思えるが、こちらは攻撃範囲が古術派と比較して小さい。つまり、無駄な被害を出すことなく確実に相手を葬ることが出来るスマートな流派と言える。
最後に、三つ目が陽明術派。これが最も人々に親しまれている流派で、その理由は詠唱が短く実用的であるからだ。前述した流派に比べ火力は控えめであるものの、対人としては十分な威力を誇っている。
この三つのうち、保晶は古術を得意としており、一方で僕は陽明術が得意だった。魔術の訓練だけでなく、体術の訓練や講義まで二人で受けているため、自然と仲は深まっていった。そして屋敷に来て三ヶ月になる頃には、もう既にお互いのことをあだ名呼び合うような仲のいい友達になっていた。
「シュン!今日こそ決着をつけようぜェ!!負けた方は今日の雑巾がけ当番な!!!」
「そんな賭けしていいのヤス?負けても変わってあげないよ?」
「上等!!来いやァ!!!」
そして今日もまたいつものように、貞光さん立ち会いの元打ち合い稽古を開始した。互いに竹刀を握り、じっと睨み合い構える。
ヤスは例えるなら、猪だ。攻撃一辺倒、自分が死ぬ前に相手を殺してしまえば勝ち。と思っている節がある。悪く言えば隙が大きいのだが、反面攻撃の威力には目を見張るものがある。
この前なんか、真正面から竹刀を受けたらこちらの竹刀を折るどころか、脳天までかち割る勢いで僕は気絶させられた。
そこから学び、僕はヤスとの稽古で力を受け流す方法を模索し続けた。最初は、一直線に降りかかる攻撃を避けてしまえばいいと考えていた。しかし、攻撃の威力とは即ち重さと速さ。真に回避すべき攻撃とは、得てして回避できないものなのだ。
『未来測定』を失い、初めて僕があの術式にどれだけ助けられていたか知った。ただ、穴を埋めるように今の僕には新たな術式が発現した。その術式は、『魔天狼』。一時的に狼の姿へと変貌できる術式だ。これを最初に発現した際には、とんでもない暴走状態で様々な人に迷惑をかけたらしく、全員に謝罪するのに一週間はかかった。
だが、それ以降僕がこの術式を使って暴走したことはなく、現在では体の一部を狼化させることができる。失った『未来測定』には劣るものの、眼球を狼化させて動体視力を向上。上段から振り下ろさせるヤスの竹刀の動きを完全に見切り、右斜め下へと竹刀を使って力を受け流す。
ヤスのがら空きになった胴へ、すかさず切り上げのカウンターをねじ込む。ヤスはそれを竹刀を捨てて自由になった腕で掴み、攻撃の方向をずらす。
「甘い!東の豊穣、一番『栄馬千』」
脚力を強化し、ヤスが掴んだ竹刀を蹴り飛ばして捨てられた方の竹刀を拾う。そして、地面から飛び上がって真上から突きをお見舞した。僕の突きは見事ヤスの頭頂部へとクリーンヒットし、大きなたんこぶを作らせる。そこまで!と言う貞光さんの声が響き今日の稽古はこれにて終了した。
「だからその術ズルくねェ?!オレそんなの教えてもらってないって!!詠唱もバカ早ェしよ!」
「狸の秘術らしいよ?ぜーったいに教えないけどね!」
「別にそんなん無くたって勝てるわ!クッソ〜...。昼飯終わったらちょっとは雑巾がけ手伝えよ!」
そうして二人で大きすぎるおにぎりをお腹いっぱい食べた後、一緒に雑巾がけをした。あれだけ手伝わないと言っていたはずなのに、いつの間にか雑巾を絞っていた自分に驚いてしまう。
体力づくりの一環として、用意されているメニューは日によって異なる。例えば今日は雑巾がけなのだが、僕はそれを少し早めに切り上げて花丸との散歩へと出かける。
花丸というのはあの狼の名前で、あんなに小さかった赤ちゃんが今では小さめの犬程度の大きさまで成長したのだ。
