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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
幼年編
25/235

大縄迷宮(十二)

 なんとなく、私は事の顛末を悟ってしまった。迷宮に来る以前、狸組手の頃から分かってはいたことだ。春水は弱い。それも、そこらの狸にさえ負ける程度の実力だろう。


 茶釜の教育方針は自信をつけて伸ばすことだった。力で圧倒することなく、あえて勝利を覚えさせることでゆっくりと力をつけていかせる方法で、春水を鍛えあげようとした。


 ただ、それでは時間がかかりすぎる。今のままの進捗では、到底神としての実力を奮うことは出来ない。


 もののけの歴史は今、あっけなく幕を閉じようとしている。人間たちの手によって、世界は廻るものではなく消費されるものになってしまった。


 消えゆく運命にある私たちが、最後の希望として神に縋った。そんな神があの程度実力しか持たぬままでは、どう足掻いても世界は変わらないだろう。


 老いた茶釜では、もう稽古はつけられないのだ。茶釜は衰退を受け入れた。もう昔のようにギラギラした強さも貪欲さも持ち合わせておらず、ただ幼子を孫扱いして可愛がるだけ。


 春水は幼い。まだ七歳だ。これからもっと強くなれる。もっと強くならねばならない。そんな私の心中を察したのだろう。茶釜は断腸の思いで迷宮への招待状を受け取り、千尋の谷に子を突き落とす獅子のような気持ちで春水を見送った。


 数多のもののけの願いを受け、春水は丁寧に折られる。自らの未熟さと直面し、長い苦痛と恥辱の日々を経て、真の神へと成る。そのためには、ここでの敗北はもはや必須事項だった。


 優晏と手をつなぎながら階段を下り、忍者の軽量な衣を纏い動きやすそうなシニカと直面する。優晏は何も分かっていないからか、シニカを見た瞬間に臨戦態勢に入る。


 私がそれを諌め、シニカとの対話を試みる。シニカもなんとなくは事情を察しているようで、互いに武装を解いて話し合うことになった。


「え?どういうこと?戦わないの、刑部?」


 無邪気な優晏の目線が痛い。私の服の裾をくいっと掴み、不安に瞳をうるませている。それが酷く私の心に突き刺さり、返しが付いていて抜けない針のようだった。


「ごめんなぁ。優晏ちゃん。ご主人様とはもう、お別れかもしれへん。」


 それからしばらく、優晏は何も言わなかった。何も分からないまま、唐突にそんな宣言をされて頭が真っ白になったのだろう。優晏は掴んでいた手を離して、階段へと全力で踵を返した。


 それをシニカはやれやれといった様子で見ている。止めないのかとも思ったが、そんな義理があるはずもなく、優晏はずんずんと来た道を戻っていく。


 私もまた、それを止めなかった。いや、止められなかった。優晏からしてみれば、最初に出会った大切な存在である春水と離れ離れにならなければいけないのだ。大切な人との別れを何としても阻止したいというのは、私にも痛いほどわかる。


「一緒に行かないのデスか?勝ち目はないと思いマスけど、逃げるくらいはできるのデハ?」


「.....いい。ここで逃げたら、もう前には進めないから。」


 気まずい空気が流れ、静寂が辺りを支配する。私は歯を食いしばって、どんな結末を迎えてもいいように心と別れの準備を済ませておく。


 そんな時、カランとあの花飾りの音がしたような気がした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 酸素を求め喘ぎながら、全速力で階段を駆け上がる。酒屋のおじいちゃんと大きな熊も無視して、別の階段へ再び足をかける。


(ごめん、ごめん春水。私も一緒に行けばよかった、ちょっと遅くなったけど、今から行くから。待ってて!)


 半ば走るように階段を抜ける。途中何度も転んだが、それさえも早く階段を下りれるなら喜ばしいと思った。ズタズタの体でそれでも前へ進み、速さを落とさず鳥居を抜ける。


 そこで目にしたのは、ボロ雑巾のように地面に倒れ込む春水と、傷一つない真っ白な鱗をした大きな蛇だった。


 怒りで頭が沸騰する。こんな傷だらけに体のどこにそんな力があったのか、今までにない速さが私の身に宿る。速さと怒りに任せて、白蛇に叩きつける。パキンと快音が響き、刀が割れる。


 そんなことには気にもとめず、折れた刀を捨てて拳で殴る。一撃殴る度に拳が割れる痛みが走り、骨が折れているようだったがこれもまた気にしない。


(腕なんて無くなったっていい。帰るんだ、春水と刑部と、三人で!)


