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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・京編
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三日会わざれば刮目して見よ


 京のある一室。灯火だけが明かりを放っている空間に、大鎌を持った壮年の男と少年が向かい合っていた。


「クソが....!テメェ!!もういっぺん言ってみろ貞光!!」


 胸ぐらを掴み、凄まじい剣幕でヤスが貞光へと睨みを効かせる。そんなヤスに対して、貞光は表情を変えないまま淡々と眼前の少年へ対応。


 冷たくも事務的に事実だけを放ち、義憤の怒りに燃えるヤスへと更に油を注ぐ。彼とて、ヤスを怒らせたくてこうしている訳では無い。


 ただ単純に、仕事だからと割り切っているだけ。それがどれだけ酷い業務だろうと、与えられた役割である以上は全うしなければならないのだから。


「何度も言いますが保昌くん。今のところ、京での死傷者はゼロです。私たちはこのまま、できるだけ死傷者を出さないよう...。」


 貞光が言葉をそのまま続けようとした所で、ヤスが貞光の横頬を思いっきりぶん殴る。そんな拳を貞光はあえて、避けることなくそのままノーガードの頬で受けた。


「貴族以外は人じゃねえって言いてェのか!京の中心部以外に住んでるヤツら...オレたちが守れなかった町人たちが.....一体何人いると思ってやがる!!!」


 貞光とヤス、この両名がお上から下された命令は極めて単純。それは、京に巣食う悪しきもののけを討伐する事ではなく、貴族に被害が出ないようにする事だった。


 より具体的に、悪辣に表現するなら、彼らは一般民衆を使い捨てにした時間稼ぎを命じられたのだ。


 彼ら二人が全力を持ってもののけ討伐に赴けば、早急に被害を収めることが出来るかもしれない。


 だが、それをすれば京の警備が手薄になることは確実。貴族たちは当然、自らの身に危機が迫ることを危惧し、二人に命令を下した。


『一般民衆はどれだけ使い潰しても良いから、とにかくもののけ共に貴族たちの住む中心部まで攻め入らせるな。』なんて命令を。


「っ....。保昌くん。私たちは人ではありません。武士と言う...鎖に繋がれた刀です。命を惜しまず、命令には従い、無心に屠る。それが、私たちに与えられた役割じゃないですか。」


 貞光の目の下には、何日も寝ていないのだろうと分かるほど、深いクマが刻まれている。それに加えて、全てを諦め心を殺し切ったような胡乱の瞳。


 ヤスはそれを見て、もう一度振り上げた拳を振り下ろすこと無く、だらりと腕から力を抜いた。


「なんでだよッ....!貞光は強ェだろうが!オレだって強ェ!オレたちが力を合わせりゃよ...根本を叩くことだって出来んだろうが....!それなのに.....!動いちゃいけねェってのかよ....。」


 貞光は無言のまま、ヤスの問いかけに対して肯定する。そんな飼い慣らされた大人を見て、ヤスは吐き捨てるように言葉を投げ捨て、勢い良く部屋を飛び出す。


「クソ....!この根性無しがッ!」


 大きな足音が部屋から遠ざかり、薄暗い部屋には貞光ただ一人が残される。彼は異様に静まったこの空間に、何度も何度も町人たちの悲鳴を投射しては消してを繰り返していた。


 彼は命令通り町人たちを見捨て、貴族が死なないように全力を尽くした。文字通り、命は惜しまず、それこそ無心に屠り続けた。


 だからと言って、ずっと無心で居られるかと問われればそれは否。一人静かな空間に取り残されてしまえば、やっぱりどうしても思い出してしまう。


 悲鳴と、絶望と、飛び散る鮮血の匂い。どうして助けてくれないのか。そんな表情たちが、無数に貞光の心に張り付いて離れない。


「保昌くんは...出来れば、ずっとそのままで居てください。真っ直ぐで、擦れた心なんか持たないまま....。」


 静寂に押しつぶされてしまわないよう、貞光はボソリと言葉を呟く。それが難しい事だと分かっていても、願わずには居られなかった一言。


 現場の地獄と上司の命令に板挟みになりながら、荒んでしまった心にスっと溶け込む清涼剤みたいな拳。


 若さと幼さ故の、煌めく理想へ向かおうとする一途さ。その全てが、貞光の錆び付いた足を動かす原動力となる。


(最近はもう...油っこい食べ物とか入んないですからね.....。若い子たちが沢山食べてる所を見てるだけで満足...。みたいなもんなんでしょうか。)


