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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・京編
221/235

梅と鬻ぐ

 

 春水、ヤス、それからかぐやの三人は京慣れしているヤスのおすすめのお店にて夕食を取ることにした。


 三人が入ったのはそれなりに高級な寿司料亭。ヤスの紹介の元、それぞれ出てきた料理をつまみながら会話を続けていく。


「妹が行方不明...か。そりゃァ....しんどいよな。」


「まあ...しんどくないって言ったら嘘になるけどね。でも、まだ死んだって決まったわけじゃない。だから、こうやって倭国のあちこちを飛び回ってるんだし。」


 お茶を啜りながら、春水はそう言ってのける。ヤスはその春水の見せる横顔に、とてつもない強さを感じずにはいられなかった。


 そんな風に微妙になりかけた空気を、かぐやが切り替えるために新しい話題へと会話を転換する。


 他愛のない話から、思い出話。それから飛んで今までの旅の話が終わった後、最後にこれからの話へと移行した。


「結局、今の京ってどんな状況なの?南部が酷いのは分かったけど、それ以外は結構普通に見えるけど。」


 ヤスは春水の問いかけに、言葉を考えているような形で少しの沈黙を挟む。一瞬の沈黙が終わって、それからようやく言葉がまとまったのか、ヤスは口を開いて説明を始める。


「まず、第一にだ。京の洛外の南部に、敵戦力の親玉が鎮座してる。一回の調査しか出来てねェから、術式も何も分かんねェんだが...。とにかく、人間の死体を山ほど集めてたな。」


「人間の死体....?ってことは、鬼系統のもののけってこと?」


「それが違うんだな。南部の奥深く、もののけたちの軍勢を超えた先にあるのは、一本のどデケェ桜。その下で、一歩も動こうとしない親玉。オレが思うに、アイツは桜のもののけだ。」


「桜のもののけ...ですか....?」


 別に、有り得ない話じゃない。もののけの形や種族は多種多様。動物の形であったり、昆虫の形であったりすることだってある。


 春水は直近の例として、『なまはげ』を思い浮かべた。菌糸で構成された体に、恐らく茸か何かのもののけだったであろう相手。


 そう考え、春水は脳内で敵の親玉を桜のもののけだと仮定。情報をきちんと飲み込んだ上で、次の情報をヤスから受け取る。


「あとはその下っ端だな。敵軍勢の九割九分九厘が雑兵。取るに足らない雑魚ばっかだ。だが、そん中の一厘。三体ぐらいまずい相手がいる。」


 蜂のもののけ、坊主頭の悪霊。加えて、桜のもののけにピッタリとくっついている側仕えのもののけ。


 前者と後者については、ヤスも何となく情報を入手することが出来ていた。しかし、問題となっているのは最後者。


 全くの無情報。たった一度の調査とは言え、術式の手がかりはおろか、敵がなんのもののけかさえも掴むことができていない。


 敵戦力についての大まかな情報収集を終え、時刻も中々にいい時間まで進んでいる。三人は食事を済ませて店を退出し、ひとまず今晩を過ごす宿を探そうと試みた。


 昼の京とは打って変わって、夜の京はその名に恥じぬ豪華絢爛さを覗かせている。昼よりも人通りは多く、明るさもほとんど昼と相違ない。


 煌びやかな和服を身につけた女の人たちが、行列を成して街の通りを過ぎていく。そんな艶やかな群れたちを一目見るためか、そこら中の家の玄関から男たちがわらわらと外へ出る。


 ただし、一歩一歩と女の人たちの行列は進んでいく事に数を減らしている。その原因は、街を形成している家のどこかに女の人が吸い込まれていっているから。


 具体的に表現するなら、この行列は商品カタログのようなものなのだろう。高い下駄は逃げ出さぬように、連なる行進は奴隷のように。


 街の人々に気に入られた花魁は、その日一晩春を鬻ぐ。古典的なデリバリーヘルス。そんな光景を必死に飾り立て、京の街はさも美しい風物詩かのように、断頭台へと向かう者たちへ聖者の行進と名をつける。


