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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・京編
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消えない傷を、それでも愛す。

 愛とは?それは万人が一度は考え、そして躓いたことのある共通のテーマ。誰しもがその点を通過し、そして答えを出すことなく迂回して行った。そこは言わば、答えのない落とし穴のようなもの。


(脳髄が焼けるように痛い。呼吸を一つ落とす事に、全身から力が抜けていきそう....。.....でも、でも。私は戦う。)


 かぐやはすっと目を据え、一点を除いたあらゆる思考を削ぎ落とす。極度の集中、完全に研がれた意識が生み出す、純粋無垢な攻撃性。


 ここに、愛は定義される。愛とは、差別である。優しく蕩けるような愛情の副産物である、愛しいもの以外に向けられた害意。


 愛しさの裏に隠れた牙。本来であれば表に出ることの無い、乙女であれば皆隠し持っている小さなナイフ。


 その鉄の艶やかな輝きが、チラリと陽の光を受ける。かつてひた隠しにされていたそれは、この瞬間を待っていた。


 ヌルりと、少女の背筋に悪寒が走る。中途半端で、保身のために今まで春を鬻いできた眼前の乙女。それが突然、飢えた獣のような雰囲気を醸し出したのだ。無理もない。


「....だから、何?あなたがしてきたこと。あなたの犯してきたことは、なくなったりしない。あなたは所詮、あなたでしかない。他の誰かには、なれないんだか....。」


 刹那、光の筋が少女の頬を掠める。次に肌の焼ける音と匂いがふんわり漂い、少女はそこで初めて自信が攻撃されたのだと理解した。


「....私は私です。でも、今日の私は昨日の私じゃない。人は誰だって、好きな自分になる権利があります。自分がどう変わるか変わらないかは、あなたが決めることじゃない。」


 夥しい程の極光。昼をも欺く明るさを持って、かぐやは相手へと距離を詰める。本来不得手な近接へ、かぐやは自ら飛び込んでいく。


(....体つきも、雰囲気も、近距離が得意そうな相手じゃない。なにか作戦がある...?いいや、ただのばか?)


 少女が断じた通り、かぐやが行ったそれは一見すればただの自殺行為に過ぎない。だが、彼女はそれでもアドレナリンを吹き出させ、痛みを鈍化させながら足を踏み出す。


(見てきました。今までの全て、見てきたから。)


 過去、かぐやはいつも戦うものの背後にいた。そうやって守られ続けて、何度悔しさに奥歯を噛んだか分からないほどに。


 でも、だからこそ知っている。戦いとは、どういうものなのかを。ある時は愛しいものからはある時は恋敵から、ある時は親しい友人から。


 彼女はもう十分過ぎるほどに、戦闘を学習していた。才能は無い。筋力も、経験も何一つ足りていない。


 あるものと言えば、術式による火力のみ。その唯一と言っていい長所さえ、彼女はあえてかなぐり捨てた。


 下策、愚策もいいところ。もし百回戦えば、九十九回負けてしまうような馬鹿げたやり方。割に合わない勝ち筋、たった一つ差した光明。


 ふっと、かぐやの頬が緩む。こんな時、春水ならどう言うだろうかと、そう考えた。そっと、背中を押されたような錯覚を彼女は覚え、その反動で前に進んでいく。


(分の悪い賭け。足りないだらけの、未熟すぎる戦い方...。でも、それでもっ.....!)


「十分!...ですっ.....!」


 出力は最大。いいや、それ以上を無理やり引き出す。効果時間、射程範囲を犠牲にすることで、かぐやは落雷のような眩い発光を引き起こした。


 確かに、かぐやの術式は強力だ。火力、範囲、殲滅性。どれをとっても一級品。ただ、それは当たればの話。


 そもそもここは市街地、相手が逃げられないような広範囲のレーザーは射出できないし、ましてやこの狭い範囲では自分にも影響が出る。


 だからと言って、範囲を絞り切った攻撃では容易く回避されることは誰の目にも明らか。であるならば、無理に当てる必要は無い。


 ただし、相手は必ずこちらを見る。避けなければいけない攻撃だということは先刻の一撃で示した。故に、相手は攻撃の起動を把握するためこちらに視線を向けざるを得なくなる。


 強い光とは、いつだって人を惑わせるもの。たった刹那の閃光が、陽をも喰らう莫大な光の残滓を撒き散らした。


 即席のなんちゃってスタングレネード。大きなダメージも、甚大な被害も相手に与えられはしない。そうだとしても、一瞬。ほんの一瞬、目を奪うには事足りる。


(足りないものは工夫で補う...!丁寧に...丁寧に相手を崩して自分のペースに持ち込む...!これが、私の見てきた戦い方です!)