 ストレスで悲鳴を上げ続ける自らの胃を労わるように、貞光は自身の腹をさすさすと撫でた。そうして、彼は自分の中で思い浮かべる若者コンビの片割れへと思いを馳せた。


「春水くんも....まあ、来るんでしょうね。.....若者に見せたくないものばっかが詰まってるなぁ、ここは。」


 ジンジンとまだ痛む頬の感触を確かめながら、グッと弱気になっていた足腰に力を入れて立ち上がる。


「さてと、汚れ仕事も前向きな目的があれば幾分楽ですね。未来ある若者が、こんな所で折れてしまわないように...。泥を被って行きますか...!」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 かぐやとの添い寝に加え、刑部からの治癒術によりひとまず自力で歩けるぐらいには回復した春水は、戦いの翌朝に五人で季武の元を訪れていた。


 ワープ要因のハスミを除いて、春水に同行したのは織と花丸とかぐや。屋敷に縁のあるメンバーでの挨拶という事で、ハスミには一旦集合場所にて待機しておいて貰っている。


「季武さんに会うなんて久しぶりで.....なんだかちょっと、緊張しちゃいますね。」


「右に同じく、私も少し緊張しています。なんと言うか......我が王、季武様にお変わりはありませんでしたか?」


「ん〜...あんまり無かったらと思うよ?てか、何でそんなに緊張してんのさ〜。」


「しゅんすいの言う通り、二人とも緊張しすぎ!もうっ!仕方ないので、お姉ちゃんが手を繋いであげます!」


 織は花丸とかぐやの間に割って入り、二人の手を強引に取って三人で一列に繋がる。そんな風に元気いっぱいな織に背中を押されたのか、二人は少し緊張が和らいだ様子で街中を歩いていく。


 街は相変わらず、ピリピリと張り詰めた空気が充満したままだ。失ったものは何一つだって戻らないし、焼かれた村々を元に戻すのだって尋常じゃない力が居る。


 けど少なくともこれ以上、もう破壊が行われることは無い。春水たちはそれを知っているからか、どこか前向きな気持ちで街を進んでいく。


「...春水と、織ちゃんに花丸ちゃん。それからかぐや様まで...。久々に会えて嬉しいよ...みんな。」


「様だなんて...!そんな、よしてくださいよ季武さん!もう、あの頃の私じゃないんです。良ければ、春水と同じくかぐやと呼んでください。」


 城下付近までたどり着いたところで、春水一行はバッタリと季武に遭遇。軽めの挨拶を交わして、すぐに越後を発つ旨の話をした。


 季武はその話を聞いて、僅かに寂しそうな笑みを浮かべた。けれど引き止めることはせず、彼女は四人全員を優しく抱擁する。


「...春水だけじゃない。織ちゃんも、花丸ちゃんも...かぐやさ...。かぐやだって特に、顔つきが変わった。ほんと、子供の成長って早いなぁ....。」


 四人を腕の中に抱いた季武の表情は、春水たちからは見ることが出来ない。でも、しみじみと語るような口調だけははっきりと聞こえる。


 その声色から、春水たちは季武の表情が容易に読み取れてしまった。屋敷の大人組の中で、いつも子供たちを気にかけてくれていたのは、なんだかんだ言って季武だったから。


 口数は少ないし、稽古を付けてくれることもあんまり無かった。それでも尚、色濃く残っている屋敷での五年間。


 織はニッと笑い、花丸は喜びを噛み締め、かぐやは照れる。そうして春水は、やっぱり泣きそうな顔をグッと涙が零れないよう持ち上げ、痩せ我慢を続けていた。


「....頑張っておいでね、みんな。」


「「「「はいっ!!!!」」」」


 抱擁を解いた季武が、ヒラヒラと手を振って全員の出立を見送る。それから最後にアドバイスとして、これから京に向かうであろう春水たちに助言を一言。


「.....あと一応、京の中心部は結界が貼られてるから...もののけが入ったらバレるよ。」


「「「「えっ。」」」」

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