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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・京編
226/235

知っていたことを、知っていく。(三)

新生活とコロナで大変なことになってました!

熱も下がったし呼吸もそれなりになったので、連載を再会しようと思います!!

お待ちしていた皆様心配をおかけしました!!

 

 春水と侠客が熾烈な攻防を繰り広げている最中、ヤスはただ一人地面でその争いを眺めていた。


 唇が割れてしまうほど強く、彼は自身の歯を持って悔しさを噛み殺す。それから止めどなく溢れてきたのは、水銀を零したような涙。


「あっは♡アタシの術式は醜悪さを奪う術式ッ!美しくない攻撃以外は効かないのよ!」


 しかし、そんなヤスの涙などは眼中にも無いと言わんばかりに、侠客は春水との戦いに没頭し続けている。


 侠客の頭の中には、もはやヤスの事など存在しない。綺麗さっぱり忘れられた過去の代物なのだろう。


 それに対して怒りを顕にした春水が、風の出力を最大にして侠客を吹き飛ばし、相手の動きを封じた状態で空中戦へと持ち込む。


 だが宙に浮かされ身動きが取れずとも、侠客は些細な身動ぎだけで春水の刀をするりと抜けていく。


 ヤスの頭上、展開されているのはもう自分とは全く関わりのない世界。それが悔しくて、何より情けなくて。


 ヤスは動かない腕を何とか動かし、精一杯の気力を振り絞って魔術の祝詞を唱え上げる。弱々しいその声は、完全に侠客の耳には届いていない。


(まだ....まだなんだ.......。オレは.....強いって.....言って貰ってんだよ.....!!だから.....まだ終われねェ......!)


「......動かざる山嶺。付けられた土竜(もぐら)の爪痕。地を割れ、山割れ、天を突け。未だ明かずの天幕に、三条尾を引く光を繕え。『三頭土竜(さんとうもぐら)』。」


 魔術は完全詠唱を持って練り上げられ、三つの土塊がヤスの近辺に生成される。そして、その土塊は次第にモグラの爪のような形へと鋭く尖り、主人の命令通りに侠客を狙う。


 ドリル状となって回転混じりに、侠客へと凄まじい勢いで迫る三本の土塊たち。どこからどう見ても、完全な不意打ち。


 避けることもまともに受けることも叶わず、侠客は三本の土塊全てをその身に爆ぜさせる。勢いと回転を孕んだそれらは、確実に侠客の肉体へダメージを通したはずだった。


「チッ。何よアンタ、まだいたの?いい加減分かりなさいよ。雑魚が何やったって、無駄なのよ。」


 三本の土塊が直撃したのも気にせず、そのまま春水との殺し合いに興じる侠客の姿は、全くの無傷。


 侠客は自身へ魔術を放ったヤスへ一切視線を移すこと無く、ヒラヒラと落下しながら春水の攻撃を全て捌ききった。


(避けるまでも.....ねェってのかよ......!!)


 ヤスは辛抱たまらなくなって、戦場から目を背け腕を地面に叩きつける。何度も、何度も何度も何度も、理解してきたはずのこと。


「....オレは..........ッ!強ェ術式がねェから勝てないのかッ!!!!!強ェ術式を産まれ持っただけのヤツに.....負けんのかよォッ.........!」


 分かっていた。この場において、強い術式を持って産まれただけの者などいないと。居るのはただ、産まれ持った強さに慢心せず、自分と同じように歩みを続けてきた猛者たち。


 どれだけ鍛錬に励もうと、埋まることの無い絶対的な才能の格差。永遠と叩きつけられ続ける、残酷な現実。


 ヤスは、どうしようもなく悟ってしまう。ああ、無理なのだと。自分なんかでは、到底太刀打ち出来ぬ領域の世界の話なのだと。


 涙は出なかった。それが当たり前だと、心のどこかではずっと思っていたから。背中を叩かれ、叱咤激励を受けてなお残った凝り。


 強烈な憧れを翳らせる、自信のなさ。言い換えれば、ヤスは真面目だった。真面目故に自身の力量を完璧に把握し、自信に出来る範囲を正確なまでに理解していた。


 だからこそ分かってしまう。自分の至らなさ、受けた激励の、送られた声援の、潰れてしまうそうになる重さが。


(.....重い.......?重いって....なんだよ。オレが....オレは....今までに.....!仲間を重荷だと思ったことが....あったのかァ......?!)


