恋のキューピッド
刃を何度も何度も縦横無尽に空へ往復させ、刻々と距離を詰めてくる太陽に無数の傷を付ける。
至近距離から放たれる熱波は正に地獄そのもので、春水は全身が焼け焦げてしまったかのような錯覚を覚えた。
それでも、春水はその手を止めるつもりは無い。右薙ぎからの切り返し。そこから唐竹割りに繋げて、さらに下からの切り上げ。
身体強化として『借煌』と、スピード上昇の風を纏った彼の連撃は疾風迅雷。目にも止まらぬ速攻が、太陽の体を着実に削った。
「がぁっ....!!うおおおおおっっっっっ!!!!!!」
解き放たれる凄まじい連撃に、腕が悲鳴を上げる。疲労骨折寸前まで追い込まれた彼の両腕は、大きく叫ばれる悲鳴など無視して動きを続ける。
だが、惜しくも春水の斬撃はその輝き全てを霧散させるには到底至らない。そして彼の全身が太陽に呑み込まれ、耐え切れるはずもない熱に押しつぶされる。
その直前で、織が春水の背中にピッタリくっついて術式を発動。世界の時間を五秒だけ静止させ、彼に一刻の猶予を与えた。
「しゅんすい、もう限界だよ....。腕がボロボロ。ここはやっぱり一旦、退....。」
「退かない!!!!!!ここで退いたら、こいつはまた殺しを続ける!!!!!!だから、退けない.....!!!!!!」
太陽の全てを焼き尽くす焔。その赫灼が、ついぞ自分たちに向かないとは限らない。春水はそう判断し、ここで決着をつけたいと願った。
時間停止の世界に太陽まで引き込んでしまわないよう、春水は一歩引いてひび割れた鋸に風を纏わせる。
そうして春水は虚空に向かい、風を纏わせた鋸を振るうことで斬撃を飛ばす。直接触れること無く、相手を斬れる風圧。
かまいたちのようなそれらは鋸から放たれた途端、静止世界から放り出されその動きを止める。
それから五秒間、春水は連撃を休むことなく繰り出し続けた。そうして、世界は再び動き出す。
溜め込まれていた五秒分のかまいたち。それらの群れが一気に太陽へと襲い掛かる。太陽はその刃を全て受止め、尚輝きを誇っていた。
その事実に、顔を真っ青にして絶望に浸される織。ただ、それとは対称的に春水はまだ諦めていない様子だった。
その理由は、自身の背中に居る小さな体温によるもの。守らねばならぬ、決して殺させてはならぬ。
決意でも、覚悟でも、信念でもあり。そして何より、家族へ向けた愛だった。春水は自身の背後から向けられる心配そうな視線を察知し、無理やりニッと口角を上げて笑う。
「誰も....誰も死なせない。もちろん、僕だって死ぬ気はない.....!だから...見てて、織。」
春水は引いた分の一歩を力強く踏み締める。自分から太陽へと突っ込んでいく自殺行為の先には、大きく振りかぶられた肩があった。
全身全霊。既に満身創痍の腕を砕いてもいい覚悟で撃ち抜かれた、渾身の投擲。春水は鋸を太陽のコアへ向けて全力投球し、一か八かの大勝負に出る。
そうして射出された獲物を、春水は風を一方向に吹き荒れさせることで力強く押す。暴風は鋸の追い風となって、その刀身を犠牲にしながら太陽の中心部へと進んで行った。
限界を超え、折れかけた腕で灼熱の中、風を操る。想像だに出来ない苦しみを抱えながら、春水はそれでも諦めずに両の足で立ち続ける。
(ここまで来れば....あとは気合いの勝負.....っ!!負けるなっ....腕、折れるなっ.....!!!)