 視界は封じた。されど、それが勝利に直結するとは限らない。強者とは常に、生と死の狭間で綱渡りを続けてきた存在。


 致命の一撃に関しては敏感に嗅ぎ分け、視界など無くとも勘で回避してくる。勘、それは侮ることの出来ない、説明不能な経験値の出力方法。


 肌が、閉ざされた瞼が、空気が、匂いが。あらゆる全てが語りかけ、こう避けろと強者に命じる。


 それすらも、かぐやは知っている。と言うより、何となく自信がなかったのだ。今一手、彼女には確実に相手へ攻撃を当てられる自信がなかった。


 自らの力では、少なからず周囲への被害は免れない。だが出力を絞って勝てるような相手では無い。


 相反する二つの思考。流れ弾無しで、威力はそのままに。相手に悟られないように確実に痛手を与える。


 速度はいらない。射程もいらない。攻撃の指向性、瞬発力、範囲でさえも、今は不要。そうして昼に、パラパラと新雪のような柔らかい暖かさを持った光が満ち始めた。


 速度と射程を捨てた代わりに、持続時間を限界まで引き延ばされた光玉をあたりに散らす。本来であれば、線状の攻撃であるレーザー。それをかぐやは点としての攻撃に変えることで、回避不能の置き技として変容させる。


 蛍が空に上るように、星が天に瞬くように。超スローの散弾が少女を取り囲み、チクチクと相手の肌を焦がす。


(…一発一発は大したことないけど、重なるとうざい。でもまだ、視界も回復してない。…しかたないか。)


 勘をフル稼働させて、少女は強引に光の中を正面突破していく。足や腕に走る痛みに多少唇を嚙みながらも、我武者羅に少女は腕を伸ばした。  


「つかまえた。」


「?!」


 確かに、かぐやの放った光弾には速度がないゆえに強い指向性が与えられていない。だが、そこには確かな流れが存在する。


 攻撃の向かってくる方向。自身に被弾しないように整えられた、不自然に球数の少ない位置。ごく僅かなその感覚を少女は読み取って、攻撃が発射された方向へと突っ走った。そうして運悪くか、偶然にもかぐやは小さなあざだらけの腕に捕まった。


 無茶なフィジカルでの状況打破。残酷だがあらゆる策は、単純な肉体のスペック差で簡単にひっくり返される。


 白く細い首筋に、少女の腕が這い梅柄の痣がかぐやの体を駆け巡っていく。それは凄まじい速度で体内を犯し、すぐさま脳みそまで到達する。その、はずだった。


「ようやく、近寄ってくれましたね。」


 少女の腕をかぐやが掴み返し、両の掌にレーザーを集中させて相手の腕を焼き切る。それと同タイミングで少女の視界が回復し、不敵に上がったかぐやの口角を見て、少女は自身の迂闊さを悟る。


 少女に遠距離技はない。だから少女がかぐやを殺害するためには、どうしても近接に寄る必要があったのは事実だ。


 ただそれでも、少女は確かにかぐやの火力を警戒していた。だからこそ不用意には近づくことはなかったし、慢心なく相手と向き合っていた。


 されど、かぐやはその警戒心を解くために全力で演じた。自分がとるのはあくまで正攻法。知恵を回し、策を講じて攻略法を積み立てていると。


 彼女の作り上げたあらゆる策は、すべてがフェイク。それらが砕かれたとき、もう手段はないと思わせるための偽のゴール。


 新技、感情の高ぶり、恋心。嘘はなくとも、色は付ける。その鮮やかさに、少女はまんまと油断させられた。自分は相手を追い込んだ。次でとどめを刺せる。そんな、一瞬のゆるみ。


「この距離なら、外しません。」


「…っ!まだ…っ!」


 両腕を失い、まだなお逃亡を試みる少女。彼女は体を大きく揺らして地面を転がり、かぐやから距離をとって一時離脱を目指した。


 びりっと、少女の脳に痛みが走る。足に感じる違和感。焦げ付くような、梅柄ではない火傷の跡。大したことはないと侮った、光弾の確かな足跡がそこにはあった。


「うそっ…!なんでこんなときに…!」


 極光が少女の姿を完全にとらえ、そして飲み込んでいく。そうして、正確に放たれたレーザーは跡形もなく少女を消し飛ばした。











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