吠えるは魔狼
丑三つ時、満点に咲き誇る月を真上に据えて、僕は今五人の男に囲まれていた。
「いきなりなんだってんだよ爺さん、こんな夜更けに。」
「金坊もなんも知らされてねぇのかよ。じゃあ俺はとっとと帰って二度寝と洒落込むぜ。」
「ちょっと、綱!!おいコラ!勝手に帰んな!!あ〜もう胃が痛い...せっかく休暇で荒んだ心を癒してたのに...。」
「.........。それで、なんで呼び出されたの?」
四者四様の言い分を唱える中、唯一この場を取り仕切っている頼光が刀を取り出し、剣呑な雰囲気を醸し出す。殺気にも似た重苦しい空気が当たりを充満させ、ここにいる全員が事の重大さを理解させられる。
「理由はこれから分かる。黙って見ておれ。」
すとんと、刀が落ちた。刀が落下した先は、僕の丁度心臓部分。
「え?」
木から林檎が落ちるように、ごく自然に刃が突き立てられる。血は出ず、痛みも感じない。だが、僕の目には胸から生えた刀の柄がありありと写っている。横向きに刀が刺さっているので、おそらく心臓はもう機能しないだろう。あまりに現実味が無さすぎて、今起こっている出来事を他人事のように俯瞰する。
頼光が柄に手をかけ、刀を引き抜く。刀は月の光を反射して金と銀の混じったような輝きを見せる。その輝きを、真紅の飛沫が覆い隠した。
刹那、痛みを思い出して必死で傷を抑える。しかし、そんな抵抗も虚しく血は止まらず、噴水のように赤が外へと飛び出す。呼吸が段々と難しくなり、頭までぼんやりとしてきた。
「何やってんだ爺さん?!今すぐ止血ッ!!!」
「いや金時くん....これどう見ても間に合わないと思いますよ?と言うか、僕も見ていて気持ちのいい光景じゃないので、説明して貰えますか?頼光さん。」
全ての音が遠くに聞こえる。
月が真っ赤に色を変える。
目線がどんどん高くなる。
月明かりが心地いい。あらゆるものの動きが鮮明に捉えられ、自分の肉体が作り変えられていく感覚。筋肉がせり上がり、その上を金色でふさふさの毛が覆う。全身が殺意の塊で形作られている、殺戮を行うためだけの機能美を孕んだ肉体。
「ちょっとちょっとちょっと!金時くんなんてもの拾ってきたんですか?!あれどう見ても狼人系の神獣の類ですよね?!」
「いや流石に俺も知らねぇってあんなの....。春水?おーい...大丈夫か...?」
目の前に人間が五匹。さして理由はないが、大鎌を携えている方がなんだか不快だ。よし決めた、殺してしまおう。
「Waooooooooooooooooooon!!!!!」
黄金を宿した爪を振りかぶり、大鎌を持っている男へ向ける。相手は油断している。武器さえまともに構えていない今の状況では躱すことさえままならないだろう。
しかし、そんな思いはあっけなく裏切られ、爪は大鎌によって弾き返されてしまった。一瞬の攻防で周りの男全員が戦闘態勢に入り、思わず牙が持ち上がる。これだけ潰しがいのある相手が五人もいる。これほど嬉しい日はそうそうない。
後ろから飛んできた矢を無視し、そのまま背中で受ける。痛みさえ乗り越えれば、矢など恐るるに足らない。前進しようと試みるが、横の男が鉞をこちらへ振り下ろして進行を阻んだ。
腕が片方切り落とされるも、すぐに再生するので問題は無い。再生した腕で赤毛の男を殴り飛ばし、そのまま真正面の大鎌へ走り抜ける。鎌が肩に突き刺さり、そのまま振り抜かれたために金色の胴体へと袈裟に赤線が走った。
体が二分に泣き別れたが、首の方は健在だったので牙を大鎌の男へ突き立てようとする。しかし、そんな企みは一本の刀によって首を断たれたことで瓦解した。
