知っていたことを、知っていく。(二)
春水と侠客との戦闘中に、突如として乱入したヤス。そんなヤスに春水は咄嗟で動きを合わせ、ヤスとは丁度反対方向に動き対角線上に侠客を挟む。
一瞬のコンビネーション。五年という月日が生み出す一糸乱れぬ刹那の挙動に、初見では侠客も対応出来ない。
突然現れたヤスの攻撃を一旦は必要経費として受け入れ、侠客は春水の方に全集中を傾ける。そうして春水の斬撃を真正面で捌き、ヤスの斬撃は背中でもろに受けた。
「っ.....!浅ェ!ギリギリで前に体重をズラしたのか....!」
ヤスの言う通り、侠客は正面の春水に意識を割くと共に、体重をやや移動させ前のめりになって後方からの攻撃を軽症に抑える。
それから致命傷を避けた上で、侠客は地面を思いっ切り蹴り上げて宙へと跳ね、クルクルと一回転してから二人から距離を取った。
「相手は手練。油断できる相手じゃないよ、ヤス。」
「あァ、今の一撃でよく分かった。合わせんぞ、鈍ってねェだろうなァ!!!!!」
ヤスの張り上げるような声に返事でもするみたいに、春水はニヤッと口角を上げる。その後、二人は息を合わせて別々の方向に走り出す。
ヤスは右、春水は左。二人は両方向から畳み掛けるように相手との距離を詰めていき、抜いた刀を全力を持って振るう。
(...新しく来た方はまだ実力が分からないけれど、さっきからいる子の動きが急に変わったわね。それに、さっきの合わせ。即席のものとは考えにくい....。なるほど、相棒ってワケ。)
侠客は脳内で全ての情報を精査し、相手の大まかな実力を測り出す。そうして出した結論は、春水とヤスへ向ける意識を六対四に設定。
やや意識を春水へと向けた上で、ヤスの方にも油断なく視線を外さない。しかし、割いた意識の分集中に穴は生まれる。
最初にその穴を突いたのは、やはり春水だった。春水は自身の剣戟を片手で捌こうとする侠客に、すかさず『借煌』を発動。自身の運動能力を底上げし、上昇したスピードの暴力で相手を圧倒した。
ただし、侠客もタダでやられっぱなしじゃない。春水の体がチラリと煌めいたのを目視し、一瞬だがそれに対応しようと防御を固める。
だが、それが間に合うはずもなく。結果的に、侠客は生半可な防御のまま春水の斬撃を喰らい、追い打ちとばかりに走らされたヤスの斬撃もその身に刻まれた。
(ぐっ...!抜かった....!風と鎧以外の隠し球.....!流石に...術式無しで戦うにはキツい相手ね。)
一度防御姿勢が崩されれば、あとは春水とヤスのコンビによる抜け出せない連撃の餌食。全方向から絶え間なく浴びせられる斬撃は、確実に侠客の体力を蝕む。
「シュン!!このまま押し切る!!!」
「了解っ!!上げてくよっ!!」
久方振りの共闘。慣れ親しんだ相棒との、調律されたタッグ。そんな不協和音から最も遠い場所にいる二人の刀を、侠客はガシッと両手で掴んだ。
「はい、おしまい♡流石にこれ以上のダメージはアタシとて頂けないの。だから、オイタはここまで♡」
ピタッと斬撃の雨が止み、二人は眼前に突き付けられた驚愕の事実に目を見開く。驚きが舞う渦の中、侠客はヤスへと獰猛な笑みを押し付ける。
大きな蛇に睨まれたのかと思うほどの錯覚。そんな感覚に二人は囚われ、背筋をゾクッと悪寒が通り抜けた。
「ヤスっ!!!刀から手を離せっ!!!!」
「忠告が遅いわぁ♡シュンちゃん♡」
春水はヤスに向かう攻撃を少しでも遅らせようと、握られている自身の刀へ全力の力を加える。
されど、侠客はそれを逆に利用した。刀に込められた全力をするりと受け流し、春水の力のベクトルを地面へと向かわせる。
すると刀は深く地面に突き刺さり、春水は一瞬動きを止めざるを得ない。その一瞬で、侠客はヤスを刀ごと吹き飛ばした。
空へと思いっ切り投げ出され、身動きの取りようがないヤスを侠客は追撃する。地面からふわりと飛び上がる侠客は綺麗な軌跡を描き、緩やかに余裕を持ったままヤスへ拳を打ち付け続ける。
「あら、こっちはタダの人間じゃない。な〜んだ、期待して損した!」
十や二十では到底下らない連撃。一発一発が致死となり得るその拳を、ヤスは全て防御できずにその身に浴びた。
「がはっ....!」
(クッソ......!バカみたいに重いし速ェ....!けど...受けきれねェほどじゃねェ....!!!!)
