ほかの何より、私を見て(五)
怖くなった。初めてできた、心の底から大切だと思える友達。それを、失ってしまうことが。始まりさえ打算塗れだったし、本当の自分なんてバレたらきっと、軽蔑されてしまう。
だから、彼女は自ら壊した。いつか壊れてしまうなら、いっそ自分の手で壊してしまえと。どうしようもなく、不器用な自己防衛。
彼女は自らの手で友情を壊したと同時に、自分の心まで壊した。そんな事実に気付かされてしまった時、少女は果たして平気で居られるのだろうか。
走馬灯のように、沢山の楽しい記憶たちが溢れてくる。気づいていなかっただけ、理解しようとしていなかっただけの、本当に綺麗な情景。
「やめろ.....!やめてよ......!そんな目で.....あの子と同じ目で....私を見ないで......。」
外の世界へとようやく出てきたセーラー少女は、春水の目の前でぺたりと座り込む。そんな彼女を見て、春水はすらりと刀を抜いた。
「正直、僕の仲間たちは誰も死んでないし、あんたを憎いって思う気持ちも結局はそこまで強いものじゃない。だけど、あんたは殺しすぎた。もう、後戻りは出来ないんだよ。」
小野のように、中途半端であればあるいは、見逃してもらえるという選択もあったのかもしれない。
だが、彼女は舵を振り切った。殺した数はもはや、数千じゃ下らない。春水は恨みによる殺意ではなく、淡々と沸き上がる作業のように少女へ向かう。
防御もない。力も出す気力がない。少女はここに来て、春水を怖いと思った。事務的に向けられた殺意に、自身が屠殺される前の豚にでもなったかのような錯覚を覚える。
「ひっ....!嫌っ...!嫌っ...です...!....そうだ!生きて...生きて償わなきゃ....!死んだらそこで終わりじゃない...ですかっ....!今まで殺してきた以上の....人を救わなきゃっ....!」
「よう回る口やねぇ。そんな御託が通用すると思てん?おめでたい頭やわぁ。うち、嘘見抜くのは得意でな?死にたくないだけなのが見え見えなんよ。」
焼け落ちた死体の山たち。その光景に最も見覚えがあり、それでいて最も心を痛めていたのは刑部だった。
昔の故郷。人間に襲撃され、沢山の同胞たちが焼死体となっていく惨劇。それらを、色濃く思い出させるから。
「...何でもっ....しますっ...!私の体つき!どうですか....!靴だって何だって舐めます....!だから、どうか....命だけはっ....!」
「殺す。」
抜かれた刀を振り上げ、春水はそれを今持てる力で振り下ろす。しかし、その剣筋は空を切り、ついぞセーラー少女に当たることは無かった。
「「なっ?!」」
春水と刑部が驚きの声を上げた時には、もう既に視界にセーラー少女はいない。彼女は春水が刀を振る瞬間、思いっきり地面を無様な前転で転がり、春水たちの隙間を通り抜けたのだ。
方や限界ギリギリまでボロボロの春水、方や無傷のセーラー少女。ただの一瞬とはいえ、彼女は春水を出し抜く。
そうして二人の包囲を抜けた少女は、ただ全力で遠くへ走る。後ろからそれを追随するのは刑部と、その奥には疲労でやや遅れた春水と織。
(追いつかれたら殺される.....!走らなきゃ...!!走らなきゃ......!!!!)