「こんな再生するだけの雑魚に手間取ってんじゃねぇよ。こういう手合いは首さえ取っちまえば勝手に死ぬだろうが。もう寝みぃんだ早く寝かせてくれ。」
「Grururururururururururururururu.....。」
瞬時に肉体を再生させ、今度は刀を携えている僕の首を切った、無精髭を生やした男へと向かう。男は一瞬驚きの顔を見せたが、すぐにこちらの動きに対応して、今度は五体全てを切り落とされる。
が、やはり一秒もかけずに再生。しかし何度も五体を斬られていてもキリがないので、一旦距離をとることにした。そして後方でずっと弓を射ている地味な男に目をつけ、そちらを強襲する。
「おいたが過ぎるぜ春水!ちょっと寝ててくれや!!『雷雷落落』」
吹き飛ばしたはずの赤髪が雷を鉞に纏わせ、突進してきた。完全な背後からの奇襲に対応しきれず、身に雷撃を受けてしまう。つけられた傷跡を伝って体に電流が走り、痺れが全身に回り動きが阻害される。
そしてトドメとばかりに弓を持っている男がこちらへ毒矢を射出してきた。毒と電撃の合わせ技で完全に肉体に力が入らなくなり、地面に倒れ伏してしまった。ついに無力化され、少しの時間は何も抵抗できなくなった。だがやはり、そんな状態でさえ数秒かければ回復した。
「どうするんですかコレェ?!何やっても止まらないじゃないですか?!」
「案ずるな貞光。この獣は今この時、この瞬間の月下にのみ存在できる儚きもの。朝日が昇れば自然と解けゆくだろうて。」
「それまでどうするのかって聞いてんですよ!!無敵じゃないですかこの狼!」
大鎌の男は爪や牙を気にもとめず弾きながら、一歩引いて見ている老人と難なく会話をしている。全能感が脳みそを支配しているので、全く負ける気がしないのだが、それはそれとしてこの男たちには勝てる気がしない。
負けないだけ、死なないだけといった感じだ。この夜が終われば一瞬で切り伏せられ倒されてしまうだろう。どうにか打開せねばと思っていたところを、本腰を入れてきたであろう風体をした無精髭の男が刀をこちらへ構える。
「嘲る雀。囲み殺すは小さな火鉢。どれだけ小さな焔とて、命の危機には届きうる。死に目に一杯!『火酒緋蜂』酒が勿体ねぇから、一撃で終わらすぞ、駄犬!」
男は酒を口に含んで刀へと吹きかけた。刀は煌々と炎を燃え上がらせ、月明かりよりも眩しく夜を照らす。炎を孕んだ太刀が鋭く突きを放ち、炎が刀身から僕の体へと引火する。不思議なことに、もう刀は一切炎を纏っておらず、燃えているのは僕の体だけとなってしまった。
「Gyaooooooooooooooooooon!」
「その火は特別製でな。なかなか消えねぇから覚悟しとけよ、クソ犬。一晩中燃えてろ。」
炎の中で苦しみに喘ぎながら、恨めしそうに月へ向かって吠える。すると月光がスポットライトのように僕へ降り注ぎ、僕を焼いていた炎を嘘のように霧散させた。
「......あらゆる攻撃が意味を成さない。本当に無敵だよ、この子。」
「うるせぇな。見たところ月に向かって吠えなきゃ炎は消せねぇ。だったら今度は吠えてる隙に切り込むなり矢を射るなりすればいいじゃねえか。」
何やら男たちが揉めている間に、再度月へと吠える。今度は前回よりも大きく息を吸い込んで、優雅に吠えるのではなく咆哮するように吼えた。そしてその咆哮は、この場にいる全員に死の危険を覚えさせるには申し分ないものだった。
さらに形を変え、人間の部分を完全に無くして巨大化する。とは言え完全な狼の形になったわけではなく、両の腕には逆手持ちした刀のような形状の鋭く大きい棘が生え、背中には鷹を思わせる羽が創り出された。
「本気で行きましょう。総員、いつもの構えでお願いします。」
夜はまだ半ば、夜明けには程遠い。




