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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
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新天地

 


季武(すえたけ)は任務で留守....。貞光は?そういえば休暇だったな...。綱はどうせ遊郭で女遊びしてるだろうし、残るは爺さんだな。」


 金時はそうぶつぶつ呟きながら長い廊下を進んでいく。僕はそれにぴったりと着いていきながら、武家屋敷の中を探索していた。今向かっているのは、武家屋敷の最奥である、金時が言っていた頼光という名のお爺さんが暮らしている部屋だ。


 部屋にたどり着くまでに、屋外の稽古場や弓道場、そして室内にある柔道場など武芸を嗜むには事欠かない空間が散りばめられている。


 その他にも、武家屋敷には似つかないような流麗な庭や池があり、殺伐とした空気一辺倒という訳ではなかった。


「あの...その頼光さんってどんな人なんですか?」


 僕がそう尋ねると、金時は随分と長い間頭を捻って思案していた。ただ、あれだけ強い金時を従えているのだ。よっぽど強いか、もしくは人を強く惹き付ける魅力がある人物なのだろう。


「強い。最近はめっきり任務に出ねぇが、それだけは言える。」


 燃えるような目付きでそう語る金時には、強さへの執念らしきものが垣間見えた。そんな金時に触発されるように、歩幅を広くしてその頼光という人の元へと急ぐ。


 武家屋敷の終着点。風通しの良いこじんまりとした部屋に、白髪の老人が厳かに刀を磨いでいた。こちらには気づいているだろうが一瞥もくれず、老人はただ口を開いた。


「金、そんな童を連れてきてどうする。うちで犬は飼えんぞ。」


 ぞっと、背筋に冷水を入れられた錯覚に襲われる。ただ刀を磨いているだけの動作が、どうしても命を脅かす動作に見えてならないのだ。呼吸が不規則になり、視界が狭まる。そんな僕に助け舟を出すように、金時が僕の背中をバシンと叩いた。


「犬ってひでぇな....。こいつは春水!今日から俺らの仲間になる新人だ!前から後継は欲しがってたろ!」


「つ、強くなりたくてこの屋敷に来ました!よろしくお願いします!」


 緊張のあまり、簡単な挨拶しか口から出てこなかった。もう一度言い直そうかとも考えたが、そう悩んでいる間に老人の刀が持ち上がった。刀の切っ先は僕の喉元に触れ、今にも首を掻っ捌かんとしている。


「.....。二日後の満月、丑三つ時にて外の修練場へ来い、犬っころ。」


 鉄の冷たい感覚が肌から離れ、僕は慌てて自分の首が切れていないか触れて確認する。無事でないわけがないのだが、それでも頼光が放つ殺気がどうしてもそうさせたのだ。


 それ以上の会話はなく、僕達はなんとも言えない雰囲気の中部屋を後にした。その後、金時に詳しく屋敷を案内してもらう。屋敷には様々な部屋があるが、一番東にある部屋には立ち入ってはいけないと厳しく念を押された。


「この部屋は自由に使っていいからな。まあ...なんだ、色々新しくて戸惑うだろうが、なんかあったら俺に言ってくれ!」


 金時は爽やかにそう言い残し、あとは報告が色々あるからとどこかへ行ってしまった。バタバタした一日だったとはいえ、やることがなくなりふと支給された部屋の窓から空を見上げる。


 もう既に日は沈んでいて、月明かりが優しく世界を照らしている。時間的にはもう寝てしまってもよかったのだが、窓から見えた人影が気になって外に出てしまった。


 外の風はもう肌寒く、僕に秋を感じさせる。秋の代名詞と言ってもいい薄がそよそよと靡き、風が紅葉を舞わせる。そんな風情ある情景の中に一人、夜よりも黒い艶やかな髪をした少女が月を見上げていた。


 その少女の見た目は僕と同じくらいで、高貴な十二単を身にまとっている。少し長めのおかっぱ髪は短さ故に清潔感を醸し出し、まだあどけない幼さを残した顔にとても調和していた。