刑部との距離を少しづつ詰められながらも、少女はまさに必死で駆ける。三人に捕まってしまわないように、決して殺されないように。
だが、この場にいたのは三人でも、少女と戦っていたのは三人では無い。少女は走っている最中、自身の目の前に人影があるのに気づいた。
「....君は、これ以上先には進めない。」
遠くから戦況を眺め整理し、フォローが必要な場面では確実に援護を務め、そうして最後の最後で包囲をきっちり閉める。
目立たない活躍。されど、季武もまた百戦錬磨の豪傑のうちの一人。たとえ少女が春水たちを振り切ったとしても、季武の追跡からは逃れられないだろう。
「.....『射法八節・足踏み』。」
ドンっと季武が地面を踏み締め、僅かながらに地面を揺らす。その僅かなズレは、全力で走っている者にとっては致命的に大きなズレとなる。
少女は足をもつれさせ、季武の前に跪くように倒れ込む。そんな少女を見下ろしながら、季武は冷徹な眼で小刀を抜いた。
「嫌だ....死にたくない.....死にたくないの...........!」
「....君が殺してきた人たちも、そうだったと思うよ。」
スっと、季武は自然な動作で少女の首元に刃を通らせる。すると首から真っ赤な華が散り、少女はそれを抑えようと全力で自分の首の傷を押し込む。
「....春水に、これ以上抱えさせる訳にはいかないんだよ。だから大人として....私が責任を持って、君を殺す。」
出血を止めようと奮闘して寝転がっている少女の心臓に向かって、季武はもう一度小刀を振るい突き刺す。
どうにもならないダメージが少女の体へと刻まれ、彼女はゆっくりと体へ入れる力が自然に抜けていくようだった。
「ぁ.....。ご..........め....な..さ...............い。」
今際の際、少女は謝罪を呟く。今まで殺してきた人たちへ向けてなのか、それとも友達だった相手に向けてなのか。
季武はその言葉を、脳みその深い部分で飲み込む。彼女とて、汚れ仕事の経験はいくつかある。だが数を重ねたところで、人殺しになんか慣れるはずがない。
けれど季武は心の底から、ほっと安堵の溜息を漏らす。春水に、こんな重荷を背負わせなくて良かったと、そう呟きながら。
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「ほら佳奈、こっちこっち!早く行こうよ!」
「待ってよ美穂〜。はしゃぎすぎだってば〜。」
遊園地。私たちは片手にクレープを持ったまま、小さな子供みたいにはしゃぎ回ってアトラクションを巡る。
写真を撮るとか、二人でお化け屋敷に入るとか。そういう普通が、今までに無かった二人だったから。
美穂は学校の時と同じで、私服も地味だ。顔もオーラも性格も、全部が地味で等身大。そういう部分が、今思えばきっと好きだった。
ジェットコースターに乗って、今まで出したことないぐらいの大声を出した。コーヒーカップに乗って、クレープ吐きそうになるぐらい回った。
沢山の着ぐるみたちは、小さな子供に風船を渡している。私たちはそれを貰う勇気なんて無いまま、ただ空が赤くなるのを待つ。
夕暮れ時。まだ日も落ちていないのに、メリーゴーランドのライトアップが始まった。夕焼けと白熱電球に照らされて、ブリキ調の馬たちはゆっくりと回り出す。
私はそれを見て、足が竦んでしまった。一人で寂しかった昔の記憶。それが、どうしても頭の中から離れてくれない。
そんな私を見かねたのか、美穂がベンチに接着された私を引っ張り上げる。手を取って、一緒に行こうって笑いながらグイグイ引っ張る。
普段は地味でいじめられっ子な癖に、こういう時だけは何だか頼もしい。見下しているのか、尊敬しているのか分からないような気持ちで、私は美穂と手を繋ぎながら一緒にメリーゴーランドを眺めていた。
メリーゴーランドの中心。寂れた鉄柵の中には、オルゴールを奏でる小さな人形の女の子が居る。
「ずっと...閉じ込められてるみたいだね、あの子。」
私は思わず、そう呟いてしまった。そんな私の言葉を聞き逃すこと無く、美穂はメリーゴーランドを眺めたまま答える。
「あ、見てあの馬の上。一個だけ、人形が乗ってる馬がある。オルゴールの子。一人ぼっちって訳じゃ無さそうで、良かったね。」
ああ、そうか。本当に見てなかったのは、やっぱり私の方だったんだ。もう、あの子に会えることなんてきっと無い。
だけど、それでも。願わずには居られなかった。本当にやりたかったこと、本当に私が言いたかったこと。
いつかやって来る離別が恐ろしくて、ならいっそと自分から手放した。本当に馬鹿で、人を見ていないのは自分だったのに。見られていたいと、愛されたいと思ってしまった。
最後に、たった一言呟く。届くはずのない、親友だったあの子へ。血と共に吐き出す、切ない五文字を。
・幽遠地
異世界から引き込まれた少女、佳奈が狐の呪いを受けて変貌した姿。
呪いの発動条件は願いの成就。自分を見て欲しいと思う感情の昂り。それが最大限まで叶った時、彼女本来の術式が顔を出す。
佳奈が持つ術式は二つ。前者は『天照』後者は『幽遠千歌』。
前者は擬似的な太陽を操作する術式。こちらは天津甕星のように、狐が後付けで佳奈に授けたもの。狐が所有している神のエッセンス、もとい自然エネルギーの凝縮されたエーテルは、まだもう一つある。
後者は異世界からやってきた人間が、現世界に波長を合わせるためにチューニングされた結果、副産物として得た自身本来の術式。
春水の『魔纏狼』や、小野の『天触』などがこれにあたる。
因みに、『幽遠千歌』の効果のうちの一つであるブリキ馬だが、全十体のうち一体は再生能力を持たない。
その代わり、その一体のうちの内部には小さな女の子の人形が入っている。その人形はメリーゴーランド中心の檻の鍵を所有しており、それを使用することで破壊不可の檻を開けることが出来る。
ただし、術者の精神状況によっては鍵が無くても扉は開く。このやり方は相当ハードルが高いので、通常であればブリキ馬から鍵を探すのがベターな攻略法。




