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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・京編
228/235

蟷螂と蜂(一)

 

 洛外にて春水とヤスが激戦を繰り広げている間、洛中では貞光が京中の武士たちを引き連れて戦線を維持していた。


 波のように迫り来るもののけたちの軍勢。それらを適切に捌くため、貞光は最前線で大鎌を振るいつつ辺りの武士たちへ指示を出す。


 戦況はやや人間側が優勢。このまま流れに乗って押し切れれば、大した被害も無く戦いを終わらせることができるだろう。


 だが、それをもののけ側が許すはずもなく。自陣の戦況が不利と見たもののけ側の大将、赤蜂は自ら前線へと出陣。


 貞光と同様に味方陣営へ指示を出しつつ、少しでも戦況を傾けられるように人間側の戦力を少しづつ削っていった。


(このまま終わるとは思っていませんでしたが...思っていたより敵大将の戦闘力が高い。このままだと、ひっくり返されますね。)


 赤蜂は自慢の長槍を持って、武士たちの胴体を流れるように穿ち貫いていく。それを確認した貞光は、これ以上の被害が出ないよう赤蜂へ向かい戦闘態勢を取る。


 熟達した技巧を感じさせる槍捌き。その流麗な一連の流れが、大鎌の薙ぎによってガキンと快音を放たせて刹那の静けさを得た。


「ふひ....!ふひひ....!久しぶりに、手応えのありそうな相手ですね....。」


「こっちは手応えのある仕事なんか好きじゃないんですけどね。楽させてください...よっ!」


 鍔迫り合いとなった大鎌と槍が互いに力を込められ、再び衝突音を上げて二つの獲物が自由となる。


 そうして両者共に一歩後方へと引き、それなりの間隔を確保。下手に相手へ近づくことなく、良く相手を観察した。


 乱戦混戦蠢く中、二人の戦っている空間だけがぽっかりと人混みを開けていた。それは、誰も入り込めないような達人の間合いが生み出す空気感故のもの。


 下手に踏み込めば首を落とされる。それを本能で察知したのか、もののけも人間も、誰一人として二人の間合いには近づこうとしない。


 槍と大鎌。この二つが相見え、互いに思考を巡らせながらジリジリと緩やかに距離を詰めていく。


(相手は槍、こちらは大鎌。お互い、近接には寄りたくないでしょうね...。ただ、地力の差的にも長期戦は避けたい。)


 術式の有無、それから純粋な肉体のスペック。ステータスだけで判断するのなら、人間は圧倒的にもののけに敗北している。


 されど貞光はそれを理解した上で、長年もののけ狩りを続けてきた百戦錬磨。今更ここで怖気付くようなヤワな鍛え方はしていない。


 先手を取り、トンっと緩やかに地面を踏んだのは貞光。静かな駆動音で相手の不意を突き、一気に互いの間合いを食い潰す。


(...ふひっ!距離を詰めてきた!その獲物で、その体で?)


 長物と長物の戦い。セオリー通りに行くなら、適正な中距離を保ちつつ相手を削り続けるのがベスト。


 長物同士の暗黙の了解。互いの利害が一致した結果の間合いを、貞光はあえて崩した。それは言外に、技巧ならこちらの方が上だと相手に叩きつけているかのようで。


 最低限の予備動作から繰り出される、目一杯の大振り。それから追撃として大鎌の重量を感じさせない武器捌きで、貞光は連撃を解き放つ。


 対する赤蜂は後退しながらも、連撃を回避と防御混じりで対応。貞光の攻撃の波を何とかいなした直後、これ以上の追い打ちを避けるため翅を展開し空へと逃げた。


(こっちと同じ長物の癖に...近接も重くて速い...!ふひひ...ふひひひ.....!!こいつ強い....!!)


 滞空しながらブンブンと槍を回し、赤蜂は地面から自分を睨む貞光に視線を向けた。疲労の様子は一切なく、それどころか距離が離れたのをいい事に魔術の詠唱を始めている。


「風の導を受けながら、空を夢見る地の翼。どれほど無謀な望みとて、片輪の鳥は今日も鳴く。青をよく知る蛙とて、お前に敵う道理無し。『比翼連理風羽(ひよくのれんりかざばね)』」


 相手に距離を取られてなお、貞光は攻めの姿勢を崩すことなく攻撃のリズムを整える。出来ることから堅実に、かつ着実に。


 大鎌に風の魔術を溜め、全力でそれを振り回すことで風の刃を生み出す。こうすることで、上空へと距離を取った相手にも遠距離からダメージを与えることが可能。


 培ってきた経験値の差。それをそのまま暴力的なまでに叩きつけ、無数の攻略チャートを弾き出す。


 これこそが貞光の強み。人間として極められた、正に凡人の頂き。それを赤蜂も理解し、多少の戦慄を覚えた。


(目立った強さじゃない....!地味だけど...その分崩すのが難しい相手....。ふひひ....!それ、私の得意分野だ.....!)


