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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・京編
227/235

知っていたことを、知っていく。(四)

 

 張り上げられた声の返礼に、ヤスの方向からは刀が飛んでくる。春水はそれを空中で器用にキャッチし、回転混じりに遠心力を込めて侠客に剣戟を繰り出した。


(なっ...?!獲物の補充?!それはちょっと予想外。けど、大した痛手でもない。分かっちゃいたけど、結局はあのガキもサポートにしか回れないってワケね。)


 侠客はそれを腕の甲側で受け止め、何とか体勢を保とうと必死になって宙で体重移動を完結させる。


 ただ、春水の狙いは刀での斬撃などではなく。彼は斬撃を繰り出した後、間髪入れずに侠客の腹部へ蹴りを披露。


 相手を地面に向かって吹き飛ばし、強引に大地へと叩きつけさせようとした。されど、侠客は蹴りの反動で体をクルッと一回転。


 地面への着陸体制を取り、地面に打ち付けられても素早く継戦可能な形を取れるよう受け身の体勢に移る。


 そうして、そこで侠客は見た。自身が向かう地面の先、何も無かったであろうはずのそこに、拳を構えた一人の姿がある事に。


「ハッ。笑わせるわ。さっきまで寝転んでただけのアンタに、何が出来るって言うの?ほんと、バッカみたい。」


 ヤスを見下し、半笑いになって落下の風圧をもろに受ける侠客。しかしそんな侠客を気にすることも無く、ヤスはただ深く呼吸を行う。


 想像するのはただ一つの煌めき。魔術を使う時のように呼吸を巡らせていき、瞳を閉じて全神経を拳に集める。


 嫉妬も、弱さも、不甲斐なさも、至らなさも、悔しさも、怒りも、悲しみも、辛さも。それから、もう届かない恋心も。


 全て拳に乗せて、ヤスは大きく息を吐き出した。そうして確信する。今の自分に、できないことは無いと。


 春水は空から、その煌めきに目を見開いた。だってそうだろう、相棒を信じていたとはいえ、その煌めきを繰り出すなんて思ってもみなかったから。


(あぁ...そうだよな。いつだってヤスは...僕の想像を超えていく.....!行け...行け...行け.....!)


「何よ...。何よ、何よ、何よっ!タダの人間の癖にっ!!!いいわ、受けてあげる!アンタの攻撃なんか屁でもないって、アタシの術式で証明してあげるんだからっ!!!」


 煌めきは未熟。朝露の瞬きよりも小さく、死にかけの蛍より弱々しい。そんな、雛鳥を思わせる灯り。


 ただ奇しくも、その灯りに瞳を奪われた者がいた。それは紛れもなく、その小さな光を誰よりも近くで見届けた侠客で。


(ありえないっ!そんなのっ!あってたまるもんですかっ!!でも、でもでもでもでもでもっ!自分のキモチに...嘘はつけないものね...。)


 侠客の術式、『美離魅麗(ビリビリ)』は自身が醜いと判断した攻撃を無効化できる能力を持っている。


 つまり、自身が相手の攻撃を醜いものだと判断するだけで、侠客は常時無敵の存在になることさえ出来るのだ。


 そう、だからこそ。侠客はヤスの攻撃など意識するまでも無い。その、はずだった。


「あぁ...なんて、なんて美しいの.....!泥の中でも、宝石は光るのね......。」


「アアアアアアアアアアアアッ!!!!!オラァアアアアアアア!!!!!!」


 空から飛来した侠客に向かい、ヤスが拳を解き放つ。繰り出された拳は間違いなく、『借煌』の光を纏っていた。


 侠客の腹部に全力の一撃がめり込み、侠客はその強烈な一撃に遠くまで吹き飛ぶ。その一撃に、相棒としてヤスを見ていた春水だけでなく、拳を喰らった侠客本人でさえ魅せられていた。


