星には届かずとも
あれから金時は三十分もかけずに村に蔓延っていた小鬼を鏖殺した。どうやら大きい鬼は僕を食べようとしたあの一体のみだったらしく、あとは全て取るに足らない子供の鬼だったという。
村人がようやく一息ついて消火活動を始めた頃、金時は僕を連れて静かに村を出た。村が焼けて人もたくさん死んだのに、これ以上礼なんて他人にしたら村が持たない。なんて言いながら颯爽と立ち去る金時は、今の僕の目には痛いくらい眩しい英雄に見えた。
「そういや、名前聞いてなかったな。っつーか、まず俺の事覚えてるか....?さすがに覚えてないか....。」
「春水....です。覚えてますよ、金時さん。」
金時は目を見開いて驚き、そして僕の頭をぐしゃぐしゃ力強く撫でた。村から出て僕の家まで帰る途中、僕達は色んな話をした。というより、半ば僕が堰を切ったように一方的に話し続けただけかもしれない。
自分が弱いせいでみんな居なくなったこと。力も、強さも全部失ってしまったこと。誰よりも弱い自分が恥ずかしいこと。話すつもりなんて全くなかったのに、何故か気づけば口の中から溢れ出していた。
そんな僕の益体のない話を、金時は何も言わずに黙って聞き続けてくれた。そうして話し疲れたので、雑木林の中の近くにあった泉へ立ち寄って休憩することにした。
泉は空の色を写し取りながら、まばらに星を散らばらせている。僕はテキパキと焚き火の準備を済ませて、夜風に当たりすぎた二人の体を温める。
「なぁ、春水。お前がもし、これから先強くなりてぇってんならよ。俺んとこ来るか?結構、いやだいぶ辛いだろうが....強くはなれるぜ、これは保証する。」
視線からでさえ、金時の真っ直ぐさが伝わってくるような真剣な目だった。ただ、今の僕にそんな真っ直ぐさに答えられる心があるのだろうか。負けて、それでも驕って、そしてまた負けて。挙句の果てには自分で命を捨てるような真似をした僕が、そんな提案を受け入れていいんだろうか。そんな価値が、果たして僕にはあるんだろうか。
「.......。僕はッ....。自分の弱さからも逃げた卑怯者です.......。弱さを直視出来なくて諦めた....、ただの弱虫なんです....。」
立ち上がり、そして俯いてしまう。金時の目が見れない。失望されただろうか、呆れられただろうか。どちらも当然の評価だ、今の僕にはぴったりの軽蔑。ただ、僕に対して金時はそんな評価を下さなかった。
ガシッと頭を捕まれ、強制的に前を向けさせられる。急に顔の角度が変わったことで涙が地面に振り落とされ、あられもない顔が星空の下に露出する。
「お前は諦めてねぇ。だって、今ここで自分で話してるじゃねえか。ほんとに諦めたんなら、何だって俺にこんな話なんかするんだよ。言ってみろよ!どうしたい!お前は、どうなりたいんだ!春水!」
瞳を拭う。思い出すのは、かつての自分。そんな過去と別れを告げ、もう一度やり直すことを決意する。そうだ、こんなところで終われない。弱音なんかで、終わっていいはずがない。
「僕は...強くなりたい....。もう誰も失わなくて済むように。だから金時さん、僕を強くしてください!!」
もう、星は見えなかった。土も見えなかった。ただ視界にあるものは、真っ赤な髪の毛と英雄の笑顔。それから、明日の朝に金時が家に訪問して母に色々な旨を伝えるということになった。
泉から家まではそこまで離れていないため、僕と金時はここで一旦別れることとなった。別れ際、僕は金時と熱い握手を交わしてから背を向けた。言葉はなくとも、漢の感謝はそれでいい。
夜はまだ真ん中辺り、僕は家にこっそり帰ってそっと布団の中へ戻る。明日はきっと忙しくなるなんてことを思いながら、一日の疲れを睡眠で癒すことにした。
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「お母様。十年、いや五年でいい。春水をうちへ預けさせて欲しい!」