 ヤス目の前では、目まぐるしく動く春水の背中が鉄の音を奏で続けている。劣勢とまでは言わないが、技量的には拮抗状態。


 ただ周囲への影響も考慮し、春水は中々大技を放てていないといった様子だった。ヤスはそれを、自分を背に庇って戦っているからだと察する。


 人は自分より強いものと出会って、初めて自分の小ささを自覚する。その点で言うなら、彼は自分の小ささなど、いつだって直視し続けてきた。


 その度折れた。その度挫折した。自分が持っていないことも、自分では想い人一人救えないことも、もう十分に知っている。


 だが、逆にあえて言おう。彼は折れた数、挫折した数と同時に、立ち上がってきた。何度でも折れた心を繕い、震える膝を殴りつけてきた。


 自分が弱い事など、とうに知っている。自分が足りないことなど、初めから分かっている。自分一人じゃどうしようもないことぐらい、きちんと理解している。


 だから、ヤスはその瞳を逸らさない。春水と侠客との戦いを見続け、刀を杖として体を何とか立ち上がらせた。


 そうして、自身よりも大きいものたちから学ぶ。動きを見て、技を盗み、呼吸を整えつつ心を落ち着かせていく。


 そこで、ヤスはしかと見た。春水が侠客に攻撃する直前、たった一瞬攻撃の地点が煌めきを孕むことに。


 魔術とも違う、術式とも違うそれに、ヤスは酷く魅入られた。知らない技、原理も何もかも理解不能な輝き。


 それでも不思議と、自分にもできるのではないかと思えるような感覚があった。春水の学んだ『借煌』。


 術式を持たぬ蝦蛄のもののけから産まれ、魔術の応用、持たざる者の極地と言って差し支えないそれは、何も言うことなくただ使い手が現れるのを待っている。


 片手には刀、片手には握り拳を持って、よろよろとヤスは立ち上がった。力無く、あまりに弱々しい一歩。


 されど、ギラギラ輝く視線。それは敗者の目などでは決して無く、せり上がるマグマのように輝く熱の瞳。


(呼んでくれ.....!オレを.....!!!まだ戦えるオレを.....呼んでくれ!!!!!!!)


 猛獣を見紛うほどのオーラを放ち、ヤスは春水と侠客の戦闘を睨む。そんな熱烈なアピールに、長年連れ添った相棒が気づかない訳もなく。


 春水は再び風を展開し、自身と侠客を空へと舞い上げる。その表情に焦りは無い。あるのは相棒への信頼と、ここで決着をつけるという確固たる意志。


 春水は侠客をヤスと自分とで対角線上に挟む位置取りを行い、侠客の背後をヤスに取らせた。当然、ヤスを見くびっている侠客はそんな事を気にしない。


 春水は刀を使い潰し、ひたすらに手数で侠客を押していく。すると刀にヒビが入り、その無茶を咎めるように侠客が拳で春水の刀を破壊した。


「焦ってるようには見えないけど....無茶しすぎよ。それじゃあ獲物が持たないわ。」


 パキンと飛び散る鉄の輝きが霧散し、春水は徒手空拳となって侠客と向かい合う。軽くため息を吐く侠客に向かって、春水はニヤリと口角を上げた。


(見てきた。五年間。僕はヤスを見てきた。ヤスは確かに、驚くような術式もスペックも持ち合わせていない。でも、その代わりにヤスは持っている....!)


 何よりも貪欲な、飢えと渇き。自分より強い相手に見せる、驚異的な執着。逃げる事もある、引くこともある。


 だが決して、諦めることは無い。春水の見続けてきたヤスは、最高に諦めの悪い相棒だった。だから、彼は叫ぶ。ただ大きく、相棒の名前を。


「ヤス!!!!!!!!来い!!!!!!!!」

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