今日で屋敷に来てちょうど四ヶ月目。ヤスとはもちろん、貞光さんや金時、季武さんとも仲良くなることが出来た。しかし、頼光さんと綱さんだけは未だに少し近寄り難い。二人とも悪い人ではないんだろうが、頼光さんはなんだか怖いし、綱さんに至っては殆ど屋敷に居ない。
たまにふらっと帰ってきては、酔っ払って僕まで遊郭に誘おうとしてくる。それで前に一度、本気で貞光さんが綱さんに怒って大喧嘩になったことがある。結果は貞光さんの惨敗。有り金をほとんど毟られ、一方綱さんは上機嫌になり再び遊郭へと足を運んだ。ただ最終的に、綱さんのその月の給料がまるまる貞光さんに払われたので、一概に惨敗とは言えないのかもしれない。
そんな飽きない四ヶ月を過ごして、僕は着々と強くなっていった。それでも、まだあの白蛇に勝てる未来が全然想像できない。再びあの迷宮に戻った時、今度こそはあの白蛇をボコボコにし返してやるのだと、歩く歩幅が少し大きくなる。
「わふっ!わふわふ!わおーん!」
花丸もそれを察したのか、舌を揺らして全力で走り出した。僕もそれに負けないよう、力いっぱい走る。走っているコースは武家屋敷の周りだけでなく、この街をぐるっと一周できるコースだ。当然、街の人からも声をかけられる。
ここの町の人は全員が帯刀し、それなりに武芸をかじっている人達ばかりなので、僕が走っている姿を見ると応援してくれる人達が非常に多い。生傷絶えず、日々何かと戦っている彼らもきっと、走り込みから始まったのだろう。
散歩、もとい走り込みを終えて屋敷へと戻る。日は既に傾いており、とっくに夕食の時間になっていた。食堂へと足を運び、夕食をヤスと食べて自室に戻る。
日が完全に落ちきった頃、僕とヤスはいつも庭に出る。理由はたった一つ、かぐやと話すためだ。かぐやは日中全く姿を表さないが、夜だけはこうして僕たちと話に庭へ出てきてくれる。だから時折こうして、他愛のない話に花を咲かせるのだ。
「そろそろよ〜オレらも実戦経験を積みたいよなァ〜。どれぐらい強くなったか全っ然分かんねェ!」
「あらまぁ。もし外に出る機会があったら、色々なお話を聞かせてくださいね?楽しみに待ってますから。」
「もちろん!かぐやは甘いものとか好き?しょっぱいもの派?」
念の為、かぐやの好みを聞いてみると、どうやら甘いものの方が好みだったようだ。もし外に出る機会があれば、お土産に甘いものでも買ってきてあげよう。
「てかさ、かぐやも外に出ればいいんじゃね?」
ヤスの言葉を聞いて、かぐやはちょっとだけ悲しそうな顔をして、また再びいつもの微笑へと表情を戻した。そして静かに、なんとも思っていないように言葉を紡いだ。
「私は...。ここから出てはいけないのです。もし出てしまえば......。そうですね、怒られてしまいます。」
かぐやは誤魔化して、いつもとは違った優しい笑顔を浮かべた。きっとヤスにも分かるように言葉を選んでくれたんだろう。そんな気遣いを知ってか知らずか、ヤスが突拍子もないことを言い出した。
「じゃあ今ちょっとだけ外に出てみようぜェ!絶対バレない!怒られても三人なら平気だろ!!」
ヤスがぐいぐいと手を引き、かぐやを引っ張る。かぐやは困ったふうだったが、それでもその瞳の中には少しの期待と、高揚が伺えた。そんなかぐやを後押しするように、僕もかぐやとヤスについて行く。
「外に行くって言っても、どこに行く?ここら辺で景色のいい場所とかあったっけ?」
「そんなモン、なんだっていいんだよ!なっ?行こうぜ!」
僕がかぐやを抱き抱え、術で脚力を強化して高い塀を跳躍して乗り越える。かぐやはいつぞやの時みたいに顔を真っ赤にして沈黙し、それをヤスがむくれて眺めていた。
そうして三人で夜の散歩に出ることとなった。かぐやは目をキラキラさせて、ごく普通の町や自然、道のりなどを眺めていた。