 がむしゃらに殴り続け、とうとう音が打撃のものからぐちゃりと肉がすり潰される音に変わる。このまま骨まで肉が削られれば、骨で殴れれば、少しはダメージが通るかもしれない。そんなことを考えて、ひたすらに腕を振るう。


「もう辞めなさい。そこにいる少年を持って帰って構いません。君はもう少し、自分のことを大事にしなさい。」


 そう言って、白蛇は私の目の前に春水を差し出した。春水の姿はあまりにも痛々しく、あちこちの骨が変な方向に曲がっていた。私は春水をできるだけ揺らさないように背中に抱え、白蛇を一瞥睨みつけてから来た道を戻った。


「春水、春水。もう大丈夫だからね。私が絶対に助けるから。」


 ふらふらと階段を一歩一歩上がり、倒れ込んでしまいたい体を何とか保つ。春水の体は小さく、体重も軽かったので持ち運ぶのにそこまで苦労はしなかった。


 小さな体で、なんでこんなにボロボロにならなきゃいけないんだろう。ここまでなる必要が、果たしてあったのだろうか。春水は強い、あんな大きな化け物に、たった一人で立ち向かって行ったんだ。


 もういいじゃないか。春水はもう、戦わなくていい。力が必要だと言うのなら、春水の代わりに私が何倍も強くなる。強くなって、春水がもう傷つかないように守る。


 階段を踏みしめる力がどんどん強くなっていく。一瞬に感じられた階段を抜けて、おじいちゃんと熊のいる三階層へと出た。


「おいおいおい!チビ助もボロクズみてェだけどよ!お嬢ちゃんも大概じゃねェか!!おやっさん!あの狸の嬢ちゃんも読んできてくれ!」


「分かりました。その前に、少々失礼。」


 ぶつぶつおじいちゃんが呟き、春水に触れる。すると暖かな光がぽわっと生まれ、少しだけ春水の呼吸が大きくなった気がした。


「あくまで応急処置です。これ以上の治療は刑部さまに頼むしかありません。」


「もう居るよぉ。あらら、手酷くやられたみたいやねぇ。」


 いつの間にか階段を登ってきていた刑部が、そそくさと春水の元へ向かって『美園』をかける。その光はふたつに枝分かれし、片方は私の腕へと飛んできた。


 それから長い間、刑部は春水に付きっきりで術をかけ続けた。体の傷自体は全て治ったようだが、体力が著しく消耗しているため、目を覚ますのにはあと二日ほどはかかるらしい。


 全ての治療を施し終えた後、刑部は真剣な表情で私に向かって話を切り出した。


「優晏ちゃん。ご主人様とはここでお別れや。しばらくご主人様とは会えないし、もしかしたら一生会えへんかもしれん。」


 聞きたくない言葉たちの群れが、いっせいに私の中に入ってきた。耳を塞いでしまいたかった。叫び出してしまいたかったが、ぐっとこらえる。だって、私は弱いから。


「ご主人様には人間の生活に戻ってもらおうかなて思っとるんよ。もうご主人様は戦えない。あとは、自分の力で立ち直って、戻ってくるならよし。戻ってこないなら、残念やけど受け入れるしかない。」


「私が....。私が強くなって、一番強くなって春水を守る。だから、それまではお別れでいい。いつになるかは分からないけど....強くなったら迎えに行く。それでいい?」


 もう迷わない。泣かない。挫けない。私は私を救ってくれた春水に恩返しがしたい。でも、この胸の中にある感情はきっと、それだけじゃない。


(あ、そっか。私は春水のことが好きなんだ。好きで好きで、大好きで。だから頑張れるし、春水のためなら何だってしたいって思える。会えなくなるのは寂しいけど、私が強くなればすぐにまた会えるから。)


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