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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・京編
222/235

痛いほどに、愛。

 

 京の洛外、それも最南部。そこに鎮座しているのは、大きな大きな一本の桜。大きく手を広げ空を覆い、桜色の花弁を散らす木の下。


 そんな木陰に、継ぎ接ぎの和服を着た少女が微睡んでいる。継ぎ接ぎなのは和服だけで無く、その装いから覗かせる肢体でさえも、ちらほら継がれた様子を見せていた。


 そんな微睡みの少女の隣には、側仕えとも思える童女。紅色の和服を纏ったその童女は、かしこまった態度で継ぎ接ぎの少女に声を掛ける。


「桜さま。下準備も大詰めにてございます。そろそろ、小競り合いにも終止符を打ってしまおうかと。」


「そうね。もう、随分この木も大きくなったものね。ええ、いいわ。始めましょうか侠客(きょうかく)赤蜂(あかばち)。」


 継ぎ接ぎ少女がそう言うと、どこからともなく坊主頭の悪霊と槍を携えた蜂のもののけが出現。


 二人は桜の木の前に頭を垂れて、地面に膝を着かせる。しばらく自身の忠誠を継ぎ接ぎ少女に示した後、二人は顔を上げてそれぞれ口を開いた。


「やっぱり、桜ちゃんはいつ見ても美しいわねぇ...。うっとりため息が出ちゃいそう♡」


 肥大した筋肉を隆起させながら、坊主頭でオカマの悪霊、侠客(きょうかく)ははあはあと恍惚の息を吐き出す。


 その一方で、侠客の隣に立っている赤蜂(あかばち)もまた同じようなリアクションを続けている。


「ふひ...ふひひ...!綺麗ですよねぇ...その気持ち...とてもとても分かります...!!」


 女性らしい丸みを帯びた体、と言うには些か行き過ぎたぽよんと揺れる脂肪をお腹に備え、良く表現すれば豊満な肉体をした彼女は継ぎ接ぎの少女へと躙り寄った。


 前髪は重く、随分近くに寄らなければ表情さえも読み取ることは出来ない容姿。それを逆手に取り、自分の思いを相手に伝えようとするためか、赤蜂は必要以上に継ぎ接ぎ少女へ顔を近づける。


「ふひっ...!私を女王の軛から解き放ってくれた綺麗な人.....!私はその恩義を一生...忘れないです....!あなたの美しさの為なら...私はいくらだって殺しましょう。ふひっ...ふひひっ...!!」


 狂信的なまでに、赤蜂は蕩けた笑みを浮かべる。女王蜂の軛から解き放たれた彼女には、最早守るべき兵などありはしない。


 死体を薪に、血を餌に。ただひたすらに、美しいもののため奉仕する女王。彼女は既に知ってしまったのだ。美しさのために奔走する甘美、それがどんな花の蜜よりも脳みそで弾けることを。


「いいわよねぇ、美しいものって。死体の山の上、血を吸えば吸うほど、より紅くより美しくなる桜の木。んもう♡ゾクゾクしちゃうわアタシ♡」


「もういいだろう。両名とも、分を弁えよ。桜さまが困っているではないか。」


「ふふ、いいのよ梅ちゃん。私だって、賑やかなのは嫌いじゃないもの。それに、気が紛れるから。」


 桜は自らの継ぎ接ぎの腕をさすり、ジクジクと蠢く異物の沈痛に顔を少し顰める。その表情を見て、この場にいた三者は微かに目を閉じた。


 生まれた時から、死ぬ時まで。決して終わることの無い痛み。見世物になるため、異物を差し込まれ接ぎ木をされた痛ましい体。


 憎かった美しさも、平穏と引き換えに与えられた痛みも、全てが嫌いだったはずなのに。彼女はどうしてか、そんな痛みすらもう愛おしく思えるようになっていた。


(貰った痛みが愛。なんて、言うつもりは無いわ。でも、でもね。私は...あなたを覚えていたいの。あなたの分も、生きていかなきゃいけないの。)