 その全員に、チラリと見える花の文様。艶やかで瑞々しい肢体の奥に、一輪添えられたかのような紅い花。


 春水は呆気に取られてこの光景を、ただぼーっと眺めていた。その一方で、ヤスとかぐやは意味を理解しているのか少し不愉快そうに目を背ける。


 行列が過ぎ去った後、辺りは明るさなんて忘れた夜へと逆戻りした。月明かりだけは相も変わらず、空から地面を優しく濡らす。


「...行きましょうか、春水。宿...探さないといけませんし。」


 かぐやは俯いた様子で、春水の手をキュッと握った。春水はそんなかぐやの手を強く握り返し、あえてずんずんと先に進んでいく。


 先に進み続ける二人の背中を、ヤスはしばらくの間見つめていた。その背中に映るのは、いつだってあと少し届かない自分の姿。


 術式が無い。技能も無い。練度さえ無い。圧倒的に、実力が足りない。屋敷にいた時でも、羽後で実戦に出た時でも、一度だってヤスが春水に勝ったことは無かった。


 ふと、ヤスは思う。自分が春水だったならと。生まれながらの術式があって、与えられたものだって溢れるほど持っている。そんな、最強の自分。


 もし、そうだったなら。自分は春水のように出来ただろうか。もっと明確に言うなら、春水が屋敷を出ていった時。


(オレに力があれば....オレがかぐやを助けに行けたか.........?)


 無い、無い、無い。そんな足りないものだらけの自分に、一番足りないもの。それは、実力なんかでは無く。


 ただ、一歩踏み出す勇気に他ならない。強かろうが、弱かろうがそんなの関係無くて。必要なのは、たったのそれだけ。


(もし、シュンがオレだったなら....。迷わず行くんだろうな。)


「ん?ヤス〜!なんか落とした?」


「...何でもねェ、ちょっと食い過ぎただけだ!」


 少し後方で遅れていたヤスを心配して、春水がくるっと振り向いて声を掛ける。不意の声掛けにヤスは一瞬対応が遅れたが、何とか自然に取り繕って小走りで歩幅を元に戻した。


(根性無し....か。どの口でオレは貞光に言ってたんだろうなァ.....帰ったら謝りに行くか。)


 夜のひっそりと静まった京を、ゆっくり三人は歩く。夜もそれなりに深けていたため、宿を探すのにも時間がかかったが何とか宿を取ることにも成功。


 春水とヤスは明日また会おうという事で約束を取り付け、今夜は一度解散することにした。別れの挨拶を交わし、宿に入っていく春水とかぐや。


 そんな二人を見送り、ヤスもまた洛中へと踵を返した。帰路の途中、何度も何度も過去の光景を反芻しては、自分が嫌になって石ころを蹴り飛ばしたくなる。


(オレがあの日、シュンに託したのはオレが弱かったからじゃない。オレが...意気地無しだったからだ。)


 弱いことは何の言い訳にもならない。生まれながらの才能も、恵まれた環境も。ヤスなら折れる所を、春水は歩き続けてきた。ただ、それだけの話。


 強い奴は強い奴と戦い続け、更にその実力をメキメキと伸ばしていく。そんな中、ヤスはどうすることも出来ずに燻っていた。


「オレは......弱ェなァ...............!」


溢れそうになる涙をグッと堪えて、ヤスは上を向いた。圧倒的な才能の差。慢心のない春水には到底届くことの無い、追い越せない壁。


それでも、諦めきれなかったものがある。こんなみっともない自分を、本気で相棒と信じてくれる相手がまだいるのだから。


振り返る度、嫌になる過去とはもう決別するのだと、ヤスは涙を拭う。みっともなくていい、根性無しでいい。ただ、折れるな。そう自分に言い聞かせ、ヤスは再び歩き始めた。

・藤原保昌


フィジカル:B-

術式:F-

スピード:C+

体力:B-

サポート:E+

防御:C+

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