ほかの何より、私を見て(一)
パシャっと、一時的に借り受けていた映画館が崩壊。それと同時にセーラー少女の血界も消滅し、辺りに沢山群がっていた着ぐるみ集団も泡へと帰した。
残ったのは真ん中に少女を添えた、誰も乗っていないメリーゴーランド。そして回遊するブリキ馬の頭上、中心の監獄の真上に、以前は居なかった怪物が現れる。
その怪物とは、これまたブリキにより形作られている、上半身だけしかないおどけたピエロ。どこか見るものの恐怖感を煽るそれは、ケタケタと楽しそうに笑みを浮かべながら少女の為に力を振るった。
「キャハ!キャハ!キャハ!ぐーるぐるぐる、『コーヒーカップ』!」
突如、春水たちの足元にコーヒーカップが出現。春水と織を同じコーヒーカップに乗せつつ、その頭上に皿で蓋を閉じる。
それからコーヒーカップはゆっくりと、だが着実に速度を上げて回転。ただこのまま閉じ込められていては、刃が無いだけのミキサーに入り続けているようなもの。
「織、今の僕じゃまだ本調子じゃない...だから...。」
「大丈夫、分かってるから!ほらっ合わせるよ、しゅんすい!」
少しの休息が取れたとはいえ、まだまだ調子を上げきれていない春水。そんな春水の下がったパワーをカバーするように、春水の攻撃に合わせて織も攻撃を乗せる。
春水が蹴りにてヒビを入れたコーヒーカップに、織が斬撃を叩き込み完全に破壊。そうして二人が外に出た瞬間、その隙を狙って凄まじい速度の物体が走り向かっていた。
「キャハハ!キャハッ!はやいはやーい!『ジェットコースター』!」
巨大な弾丸にも似たそれらは、二人の脱出の出を狙って放たれる。途中で行き先が無くなっているレールを抜け、ジェットコースターは脱線。鋭い鉄の大質量が、二人の不意を突く。
「っ....!これっ...より...っ!!!小野の方がまだ...速かったっ....!!」
春水はその手を織までグイッと伸ばし、胸の内まで彼女を抱き抱えてから翼を展開。急速に空を駆けジェットコースターの強襲を回避しつつ、ニタニタ笑いのピエロへ向かった。
「しゅ...!しゅんすい?!....あり...がと。助かった.....。」
急に抱き抱えられるとは思ってもいなかったのか、織はほんの少し顔を赤らめながら、ブンブンと頭を振って火照りかけた脳みそを冷ます。
一瞬途切れそうになった集中を再び建て直し、織は冷静に現状を把握。何が使えて、何を使うべきでないのか、それを深く考える。
(手負いのしゅんすいと、戦闘向きって訳じゃないわたし。このままやって、勝てるとは思えない....。使えるのは....奥の手と、それから天津甕星....。)
後者は論外と、織は苦虫を噛み潰したような表情で決定する。だが仮に、それしか使う道が無くなった場合、最悪使わざるを得ないと覚悟も決めておく。
そんな一方で、春水もまた勝利のための筋道を組み立てていた。春水は飛行高度を落とし、織が着陸出来そうな高度になってから織を地面へと下ろす。
(これ以上戦闘を長引かせたくない...。一足飛びで本体を叩ければ、それであとは全部終わる。そのために...織が本体を叩くまでの時間、僕があの怪物を抑えればいい.....!)