常人であれば、致死の一撃。鍛え、積み上げ、苦難を乗り越えてきた彼にとっては、拳の乱打など倒れるに及ばない。
天空でボコボコに殴られながらも、ヤスは何とか拳のラッシュを抜けて反撃のパンチを繰り出そうとした。
「ん〜。確かに、人間にしては硬いわねぇ。でも、アンタそれだけなのよ。シュンちゃんの笠に隠れてチョロチョロしてるだけ。面白くもないし、何より...美しくないわ。」
侠客は心底つまらなそうな顔をヤスに向けて、自身へと向かってくる拳を乱打の合間に弾き落とす。
それでも諦めようとしないヤスを見た侠客は、いい加減にしろとため息を零しつつ、大きく足を振り上げてかかと落としでヤスを地面まで蹴り飛ばした。
凄まじい勢いを孕み、ヤスは地面へと急降下。翼と風でスピードを上げ、全速を持って救助に向かう春水を横目に、ヤスは激しく地面に激突する。
時間にして、数分にも満たぬ戦闘。乱入してからまだ少ししか経過していないというのに、ヤスは軽くあしらわれたかの如くボロ雑巾にされてしまった。
地面に激突し砂埃塗れになったボロ雑巾を見下しながら、軽やかに侠客は地面に舞い降りる。それからほぼ戦闘不能状態になったボロ雑巾に対し、侠客はもはや視線すら合わせずに呟く。
「太刀筋が未熟なのも、実力が足りないのもまだいい。でもね、そんな覚悟も無しにアタシの前に立たないで頂戴。アンタは自分の足で立ってると思ってるだろうけど、アンタのそれはただ立たされてるだけ。おだてられて調子に乗ってる、ありふれたガキよ。」
全身を打つ痛みが、一足遅れてヤスを襲う。けれど、今のヤスはそんな痛みなどどうでも良かった。
彼はひたすらに、体の痛みよりも相手の言葉に全身を支配されていた。手も足も出ない現実と、仲間から送られた信頼。そうして眼前には、自分よりも圧倒的に強い相棒の焦り顔。
(.....分かってた。最初っから....分かってたじゃねェか......!なのに....なのになんで........!!)
答えられぬ信頼にも、逆立ちしたって敵わない相手にも、自分を同格だと信じて疑わない相棒にも、顔向け出来ぬ悔しさ。
その痛みこそ、ヤスにとっては致命の一撃。悔しさと、不甲斐なさと、絶望の混ぜ物が、彼の心をポッキリと折った。
そんな事は露知らず、春水は地面から抜いた刀を目一杯振りかざして侠客へと迫る。
「僕の相棒を.....!!!!馬鹿にっ!!!!!するなっ!!!!!!」
感情任せの一撃など、避けるまでも無いと表情で語る侠客は、差し向けられた刀の軌道をすっと手刀で変えた。
「落ち着きなさい。アンタまで単調になっちゃつまんないのよ。恋は電流のようにッ!でも、終わる時は破れるって言うのよねぇ♡だから、私をトキめかせてッ!『美離魅麗』」
侠客は術式を発動させ、春水の攻撃を全て無傷で受け切る。その異様さは、春水の脳みそを冷静にさせるのに十分すぎるほど、おぞましいものだった。




