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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
幼年編
22/235

大縄迷宮(九)

え〜....。作中の都合上ですね、猪鹿蝶の点数を三点ほど上げたくてですね....。あのぉ....。はい。はい....。....はい。申し訳ございません....。

挿絵(By みてみん)


「は〜い!花札のやり方わかる人挙手!」


「ちょっと分からんかも...茶釜がやってたような...?」


「花札?なにそれ???よくわかんない!」


 僕たち三人とも、花札について知っている者は誰一人としていなかった。鬼熊は口を大きく開けて、唖然としている。そんな鬼熊の肩に手を添え、京極が優しく別の提案を申し出る。


「シャコ・マーン三世さまから聞いたことがあるのですが、ポーカーというものが外国ではあるのだそうで。そのやり方を流用してみては?」


 それを聞いた鬼熊は不服そうに鼻をならし、ぶつぶつと呟きながら花札をシャッフルし始めた。


「これだから最近の若いやつは...。これも時代かね...。クソッ、ジジィと同じこと言っちまった!まだそんな歳食ったつもりはねぇんだが...。」


 僕たち三人は通された個室に座り、京極からポーカーとやらの説明を受ける。簡単に言えば、お互いが手札を五枚引き、その五枚の中に指定されているグループの札があれば得点を得られる。札のグループごとに得点には上下があり、高い得点のグループを揃えた方が勝ちという遊戯だ。


 指定されているグループというのは全部で九つ。五光、四光、雨四光、三光、猪鹿蝶、赤短、青短、たね、最後にたん。これら九つが上から順に高得点となっており、それに比例して揃える難易度も高く設定されている。


 それに加えて、自分の手札が望ましいものでなければ山札から一枚自分の手札を捨てることで、新たな札を入手することが出来る。


 そうして勝負する際、自分の手札が相手よりも弱いと判断したならば、二度まで勝負を降りることが出来る。勝負を降りたあとは再び手順を最初からやり直し、また勝負をする。三度目に勝負を降りると、自動的に敗北が決定する。


「まあガタガタ抜かしちゃァいるが、結局こいつァ運否天賦の大博打。さぁ坊主、賽はもう投げられてんだ。誰が最初に挑んでくる?」


 鬼熊はカードを配り終え、あとはこちらの誰が勝負するかを決めるだけとなった。僕が先陣を切ろうとするも間に優晏が割って入り、最終的に先鋒は優晏になった。


「嬢ちゃんが最初か、どれ俺の手札はっと...。こりゃァ参ったな、とんでもねェ引きをしちまったもんだ。」


 けたけたと笑い、心底この遊戯を楽しんでいるように鬼熊が笑った。一方、優晏は難しい顔をしている。優晏の手札はなんとまさかのたね。一番点数の低い形だ。


 優晏の顔から汗のように滝が流れる。それを察してか、鬼熊はいっそう口角を上へ傾ける。


 優晏は勝負を降りることを選択し、二度目の手札がお互いに運ばれる。今度は少し運勢が上がったのか、優晏の手札は青短だった。五点分の札を手にしたことで気が大きくなったのか、優晏はここで勝負。


「刑部さま、グラスが空のようでしたので追加のものをお持ちしました。今度のは加賀の方で大変有名なお酒です。」


 そう言って京極がお酒を運んできた。これまた無色透明なものだったが、唯一異なる点はふわっと華の香りがしたことだ。その香りのおかげで、穏やかな秋の風が辺りを通り抜ける感覚が生まれる。


 刑部がお酒を貰っている中、鬼熊が優晏の勝負を自信満々に受ける。


「悪いな嬢ちゃん。俺の手札は四光。ツイてなかったな。」


 勝利宣言がなされた瞬間、優晏の体が一気に縮んで小さなぬいぐるみと化した。そのぬいぐるみは飛んだり跳ねたりしながら、僕の膝にちょこんと座り込む。


「ん〜!ん!ん!ん〜ん!」


 優晏(ぬいぐるみ)は懸命に何かを訴えるように叫ぶが、口が糸出できているため喋ることができないようだった。つんつんと優晏(ぬいぐるみ)をつついてみると、ふにふにの感触が指に伝わった。