「織っ!本体お願い!こっちは任せて!」
「......分かった!」
春水は空を舞いピエロへ、織は地を駆けメリーゴーランドへ。二人がそれぞれ別の役割を持ち、己の使命を果たすため刃を握る。
織を手放し、ようやく手隙になったため春水は腰に差していた刀を再度抜く。その光る銀に、頭がすっと冴えたような感覚を覚え、春水はいつもより盤面が見えているような気がした。
体力もそこまで残ってる訳じゃない。大きな動きの立ち回りや、派手な攻撃など以ての外。では、一体どうすればいいのか。
答えは単純。最低限の動きで、最小限の運びで、敵を切り刻む。刀を用いてそれを行う術を、春水は屋敷の五年間で嫌という程叩き込まれている。
脳みそを駆け巡る、五年間の汗臭い青春。刀一本、術式も魔術も使えなくなった状況で、春水は逆に死中に活を見出した。
「キャハハッ!!!キャハ!!びっくりびっくり!『お化け屋敷』!」
春水の眼前に展開される、おぞましい数の悪霊たちの群れ。その悪霊たちには体のあちこちに、火傷の跡が点在している。
「今まで殺してきた相手ってことか.....!どこまで.....どこまで腐ってるんだ.....!!」
悪霊たちの顔はどれも、苦悶と絶望に満ちていた。赤子を抱えた母親、顔が焼かれぐちゃぐちゃになっている老人、体の半分が灰になっている子供。
それぞれが皆、一様に同じことを物語っている。殺してくれと、早くこの苦しみから解放してくれと。
死して尚囚われ続ける魑魅魍魎たちへ、春水は救済の刃をするりと走らせていく。最小限の動きで、最大限の効果を引き出す挙動。
流れる水の如く滑らかに。透き通る風の如く足早に。周囲を埋め尽くすほど溢れ返った悪霊たちは、一瞬にしてその姿を消した。
ガッチリと練り上げられた基礎基本。隙のない長年の鍛錬が生み出した、格下に遅れを取る事など有り得ない圧倒的な余裕。
春水は呼吸が巡るのと同じくらい自然な流れにて、敵の攻撃を捌き切る。それから悪趣味な相手への怒りを発露するように、ピエロへと向かって刀を突き刺した。
それから思いのほか簡単に突き刺さった刀を抜いて、春水は再度連撃を叩き込もうと刀を構える。
しかし、そう息巻いた途端、ピエロは穴を開けられた風船のように一気に萎む。その後、しなしなになった腕で空気入れを取り出して、ピエロは自身に挿入。
春水の攻撃など一切気にしていないかのように空気を入れ続け、攻撃を受ける前と何ら変わっていないような姿で復活した。
(結局っ....破壊できないタイプかよ....!でも、最悪こっちが破壊できなくてもいい。織の方...本体が叩ければ....。)
春水はそう思いながら、ピエロとの戦いを撃破ではなく耐久に方針を切り替える。多少の息切れを感じ、流れる汗の伝う感覚を確かめて、彼は信じるみたいに織の方をチラリと確認。
上空で春水がピエロとの戦闘を繰り広げている間、地上では織がメリーゴーランドのブリキ馬を掻い潜ろうと必死で走り回っていた。
織がメリーゴーランドの本体であるセーラー少女に近づこうとした途端、錆び付きながらも動作していた回遊が静止し、ブリキの馬がまるで生き物かのように動き始める。
ピピピと不敵な音を鳴らしつつ、ブリキの馬は織へと一斉に向かう。そうして一足先に織へと接近した馬が、けたたましくピピピピピと機械音を大きく早く上げた。
刹那、ブリキ馬は爆発。その肉体を鋭い鉄片として辺りに撒き散らし、織の命を自分の命ごと狙いにやってきたのだ。
「...!『天衣無法・吊るし雲』!!」
爆発の寸前、織は反射で時間停止を発動。ギリギリで爆発のダメージを逃れ、全力で被弾しない範囲まで走る。
ただそれでも、爆発を完全に防げた訳では無く一部の破片が織を襲った。まだ爆発していない馬は残り九頭。
織はその九頭を睨み、何とか本体へたどり着くため自身の体力を正確に把握する。そしてポタリと、流れる一粒の汗が織の顎から地面へと流れた。
(奥の手を残すとするなら...術式は使えてあと一、二回。その二回で.....何とかしてみせる....!)
連戦に次ぐ連戦に次ぐ、更なる連戦。織だけでなく春水も同様に、太陽を撃破しただけでも相当の疲労が溜まっている。
満身創痍。体力も限界に近い、何とか薄皮一枚繋いでいる現状。一つのミスで全てが崩れてもおかしくない盤面で、織は深く呼吸を行う。
「誰もまだ...死んでないの....!だから....ここで....終わらせる.....!!」