 あまりにも美しい、拳の一撃。今はまだ、蕾のままの一閃。だがその緑は、これから咲く大輪を想像させずには居られない。


 遠くへ吹き飛んだ侠客は、地面にすり下ろされながら勢いを落とす。そうしてスピードを止め、血まみれになりながら侠客は空を見上げて呟いた。


「.....アンタ......の拳、キレイだった.......わ。」


 短く、けれど惜しみのない称賛。今までの侮辱を謝罪するように、侠客は思わず口から言葉を零す。


 その言葉を聞き届けた後、ヤスは自分の拳にまだ残る会心の感覚を握りしめる。原理も仕組みも理解せず繰り出した『借煌』。


 その後味を忘れぬよう、ヤスは自分の手のひらをじっと見つめた。そうしてそれと同時に胸の奥から登り上がってくる、心地のいい達成感。


 弱く矮小な自らでも、やってやれるのだという証明の一歩。天へ拳を掲げ、ヤスはそのまま背中から地面に倒れ込んだ。


「ヤスっ!!!」


 ヤスが地面に倒れ込んだ直後、春水が空からヤスの側へと駆け寄る。術式を解除し、そっとヤスを抱き抱える春水の表情は心配一色。


 その顔色を見たヤスは、なんだか無性に口を開きたくなった。押しとどめていたことが、勝手に漏れ出してしまう。


「なァ....シュン。オレさ.....お前に言わなきゃいけねェこと......あんだよ.......。」


 ヤスから春水に向けられる、真剣な眼差し。春水はそれを真っ向から受け止め、ぽつりぽつりと雨のように溢れる言葉を聞き届けた。


 それは、寄る辺ない暗闇を彷彿とさせる過去の話。ただ一点の月明かりの下、少女の心を殺してしまった罪業。


 どれだけ謝罪しても、どれだけ償っても消えることの無い過ち。それを、ヤスは隠すことなく春水に打ち明けた。


「許して欲しいとは....言わねェよ....。ただ.....オレは最低最悪のクソ野郎だ.....。お前の....お前の信頼を....ずっと.....裏切り続けちまってた......!」


 泣くべきは自分では無い。それなのに、どうしても涙は止まってくれない。ヤスはぼやけた視界でそれでも逸らしてはならぬと、春水の顔を見続ける。


「.................。」


「すまねェ......!!すまねェ.......!!!」


「......僕じゃないだろ。」


 春水はガッとヤスの胸ぐらを掴み上げ、体を無理やり起こさせる。それから強制的に自分と視線を合わせ、至近距離で視線を交錯させながら声を張った。


「謝る相手は僕じゃないだろ!!!ヤスが傷つけた相手は僕じゃないだろ!!!だったら...謝るべき相手が違うことくらい...分かれよ!!!!」


 春水は本気で怒った。でもそれは、過去にヤスがかぐやを傷つけた事じゃない。謝る相手を間違えた事に対してだった。


「昔何があったとか、何をしたとか僕は知らない!それを許すか許さないかだって、かぐやが決めることだろ!!本気で悪いって思ってるなら....かぐや本人に謝れよ!!」


 春水も、内心はぐちゃぐちゃだろう。唐突に突きつけられた過去の出来事に、戸惑いだって大きいはず。


 ただ、その怒りを春水はぶつけることをしなかった。ヤスの罪を裁くのは自分では無い。そうきちんと心の整理を付け、正しくヤスを叱責する。


 その正しさに、ヤスは救われた。謝る機会さえ与えられない可能性だって、十分にあったのに。


「.....面目ねェ......!面目ねェ........!」


「.....泣くなよ。ほんと、ヤスは手のかかる相棒だっての。」

(綱)「保昌ってな、いい意味でイカれてんだよ。」


(貞)「なんですかそれ。いい意味って。」


(綱)「いや、普通に相棒があんなトンデモな能力の奴だったら諦めるか腐るだろ。」


(貞)「あ〜....綱さんもそれでめっちゃ同期の心折って来ましたもんね。なんとなく、分かる気がします。」


(金)「そうか?強い奴が隣に居たら逆に燃えるだろ。なんつーか...やってやるぞ!みたいな。」


(季)「....それは金時とか綱とかの...特別な人だけだよ。保昌は....普通の子だから。」


(道)「確かに、いや確かに。拙僧も覚えがありますなぁ〜。平々凡々、牛歩の如き自らとは異なり、鳥のように進んでいく好敵手。若い頃は拙僧もよく悩んだものです..。」


(貞)「えっ、道鏡さんもこっち側だったんですね....。なんか、意外と言うか.....。」


(綱)「とにかく!俺みたいに才能の無い奴は困るって話!でもな、だからこそ光るだろ。バカみてぇに何にも持ってねぇ奴が、諦めずにぶっ倒れるまで根性見せてんだ。これがイカれじゃなくて何なんだよ。」


(季)「...うん。保昌はいい子だよ。諦めが悪くて...真っ直ぐだ。」


(金)「ど根性ってのは悪くねぇ響きだな!ああ、保昌にピッタリだ!」


(貞)「私から見たら春水くんも保昌くんも...どっちもまだまだ若いのに強くて、化け物みたいに末恐ろしいですけどね。」


(道)「若者というのは少し見ないうちに健やかに大きくなっていくもの。春水殿と保昌殿...両方とも、これからが楽しみですねぇ〜。」

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