 ひたすらに手堅く、穴のない戦い方をする貞光。されどそんな相手の戦闘スタイルを見て、赤蜂は不敵に笑みを浮かべる。


 そうして貞光によって放たれた空を切り裂く魔術のかまいたちを回避しながら、赤蜂はニヤケ面を崩すことなく口を開いた。


「ひひひ.....!ちょっと戦っただけでも分かります...!前線式の要...あなたでしょう?ふひっ....!じゃあ、あなたが死ねばいいんですよね?そうしたら、一気にぐちゃぐちゃになりますもんね?」


 口角を歪め、重く目元を隠している長い前髪からギラリと鋭い眼光が光る。それから赤蜂は飛んできたかまいたちを槍で相殺し、再び地上へと舞い降りた。


 様子見は終わり。そう言わんばかりに、周囲の空気感が一気に変成する。貞光もそれを感じ取ったのか、パリッと刺すようなプレッシャーを全身に受けつつ、より一層気を引き締める。


(空気が変わった.....。十中八九、術式を使ってくるでしょうね。ここからが本番、という訳ですか。)


 前哨戦の小競り合いにも終止符が打たれ、いよいよ始まる命の奪い合い。その渦中へ真っ先に身を投じ、先手を奪ったのは赤蜂だった。


 先刻で先手を取られた意趣返しでもするかのように、今度は彼女が貞光を翻弄すべく槍を細やかに動かす。


「ひひっ....!さっきの、お返ししますよっ....!」


 距離を殺し、適正距離では無いクロスレンジでの強襲。売り言葉に買い言葉という表現が適切な程に、赤蜂は貞光への対抗意識を見せる。


 狙うは足、指先、それから獲物。赤蜂は意識が割き難い体の末端と相手の武器を狙い、少しでも削れる可能性が高いポイントを穿つ。


「っ....!また嫌な所をっ.....!!」


 汗を流し多少顔を歪めたものの、貞光は体を大きく動かすことでミートをずらしこれに対応していく。


 大きく横にステップを踏み、相手の狙いを末端から中心部へと強引に動かす。これは一見、完璧に赤蜂の攻撃をいなしている様に見える。


 しかし、実態はそうでは無い。本来では動かす必要の無かった体を動かし、大きなモーションを必要とするこの動作は貞光の体力を確実に削っていく。


 つまり、受けるにせよ捌くにせよ、どちらでも削りとしては有効打。攻勢に出ていたはずがいつの間にか防戦一方になり、貞光は些かの危機感を覚えた。


「ひひひ....!あなたは何のために生きてますか?ねぇ、教えてくださいよ....!」


「随分急....ですねっ....!落ち着いて話がしたいなら....その槍止めてくれませんっ...かっ!」


 槍は貞光の言葉を無視し、凄まじい速度で精密に動き続ける。そこに加え、ただでさえ素早い攻撃が、赤蜂が口を開き気分を高揚させていく度に速さを増していった。


「わたっ...!ふひ...!私は...綺麗だなと思ったもののために生きてるんです!どうでもいい責任も重圧も、意味も意思も吹き飛ばしてくれる!!そういう絶対的な美しさ!!!」


「だから....そのためなら命だって賭けられるんです!!!あぁ...!!あぁあ!!!!なんて、なんてなんてなんてなんて!!!!!!幸せなんでしょう!!!!私って!!!!!!!!」


 一人勝手にテンションを上げていく赤蜂。どこまでも狂気を孕んだ様子を見せる相手に対し、貞光は対照的に落ち着きを持って対応。


 経験則による直感。その落ち着きによる観察眼が、この先に起こるであろうどうしようも無い展開を予測してしまう。


「今日!今日死んでもいい!!!あの人のために死ねるなら!!!!私は....幸せなんですっ!!!!『散美歌(さんびか)』!!!!」

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