穿つは只人
左右に二人ずつ、そして後方に一人が弓を構えてこちらを睨む。そしてその弓使いを守るように設置されている両翼の男たちのうち、鎌と鉞が待機し、二本の刀が勢い良く攻勢に打って出てくる。
まさに阿吽の呼吸。寸分の狂い無くピッタリとタイミングの合わされた攻撃を、歯牙にかけることなく受け入れる。ガキンと快音が響き、二つの刃を弾いて弓へと突進した。
それを鎌と鉞が受け止める。鉞の方は完全に突破不可だと判断し、鉞に比べると力の弱い鎌の方へ意識を強く向ける。
「風の導を受けながら、空を夢見る地の翼。どれほど無謀な望みとて、片輪の鳥は今日も鳴く。青をよく知る蛙とて、お前に敵う道理無し。『比翼連理風羽』あんまりっ!舐めないで下さいよ!!」
鎌が詠った途端、鎌の背後に風の翼が出現して押し返される。鉞との連携も相まって、最早ここは突破できない。完全に手詰まりだ。これだけガチガチに陣形を囲んでいるんだ、弓の近接が弱いということは断言出来る。しかし、それ以外の近接に穴がない。
刀二人に鉞と鎌、誰をとっても勝利の目は薄いだろう。一人一人を圧倒するにも難しく、それが団結なんてされたらさらに負けの色が濃くなる。ならばどうするか、単純にこいつらよりも強くなればいいだけの話。
より力を求め、翼をはためかせて月へと近づく。感覚的に、自分が月の力で強化されているだろうということは既に把握している。なのでさらに月光を浴び、力を貯めることにした。力を貯めていると、自分の周りに光の玉が何個も出現してふよふよと漂い始めた。
満月を背に、地面へ向かって光の玉をいっせいに投げつける。総計三十八個の光玉が男どもへ叩きつけられ、打ちこぼしの三発を覗いた全てが着弾した。しかし、光玉はそれぞれの武器によって打ち消され、弓に至っては空中で光玉をたたき落とすなんてとんでもない芸当を見せる始末。
だが、まだこれで攻撃が終わった訳では無い。打ち漏らした三発が地面へ染み込み、着弾跡に染みのような影を残す。その影から、にゅっと黒い狼が一匹ずつ出現した。
月が落とす影もまた、月の一部なのだ。三体の影に指示を出し、弓の方へと向かわす。そしてそれを援護しようと他のやつらの陣形が崩れ、孤軍になった老人めがけて全力の突撃をお見舞する。
「使えそうなら子飼いにするつもりだったが、どうしてなかなか...。これなら後継として不足はあるまいて。ほれ来てみろ、首輪をやろうぞ。」
老人は、一切構えを取らなかった。ただ両腕をだらりとぶら下げて、薄笑いでこちらを見ている。どうやらなにかぼそぼそ呟いていたようだったが、よく聞き取れなかったので走馬灯でも見ているのだろうと適当に片付ける。
渾身の力から繰り出される突進は、見事に老人をすり抜けた。意味がわからない。確かに老人へ突っ込む所をこの目で見たはず。
(視界がおかしい。なんだか黒い線が縦にいっぱいはいっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ????????)