朝一番にやってきた金時は、まるで自分事のように母へ頭を下げた。そんな姿を見て僕も負けじと母に頭を下げる。母は、急に何が起こったのか分からないという様子で驚いていたが、次第に落ち着きを取り戻して行った。
「もちろん悪いようにはしねぇ。預けるって言っても鎌倉の天領近くに五年だ。もしそこで名を売れれば、雇われ武士にだってなれるかもしれねぇ。」
「僕からもお願い!どうしても行きたいんだ!五年で帰ってくるし、手紙だって出すから!」
母は難しい顔をした。僕はまだ七歳で、妹だってまだ二歳だ。家のことを一人で回すとなっては、女手一つでは難しいことも出てくるだろう。
だが、ここ常陸国から鎌倉までは少なく見積っても一週間でたどり着くことが出来る。何かあれば帰って来れなくもないという距離だ。僕は必死で母に懇願し、それが通じたのか渋々といった形ではあったものの許可が降りた。
母はなんだか寂しそうな顔をしていたが、それは雛が巣立っていく親鳥の表情だった。七年、母にはお世話になった。一般的な目線からすれば少し短いのかもしれないが、僕にとっては十分に長い時間だった。
一年に一回は必ず戻ってくるからと約束をして、最後に妹の頭を撫でる。妹はまだ言葉が上手では無いものの、それでも少しぐらいは喋れるようになっている。
「おにーちゃん。またね?」
「うん、またねだね。行ってくるよ、雨音。」
「いってらっしゃい、おにーちゃん。」
母と、ぶんぶんと母の腕の中で手を振る妹を後にして、僕は七年過ごした実家を出ることになった。そうして金時と一緒に向かうのは、武士の国とも言われる鎌倉。
馬は持っていないので、それなりの旅路になろうかとも思ったが、金時は僕を荷物のように抱えてとんでもない速度で道や山々を駆けていった。雷のような速さで旅路を進み、それでも僕に気を使っているのか一日で到着ということにはならなかった。
ちょうど武蔵国の真ん中辺りで一夜を野宿で過ごすことになり、持ってきた食料を食べながらまた様々な話をした。
「鎌倉って、どんなところなんですか?」
「あ〜っと....。とにかく血なまぐせぇな。血の気の多い奴らがわんさかいるし、首がそんじょそこらに転がってる。」
背筋が凍った。そんなの、下手な地獄より酷いじゃないか。それから勝たられる話は壮絶で、例えば勲章代わりに首を取って飾るとか、ちょっとの無礼を働いた農民を斬り殺したりとか。それはもう酷い話ばかりだった。
「流石に身内同士で斬り合うことはそうそうねぇから安心してくれよ!少なくとも、俺がいるとこは無い!.......多分な...。」
金時は遠くの空を眺めながら目を逸らした。身内同士で斬り合いになることも、多分無いわけじゃないんだろう。それに金時が所属しているという特殊な部隊。これは五人の武士で形成されているとても小規模な部隊だそうで、その中の誰もが英雄豪傑と言って差し支えないほどの実力を持っている。
そうして僕は金時の使いっ走りとしてその部隊へ半ば無理やりねじ込まれるらしく、しばらくは鬼狩りやら武芸の訓練やらの荷物持ちから始まるということだった。
僕は血にまみれた鎌倉の事情に戦慄しつつも、新しい環境に少しワクワクしていた。そんな期待を胸に抱えて、次の日の昼頃にはもう鎌倉へと到着してしまった。これだけ早く着けるのは、ひとえに金時の足が驚異的なまでに早く、体力も底なしだからできることだ。
そんな金時に連れられて、鎌倉の町をぐるっと回る。一言で形容するならば、そこは都会の町だった。今までに見た事がないほど大きく、山に囲まれたお城や、沢山の武家の家が並んでいた。そんな鎌倉のはずれに、どの武家の家よりも大きな武家屋敷があった。
「ここが今日からお前の住処になる頼光屋敷だ!デケェだろ!!」
金時はバシバシ僕の背中を叩き、にかっと笑った。高い塀で囲まれているそれは、今まで見た何よりも堅牢な守りを見せていた。そうして案内されるまま、僕は初めてその武家屋敷の門を叩いた。