「あら、初めて見る子ね。どこから来たの?」


 こちらに気づいた少女は、大人びた態度でそう話しかけてきた。その仕草はまるで自分と同い年程とはとても思えないぐらい完成されていて、たいそう身分の高い人なのだろうなと思った。


「常陸国から来ました、春水です。今日からこのお屋敷でお世話になることになりました!」


 自然と頭が下がってしまう。この少女が持つたおやかな雰囲気がそうさせるのだろうか。色白く華奢で、どこか幽玄な彼女の前では、自分が酷く下賎な身分に思えてならないのだ。


「そんな畏まらなくともいいんですよ、春水さん。自己紹介がまだでしたね、私はかぐや。竹姫かぐやと言います。」


 かぐやはにこりと微笑を浮かべ、十二単の端を軽く持ち上げた。その自然な動作に感心しつつ、なんだか頬がぽっと紅く染まってしまう。


(何を考えてるんだ僕は!ここに来たのは強くなるため!女の子と知り合うためなんかじゃ断じてない!)


 ぶんぶんと頭を振って自分の中の邪念を取り払う。そんな様子を見てかぐやは面白かったのか、口に手を当ててふふと笑った。そんな表情に胸をグッと鷲掴みにされ、恥ずかしくなって話題を逸らそうとする。


「そ、そういえば今日は月が綺麗ですよね。こんなに綺麗な月、初めて見ました。」


 苦し紛れに、誰でも思いつくような月の話題を出す。流石に安直すぎただろうか。それでも沈黙よりはずっとマシだなと思いつつ、かぐやの反応を待つ。ただそれは、僕が思っていたものとは少し違っていた。


「月が綺麗.........?!あ、あっと......。私は御屋敷から出ないものですから....同年代の友達も全くいなくてですね...。だからその...なんというか....。お、お友達から始めるのはいかがかと.........?」


 かぐやは顔を真っ赤に染めてそんな反応を返してきた。あれだけ大人っぽかった所作がいきなり崩れてあたふたとしだし、呼吸が荒くなっている。


「どうかされましたか?随分顔が真っ赤になってますけど.....。」


 なにか無作法を働いてしまったのだろうか。初日でそんな問題を起こしてしまっては非常にまずい。僕は恐る恐るかぐやに尋ね、無礼があったのなら全力で謝ろうと心に決める。


「......おほん!いいえ、私の勘違いです。取り乱してしまって申し訳ありません。あと、そう敬語で畏まらないでください。これから、仲良くしましょうね。」


 かぐやはそう言って、まだ真っ赤な顔をしたまま屋敷の奥に戻ってしまった。やっぱりなにかしてしまったに違いない。明日金時あたりに怒られたら、やっぱり誠心誠意謝ろう。そんなことを、誰もいなくなった庭で一人思う。そうして僕もやることが無くなったので、自分の部屋に戻ることにした。


 部屋に戻ると、一匹の狼の赤ちゃんが布団の上に置かれていた。赤ちゃんは毛並みが悪く、今にも死んでしまいそうなほど衰弱している。僕は急いで水と干し肉を取り出して、赤ちゃんの横に置いた。


 僕は何かと、狼に縁がある。前世でもそうだったし、迷宮で幻覚を見せられた時も解決の糸口になってくれていたのは狼だ。これまでの恩返しとはいかないだろうが、それでもやはり思うところがあり、狼にはできるだけ優しくしよう。


 赤ちゃんは最初は警戒を見せたものの、鼻を突きつけて匂いを嗅ぎ、安全だと判断したのか水と干し肉を食べ始めた。そうして、その日は一旦赤ちゃんに布団を譲ることにした。


 僕はゴツゴツとした床で武家屋敷での初めての夜を過ごし、疲れのおかげで何とか眠ることが出来た。色々なことがありすぎて、なぜ僕の部屋に狼の赤ちゃんが置かれているのだろうか。なんて疑問も浮かばぬほどに、熟睡だった。

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