僕の体は本のページのように細かくスライスされ、大量の血飛沫を上げながら立つこともままならず地面へ崩れていった。
「普通に最初からそれやってくださいよ頼光さん。これで一撃だったじゃないですか。うわっ!まだ再生しようとしてる?!」
「問題ない。もう十分に実力は測れた。こやつは明日からお前たちの弟子だ。ちゃんと躾ろよ。」
「結局茶番かよクソジジィ。もう疲れたから寝るわ。そんじゃあな。」
再生にはかつてない時間を要した。完全に再生し終えたあと、この場に残っていたのは鉞と鎌、そして老人のみとなっていた。ただ、武器を携えているのは老人のみ。しかしその死神のような姿に、恐怖を抱かないことは不可能だった。
老人へ背を向けてみっともなく逃げようとするも、その度に足が細切れになってしまう。そんな逃亡劇とも呼べないような事態を数度繰り返し、心が折れてしまった。
老人へ向かい、こてんとひっくり返って腹を見せる。もう、戦う気力は残っていなかった。絶対的強者、刀を抜く姿さえ見えないほどの速さを持つ、歴戦の猛者であるこの老人に楯突くなど、もう愚かとしか言いようのない最悪の悪手だ。
空はもう明るく、月は沈みかけていた。体から金の色が段々と抜け落ち、大きさも萎んでいく。それと同時に眠気が体を猛烈に襲い、抗うことも無く僕は眠りについてしまった。
「頼光さん....?本当になんだったんですかこの子?」
「一口に言えば、神と神の合の子ってところだろう。信じ難い事だが、この狼の神格の裏にもう一つ、封印された神格がうっすら見える。」
「もう一方の方は天津甕星だぜ。俺が神堕ろしの儀をこの目で見ちまったからな。」
「は???報告されてないんですが???金時くん!どういうことですか?!てか天津甕星て!そんなもん容れられてよく自我が保ててますねこの子...。」
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ぺろぺろと顔を舐められる感覚で、僕は目を覚ました。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。深夜に呼び出されたところまでは思い出せるのだが、そこからの記憶が曖昧だ。
「くぅ〜ん?」
赤ちゃん狼が早く起きろと言わんばかりに僕の布団をカリカリ掘り起こそうとする。まだ慣れない自室に少し戸惑いながらも、寝ぼけた頭を軽く振って整理させた。
とりあえず布団から出るため体を持ち上げようとするも、倦怠感が強すぎるせいでなかなか起き上がることが出来なかった。
「無理もないですよ。あれだけ暴れたんです、もう少し安静にしておいた方が身のためですよ。」
ふと横から声をかけられた。声のする方へ視線をやると、そこには大量の書類を抱えて真っ青な顔をした幸の薄そうな男の人が立っていた。その人はふらふらと近くの椅子に腰を下ろし、僕の机を使って書類に文字を書き入れながら話を続けた。
「昨晩、何があったか覚えていますか?」
「いえ...特には覚えてないです...。」
はぁ〜と深くため息をつき、男は筆を走らせた。男の目元をよく見ると、寝ていないのかうっすらクマができている。もしや自分がなにかやらかしてしまったのではと思い、冷や汗が止まらなくなった。
「分かりました。それではあなたのことについてこれから色々尋ねます。よろしいですね?」
それからは色々なことを聞かれた。年齢に名前、過去の出来事やどのような産まれかなど。迷宮のことや刑部たちの話をしたあたりで眉を顰められたが、概ねスムーズに話が進んで行った。その質問の中で、この人の名前が貞光だと言うことが分かり、これからは貞光さんが僕の稽古を見てくれるということだった。
「ったく。金時くんも肝心な報告はしないんですから。でもこんな報告出来るわけないよなぁ〜....。こんなのを秘匿して鍛えてることがお上にバレでもしたら...。」
貞光さんの顔が加速度的に青くなっていく。しばらく書類と格闘し、ついに諦めたのか書類を全て放棄して、急に窓をガラッと開け外へ一枚一枚書類の紙飛行機を飛ばし始めた。
「うん、提出したら確実に怒られるどころじゃ済まないですもんね☆なかったことにしましょう!飛んでけ飛んでけ〜☆」
(いろいろ大変なんだろうなぁ...この人...。)
吹っ切れたと言うよりは、ストレスで壊れてしまった貞光さんは虚ろな目で紙飛行機を全部飛ばし終えた後、目付きを真剣なものへと変えて僕の顔を品定めするように見た。
「明日から僕の日課に付き合ってもらいます。僕はしばらく任務もないので、徹底的に鍛え上げますから覚悟しておいて下さいね。あ、あと君と同じぐらいの弟子が最近この屋敷に入ったので、挨拶しておいて下さい。」
そう言い残して貞光さんは足早に僕の部屋から出ていってしまった。動かない体を何とか引き摺って上体を起こし、壁によりかかって立ち上がる。
この屋敷に来て二日目。何が何だかよく分からないことのオンパレードだが、不思議と嫌な感じはしなかった。少なくとも、あのまま実家で燻っているよりかは何倍もマシだ。
そんな思いを胸に、よろよろと扉を開けて廊下へと出る。今は歩くのがやっとな体調だが、それでも挨拶くらいは余裕でできる。貞光さんの言っていた弟子というのを探すため、屋敷を探索しに行こうと歩を進めたその時。
「テメェが春水かァ?オレは保昌!これからヨロシクなァ!!」
見るからにやんちゃ坊主といった少年が、ギザギザした歯を見せてこちらに話しかけてきた。その保晶と名乗った少年は、獰猛な目付きで笑って手を差し伸べ握手を求めている。僕はそれに答えるように握手をして、初めて出会う同じ弟子に挨拶をした。
「春水で合ってるよ。保晶、これからよろしく!」