 思わず撫で回したくなる質感に、つい頬が緩む。とうとう僕は我慢ができなくなった。優晏(ぬいぐるみ)を抱き抱えてよしよしと撫でる。普段の優晏はクールで落ち着いた印象の外観をしているが、ぬいぐるみ化された優晏からは可愛らしさが全面に押し出されていた。


 いや、そんなことをしている場合じゃない。僕は優晏(ぬいぐるみ)を抱えながら、刀を抜き鬼熊へと向けた。


「今すぐ優晏を元に戻せ。」


 のそっと席から立ち上がった鬼熊は僕が向ける刀を指でつまみ、軽く力を入れただけで刀を粉砕した。僕の顔が驚愕一色に彩られていることに気もとめず、鬼熊は再び席に着いた。


「坊主、問いの答えがまだだったな。いいから座れや。」


 低く唸るような声だったが、その中に威圧の類いのものは含まれていなかった。ただ、有無を言わせぬ純粋な力がその声には込められていた。


 空気が重くなる。体の中から蛆がわんさか湧き出すような恐怖の前触れを感じ、身の毛がよだつ。


「運だよ。この世は全て運なのさ。こんな強ェ力を持った俺でさえ、たった一回の博打で全てを失った!金!地位!女!全てが泡になったのさ!次はお前の番だぜェ!ほら引けよ!最高の博打をしようじゃねえか!」


 恐ろしい。初めてそう感じた相手だった。圧倒的な力を見せつけられたからなどではなく、その狂気的な眼差しが、原始的な恐怖を呼び起こさせたのだ。


 この男は博打に取り憑かれている。最悪の破滅を知ってなお、賭け事の世界に身を投じる狂気を孕んでいる。正気じゃない。そう思わせる凄みが、鬼熊にはあった。


 恐る恐るカードを捲る。僕の手札は雨四光で、そこそこ悪くないものだった。しかし、鬼熊はまた大きな笑みを浮かべる。そして畳み掛けるように、鬼熊は言葉を続けた。


「第一層から坊主のことは見てきたぜェ?第二層でもよくやってたよなァ?未来が分かるんだろ?スゲェよなァ?!」


 読まれている。僕の術式から戦い方まで、全てを熟知されている。僕は呼吸が荒くなり、手がカタカタと震え始めた。命を削る殺し合いでさえ起こりえなかった、恐怖が心を染め始める。


「春水さま、落ち着いてください。こちら、米焼酎をみりんで割った薄いお酒です。緊張をほぐすのには丁度いいかと。」


 京極が僕を気遣って、お酒を持ってきてくれた。紳士の優しさに心から感謝をしつつ、グラスに手をかける。まだ幼い身の上なのでお酒は飲んだことが無かったのだが、とりあえず喉が渇いて仕方なかったので喉へと流し込む。


 ほっと息が自然に漏れ出し、体がぽかぽかと暖かく熱を帯び始めた。そんな安心できたのもつかの間、鬼熊は攻撃の手を緩めることは無い。


「落ち着いたかァ?じゃあ最後にいいこと教えてやるよ。お前の手札、雨四光だろ?」


 心臓に杭を突き刺されたような気持ちになった。心の最後の砦が粉々に破壊され、僕の脳内は恐怖で埋め尽くされてしまった。


 恐怖のせいで勝負ができず、二度も勝負を降りた後にたねを引いてしまい、結局僕は敗北してしまった。残るは刑部だけになり、僕たち二人(ふたつ)のぬいぐるみを刑部が優しくつまむ。


「あらあらぁ。随分とイカサマがお上手なんやねぇ。運だなんだと言っておいて、やってることがみみっちぃなぁ。」


 刑部は余裕そうに僕の残したお酒を一気に飲み干し、鬼熊に向かってそう言い放った。その目には、まるで恐怖など感じていないような光が宿っていた。


「東の豊穣、四番『感情桃李陽傾(かんじょうどおりひがし)』」


 パチンと刑部の指が音を鳴らすと、辺りに甘ったるい雰囲気が流れた。僕は最初に刑部を見た時のような感覚に脳を奪われ、全身が熱くなる。脳みその中身がどろどろと溶けだし、優しくかき混ぜられているような甘美さが僕を包み込む。


「ご主人様の反応を見るに、やっぱりそうやったんかぁ。狡いなぁ、運だ何だって言っておいて術式で勝負を有利に進めとるなんて。」


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