 思い出すのは、自身がまだただの木だった時の記憶。小さな小さな、今にも枯れてしまいそうな樹木。


 人間の手で悪戯に接ぎ木されて、失敗作だからと投げ捨てられた。そうして、死にゆくだけだった彼女を救ったのもまた、同じ人間だった。


 人間の手によって、痛みを与えられた。でも、そのお陰で彼女は愛を知ることが出来た。だから彼女は、人間なんてちっとも恨んじゃいない。


「私は、何よりも美しく在らねばなりません。私は、どうしても生き長らえ無ければなりません。故に、私は私を伐採しようとする全てを撃ち砕く。全員、私の為に死になさい。」


「「「御意。」」」


 覚悟を決めたのか、桜は他三名に命令を下す。下された命令、それは鏖殺。尽くを殺し、尽くを自身の元へ運べ。


 そういう類の、極めて傲慢なもの。しかし、それに腹を立てるものも、ましてや造反しようと試みるものさえいない。


 何故なら、それが彼女に必要なものだと全員が分かっているからだ。美しくなるために、彼女の想いを達成するために。


 だからこそ、それぞれがしっかりとした意志を持って人の街へ向かう。だが、桜を一人ここに残しておく訳にもいかず、侠客と赤蜂だけが出兵するという形になった。


 侠客は単身で洛外に、赤蜂はもののけの軍勢を引き連れて洛中へ。二人はより効率的に死体を集めるため、戦力を分散させつつ歩を進める。


 そうして洛外の最南部には、二人だけが残った。大きな桜の木の下で、少女と童女はお互い目を合わせること無く、言の葉を紡いでいく。


「梅ちゃんも....行きたいなら行って良かったのに。」


「いいえ、私はここを離れませんとも。今私が人の群れに行けば、凡そ桜さまに献上できる死体では無くなってしまう。それほどに、私は人間が嫌いですから。」


 桜は俯いたまま、やや悲しそうな瞳で自分の腕をさする。彼女はどう足掻いても、救えないものがある事を知っているから。


「そう....。そう....よね。」


「ええ、私はあなたとは違う。人間を殺すことだけが、私の至上の喜びです。人間なんて穢らわしいもの、みんなみんな死ねばいい。」


 童女の目には、やはり明確な殺意が宿っている。人間に対する怨みの集積。それこそが自身を突き動かす原動力だとさえ言わんばかりに、彼女は天を睨みつけた。


 復讐。ただ怒りを詰め込んだだけの体には、最早それ以外のことを思う力など残ってはいない。


 紅梅色の和服。その裾がさらりと風に流れ、血が通っていないのかと思わせる程に血色の無い白梅色の肌を覗かせた。


 そうしてその肌をパレットに、梅の花の文様が大きく全身を蹂躙する。それはまるで、復讐を忘れぬよう体に刻まれた傷跡のようで。


 それを見る度に、桜は悲しそうな顔を浮かべる。自身と同じように、決して救われることの無い痛みを抱えるもの。


 自分と決定的に違うのは、たった一つの出会いのみ。心の底から愛おしいと思える人。その人に出会えているか、そうでないか。


 本当にそれだけの違いに過ぎない。それなのに、こうも人に対する見方が変わってしまうのかと、桜は童女の横顔に思う。


「哀れみは不要です。あなたの美しさに、その陰りは必要ない。」


「...私は、人間が好きよ。でも、殺す。人が生き物を殺して食べるように、私も人間の死体を養分にする。だから、道のりが違うだけで結末は一緒。」


「....陰りではないと。その憂いもまた、美しさの一端...と言う訳ですか。」


時には怒り、恨んだ事もあっただろう。だがそれでも、愛してしまった。たった一人との出会いが、継ぎ接ぐように彼女の在り方を変えてしまった。


それこそが、運命と呼ぶに相応しい出会い。正しく、出会うべくして出会ったもの。弱々しい枯れかけの幼木と、これまた幼い少年との邂逅。


 愛している。それでも、殺す。矛盾を孕んだそれは、酷く歪なもので。それこそ、接ぎ木の為された桜の如き不調和。


 だがその不調和を、不自然を。美しいと思ってしまうのが人間だ。悩み、憂い、曇り。それらを踏破し、継ぎ接ぎの少女は進む。ただ一人の、少年を愛したが故に。

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