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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・越後編
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ほかの何より、私を見て(四)

 

 決して壊れることの無い、硬く冷たい鉄の檻。その檻の外側に、二人の寂しがり屋が肩を寄せ合って立っていた。


 そうしてこの瞬間、春水に掛けられていた『病蜘』の効果が霧散。一時的に流れ込んだ記憶の一切合切を忘却し、現状の光景だけを見て大体の事情を察する。


「追い詰めたけど....あと一歩ってところかな。ごめん刑部、多分...迷惑かけたね。」


「...ええんよ。一人で出来へん分はみんなで支える。その為に、うちらが居るんやから。」


『病蜘』による突発的な超強化。それは言わば、暴走状態と言っても差し支えない。現状では到底振るうことの出来ない力を使うということ。


 それが意味するところは、それに見合った反動が帰ってくる事実。元々ボロボロだった体を無理して動かしていた春水は、もはや立っているのがやっとなレベルで消耗している。


 もうお互いに、出せる手は出し尽くした。しかしあと一歩、春水たちの手は届かない。セーラー少女はその現実にニヤリと口角を上げ、檻の中から二人を挑発した。


「結局、こっちに手出し出来ないんだったら意味ないじゃん〜!残念〜!私がちょ〜っと休憩して回復したら、また襲いに行くから♡覚悟しててね♡」


「クソっ....!火力が足りないってのかよ....!!」


 春水はセーラー少女を睨みつけ、それでも諦めずに頭を回す。そしてそれと同時に刑部からの治癒を受け、何とか自力で立てる程度には回復。


 怒りと焦りで散らばった脳みそを一旦落ち着かせ、深く深呼吸で整える。隣の肩には刑部の体温が触れ、そのことが更に心を落ち着かせた。


(まずは観察しろ。癖、動き、挙動。何でもいい。直接突破口に繋がらなくても...何か取っ掛りになれば....!)


 春水はセーラー少女を観察する。食い入るように彼女を見つめ、そこでやっと気づく。ほんの些細な視線のズレ。セーラー少女の視線が僅かに、自身の後方を見ようとした。


 しかし、その視線を少女は意図的に矯正。まるで悟られてはいけないものが後方にあるかのように、それを隠すためセーラー少女は意識的に視線をねじ曲げる。


 そのわざとらしさに、春水は違和感を覚えた。そうしてその違和感を確かめるため、春水はぐるっとメリーゴーランドを半周。


 丁度セーラー少女の背後辺りに周り、そこに扉を見つけた。無論、その扉も施錠されていて開かないし壊せそうにないのだが、それでも喉から手が出るほど欲しかった取っ掛りは見つかった。


「そりゃ、檻だもんな....!扉くらいあったっておかしくない...!!」


「は?だから?これが壊せないのも開かないのも変わらないんですけど?何調子乗ってんの?」


「顔、真っ赤やなぁ?焦っとるん?さっきまではあんなに嬉しそうやったのに、えらい態度変わったもんやわぁ。」


 形勢逆転までとは行かないまでも、精神的優位に立てたのは春水たちの方。余裕の生まれたメンタルと思考で酸素を取り込み、畳み掛けるように春水は考えることを止めない。


(扉もあって施錠もされてる。開けたいなら当然、鍵がいるはずだ。...逆に言えば、鍵さえ見つければこっちの勝ち。)


