再会
春水とかぐやは早速、京へと足を踏み入れて辺りを散策する。初めての京だからか辿々しい足取りを見せる春水に向かって、かぐやは説明口調で京のあれこれを語り始めた。
「京...と一口に言っても、場所が洛中か洛外かで扱いが大きく変わってくるんです。知ってました?」
「全く知らなかった...。そもそも、洛中?洛外?って何?」
「それはですね、大雑把に言っちゃえば貴族が住む所とそうじゃない所です。私たちが今いるのは洛外。だから規制も緩いし、一般の町人が沢山住んでるんですよ。」
道行く途中、そんな風に春水はかぐやから京のあれこれを聞いていた。春水は聞いた情報を頭の中でゆっくり噛み砕きながらも、今いる洛外の様子をぼんやりと眺める。
越後のように、活気が全く無い感じとはまた違う。流石は倭国一の大都市。身分の低い者たちが住まう洛外と言えど、今まで訪れた街とは比べ物にならない豪華絢爛さを持ち合わせている。
しかし、その裏にはどこか胡乱な空気感も漂っていて。飾り立てられているものが嘘くさい、虚飾であると言うような印象を春水は受けた。
そんな印象を持ったまま、二人は往来を行き来して何となく街の雰囲気を掴む。そうしている内に、春水は街ゆく人々にある共通点を見出す。
「ねぇ、なんか刺青彫ってる人多くない?それも、全部同じ系統のやつ。...流行りなのかな。」
小さな女の子から始まり、壮年の屈強な武士まで。それぞれ系統の違う様々な街ゆく人たちには、ちらほらと肌に花の刺青が見えた。
真っ赤な梅の花のような刺青。足であったり、手であったり、はてまた顔であったり。体のどこかしらには、梅の花の文様が刻まれている。
春水はそれに、何だか不思議な違和感を覚えた。だが、その違和感を言語化するには至らず、春水は何でもないと言って目を逸らす。
二人は凡その京が孕む空気感を把握し、残す訪れていない所は、あと洛中と南方の洛外だけになっていた。
現状、特に差し迫った危機は全く無い。流石は京と言った所だろうか。倭国大乱が起きているとしても、それなりに治安は維持されている。
これならそこまで気を張る必要は無いかと二人が南方へ足を踏み入れた刹那、ガラッと京の雰囲気が変わる。
「死守だ!!死守しろ!!!貴族や武士たちは俺らの事なんか守っちゃくれねぇ!!俺らがやるしかねぇんだよ!!!!」
鍬や斧、それにただの棍棒などで武装した町人たちが、南方より迫るもののけの軍勢に向かって攻勢を仕掛けていた。
紛うことなき、戦争。死体の山を足蹴に、敵を屠り合う殺し合いがそこでは繰り広げられている。
春水はそれを見て、瞬時にかぐやの目元をサッと覆う。それは特に考えた末の行動、という訳では無く。
全くの、単純な反射行動だった。一体一の殺し合いとも、シンプルな虐殺とも全く風体の異なった戦争。
首が飛び、血飛沫が跳ねる。抉り取られた内蔵がバラバラと宙を駆け巡り、砂まみれになって誰かの足元に踏み潰された。
もののけ側も、人間側も、そのどちらも表情は怨みに満ち溢れている。春水は息を呑んで、たった今眼前に広がっている光景を脳内に焼きつけた。
「....私は、大丈夫です。だから、二人で抱えましょう?春水、これから...どうします?」
かぐやはゆっくりと春水に手に自身の指を掛け、閉ざされた視界を自ら広げていく。そうして、二人は初めて見る戦争を共有する。
どちらか一方が死滅しない限り、終わることの無い地獄。現状の戦線は拮抗状態。春水たちが手を貸せば、手を貸した方に軍配が上がるだろうと思えるような絶妙なバランス。
どちらかに手を貸さねば、死傷者は無闇に増え続ける。最早、一刻の猶予も無い。春水はうんうんと頭を唸らせて、それから覚悟を決めたように刀を抜いた。