「くふふ...!まだ死んじゃダメだよ?もっと、これからまだまだ私を見てもらわなきゃ困るんだからっ!」
セーラー少女は心底夢中になって、自身が繰り出した太陽を抑え続ける春水へキラキラとした目線を向けた。
だがやはり、圧倒的な存在感を放つ太陽の前に、ひびの入った鋸では耐久度が足りていない。
腕でも無く、心でも無く。皮肉にも、最初に折れたのは春水の方では無く、彼の持つ獲物の方だった。
太陽の中心部付近で、バキッと鉄が割れたような音が響く。春水は、その音で自身の敗北を悟った。
(........まずい。武器が折れてちゃ....もうどうしようも............。)
「がんばれっ!!!!!がんばれっ!!!!がんばれ!!!!!!!しゅんすい!!!!!!」
情けなさからか、自身の不甲斐なさからか。大粒の涙をボロボロと零して、織が声を張り上げる。
彼女は確かに、様々な地獄を見て強くなった。強くならなきゃいけなかったから。幾度も幾度も屍を超え、心が冷え切ったものだと。そう織自身でさえ思っていた。
けれど、こうして突きつけられた現実は何度繰り返しても地獄そのもので。出来ることなんて精々、こうして目の前の春水を応援することぐらい。
弱すぎる。何の力の足しにもならない、鳴き声と咽び声。織にとってこれらはそうでも、春水にとっては随分違ったらしい。
「.....!!!!頑っっっっっ張る!!!!!!!」
(武器が折れても....僕だけは折れるな!!!脳を回せ、腕を上げろ!!!まだ、誰も死んじゃいないだろ!!!!!!)
限界はとうに越えた。出力だけの力押しでは、あの太陽には一歩及ばない。ならばと、春水は風の出力を抑えて、コントロールに重点を置く。
散らばった鋸の破片、まだ消滅には至っていない鉄の輝き。それらの一片を春水は風で掬い上げ、針に糸を通すような精密性で太陽のコアへと向かわせる。
一ミリ足りとてズレれば終了。集中を切らせば即死の状況で、限界を超え意識も絶え絶えの春水は目を見開く。
(通れ....通れっ......通れっ.....!!通れっ!!!!!!)
その時、チカッと鉄の破片が炎に煌めいた気がした。そうして、太陽は初めからその場に居なかったとでも言いたげな風に弾け、その姿を霧散させる。
絶死の疲労、集中の極地。その二つを先刻の一瞬で経験した春水は、腕をだらんと力無くぶら下げてその場に倒れ込む。
「しゅんすい....!!!しゅんすい!!!すごいよ!!!ほんとうに....ほんとうにすごい.....!!」
感極まった織が、地面に倒れ込んだ春水の頭をギュッと抱き締める。春水はそれにほんの少し表情を和らげつつも、これが終わりでない事に戦慄した。
「本当に凄かった!まさかあの太陽を壊しちゃうなんてさ〜!!!私今、すっごいドキドキしてるもん!」
春水は無理やり体を起こし、腕をぶら下げたままセーラー少女を睨む。噛み付くようなその視線に、セーラー少女は再び恍惚として蕩けた表情を見せた。
「ほんっっっとに!今までこんなに私を見てくれた人っていないの!だから...私ね、私ねっ!あなたのことが......好きになっちゃった!あ〜告白なんて初めてで恥ずかし〜!二発目、いってみよっか!」
少女は照れ隠しと言わんばかりに、もう一度太陽を生成する。先程と全く同じ大きさの、絶望を与える二撃目。
その瞳には最早、春水のことしか映っていない。彼の全身を捉え、自身を見てくれるその眼を愛おしそうに凝視した。
その隙を、熟練の射手は見逃さない。完成された正確なる一射は、迷いなくセーラー少女の心臓をドスッと射抜いた。
完全な奇襲。自身の肉体を炎にするのも間に合わず、少女は自身の心臓に突き立てられた矢を驚きながら刮目する。
矢の反動で少女は地面にドサッと倒れ、それと同時に生み出された太陽も霧散。呆気なさすぎるほどに、勝負は終わりを迎えた。
「......終わった.....のか?」