 扉が破壊不可なのは既に知っている。であるならば、壊すのではなく開ければいい。冷静になってみれば、攻略法などシンプルなもの。


 正攻法で、春水はセーラー少女を攻略する事を決めた。ただし、その鍵の在処はまだ一向に掴めていない。


「急にムカつくなぁ...!!私の事殺したいって目だったじゃん!なのになんで、急にそんなコロコロ変わるんだよ!ほっんとムカつく.....!」


  織の壊錠が解けてからというもの、春水の目は小野のレンタル映画館を使用した後と同様に、可哀想なものを見る目へと変化していた。


 その事がセーラー少女の逆鱗に触れ、酷く神経を逆撫でする。春水はそんな彼女と、対話することを選んだ。


 大切な人はまだ、誰も殺されていない。多くの人が殺された怒りはあれど、それはきっと春水の源泉から湧き出た思いではなくて。


 だからこそ、感情を荒々しく騒ぎ立てさせずに、春水はセーラー少女にきちんと向き合う。だって彼女もまた、自分たちと同じく寂しがり屋だったから。


「なぁ、あんたは何がしたかったんだ。友達も捨てて、人だって沢山殺して。何一つ、いい事なんて無かっただろ。」


 檻にそっと手を掛け、春水は冷たい牢獄の中へと目線をやる。水面に石が沈むように、深く落ちていく視線はセーラー少女の瞳に入り込み、彼女の心を再び踏み荒らす。


「うっさいんだよ....!!私は私が見てもらえればそれ以上何も要らない!!!!見て!見て!見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ!!!!人生の終わりまで!!私で瞳を埋めろ!!もっと、もっともっと!!ほかの何より私を見ろよ!!!!」


「目線ばっかこっちに向けても!!誰も私の事なんて見てなかった!!!見なかったくせに!!!目の前にいる私をちゃんと見ろ!!!!他の誰かの代わりじゃない!!私は...私は私だ!!!!!!!」


 その慟哭を、春水は既に見ている。映画館の中で、何度も何度も繰り返される絶望。化粧をして取り繕って、人に合わせて心を潰して。


 それでも、彼女自身が見られることは無かった。見られているのはいつも、取り繕われて綺麗に整えている何か。自分を通して思い出されている、何か。


 都合のいいスクリーンとして使われすぎた彼女は、いつの日か壊れてしまった。そうして、一つの結論に至る。


 除け者、爪弾き者、空気、誰にも見られない凡骨。そんな脇役が唯一、注目される方法。それこそが、暴力だった。


 意見を聞いて貰えない。誰にも注目して貰えない。だったら、暴力を使えばいい。プラスのことで見て貰えないなら、マイナスの事で注目されればいい。


 憎しみで、暴力で、恨みで、絶望で、人の心に爪を立てる。そうすれば、人は自分を傷つけてくる相手を無視できない。嫌でも、注目してしまう。


「あんなに頑張っても!!!どれだけ努力しても見てくれなかったじゃん!!!!だったら!!!だったらこうするしか無かった!!!それの何が悪い!!!何が悪い!!!!!」


 ガシャンと音を立てて、セーラー少女は檻の内側から鉄柵を掴んで春水を睨む。鼻息は荒く、大粒の涙はボタボタ零れる。


 春水は、そんな彼女を見ても尚視線を変えない。だって、ずっと彼女は哀れなままで、それでいて可哀想だから。


「ただ、あんたは愛されたかっただけなんだ。愛されたくて愛されたくて、どうしようもなかったんだと思う。でも、愛してくれた人だって居たでしょ。自分で、切り捨てただけで。」


「知ったふうな口を...!私はただ......っ!私はっ....!!!」


(愛され.......たかった..........?)


 少女はハッと一瞬、動きを止めて鉄柵を握る力を弱めた。それからだらりと腕をぶら下げさせ、そのまま俯く。


「怖かったんだろ。初めて自分を見てくれる友達が出来て、それがいつか居なくなってしまうかも知れないのが。だから、自分の手で壊した。そうすれば、言い訳できるもんな。自分に。」


「黙れ。」


「記憶の中でも、キラキラしてた場面はあそこだけだったよ。本当に、心の底から楽しそうだった。」


「黙れって....言ってるんだけど.....!!!」


「黙らない。あんたは、愛されたがりの寂しがり屋で、それからひねくれ者だ。欲しかったものも自分で捨てて、それで被害者ぶってる。いい加減、言い訳するのもやめろよ。」


「うるさいうるさいうるさい!!!!うるさい!!!!もういい!!!もう黙っててよ!!!」


「愛されてただろ!!見られてただろ!!打算で始まったものだとしても!!あの子だけは...あんた本人をちゃんと見てただろ!!!見てなかったのは....あんたの方だ!!!!!」


 閉じられていた、硬く冷たい扉。その錠を、ガチャリと鍵が開く。少女自身でさえ、気づかないようにしていたその一言。


 紛れも無く、少女の心をこじ開けた鍵。それは誰より見られたがっていた自分が、自分を見てくれる人を見つけ、それを失いたくないが為にその人から目を背けた弱さ。


 突き付けられた弱さこそが、鉄柵の扉を開ける。中から出てきたのは、剥き出しの少女。誰にも愛されていないって、嘘を自分にもつき続けた、哀れで馬鹿な女の子だった。

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