「.......倭国大乱を収めることが優先だ。」
今までのように、一方的な殺戮であればこうも悩まなかっただろう。かつての春水の旅路、今までの大乱の敵たちは、明確な悪意があったものたちばかりだった。
少なくとも、相手を悪だと認識できるぐらいの判断材料はあったはずだ。では、現状はどうなのか。
街を守りたい人々と、歴史的に迫害されてきたもののけたち。互いに互いの主張があり、そこには一定の正当性まで見受けられる。
見境のない暴走でも無ければ、たった一人に愛されたいなんてエゴでも無いし、誰かに自分を見て欲しいとか言うふざけた理由でも無い。
春水は静かに、心を殺して戦場を駆ける。屋敷で培った五年間が、無慈悲に合理的に敵を屍へ変貌させていく。
春水とかぐやが加わったことで、戦況は一気に人間側へ傾いた。最前線へと進み、敵をサクサク殺していく春水と、最後方から春水の撃ち漏らしを一人一人潰していくかぐや。
敵戦力が半分程度になった辺りで、敵軍勢は撤退を選択。春水たちはそれを深追いすること無く、ただ静かに戦場を離脱した。
戦場から離れ、少し遠くまで距離を取った二人は、微かに聞こえる勝どきから耳を塞ぐように、互いの唇を重ね合う。
まるで目でも逸らすみたいに、唇の感触に全神経を集中させながら視線を交錯させ、二人は相手を強く抱き締めた。
「もののけにも...沢山違いがある。意思疎通出来るやつ、そうじゃないやつ。術式のあるやつ、ないやつ。良いやつ、悪いやつ。その全部が違うし....家族のみんなとは関係ないって、分かってる。なのに....割り切れない.......。」
さっきの場面は確実に、殺さなきゃいけない場面だった。春水もそれを分かってて、相手を撤退させるために半分の敵を殺した。
だが、その選択が最良のものだったのか。春水は終わった後で思い悩む。戦いの前の思考は、一分一秒が致命打になりかねない。
だから、先に動いて後で考える。そうしなければ、手遅れになってしまうから。でも、思考を後回しにすればこうなる。
全ては終わった事。今更考えても仕方の無い事を、春水はずっとぐるぐる脳みそで周回させ続けた。
ただ、それが足を止める理由になってはいけない。故に、春水は貪るかの如くかぐやを求める。
思考を上書きし、足を止めてはならないと必死で自分へと警告をするために。そうして長い長い抱擁と濃密な口付けを終え、春水はようやく心を落ち着かせられたようだった。
「...ありがと、かぐや。落ち着けた。」
「こちらこそ、春水のおかげで気分のお口直しが出来ました。」
時刻はもうすぐ日暮れ。二人は慌ただしい南方から離れ、まだ治安が落ち着いている北方の洛外へと移動。
泊まれる宿を探しつつ、夜になってやや活気が出てきた街をフラフラと進んで行った。すると、春水は思わぬ方向から声を掛けられる。
「あーッ!!探したぞシュン!!さっき南の戦地に居たろ!オレと入れ違いになったんだよ!!オレが戦地に行ったら急に戦いが終わったって聞いて、すぐにピンと来たぜェ!」
「ヤス!!羽後以来だけど...なんか背伸びた?」
急な相棒との再会に、心を踊らせる春水とヤス。そんな二人を見て、何だか懐かしいような気持ちになりながら、優しく微笑むかぐや。
昔馴染みの三人が揃い、春水たちはせっかくだしご飯でも行こうかという話の流れへと持ち込む。
それにほか二人は賛同。ヤスがおすすめの店を紹介するといった形で、春水とかぐやはヤスの後ろに続く。
「ふふっ。懐かしいですね。覚えてますか?昔、三人で屋敷を抜け出して夜に外を出回った事があったでしょう?」
「あ〜。あったあった!貞光にめっちゃ怒られたやつな!」
「そう言えばヤス。あの時の罰の屋敷掃除、半分以上僕に押し付けたよね???」




