墓に供えたかすみ草
春水たちはセーラー少女に真っ向から向き合い、相手の注力が出来るだけ季武に向かないように立ち回ろうと試みる。
しかし、セーラー少女にとって春水たちは何の脅威にさえなり得ない。故に彼女は注力をすり減らされることなく、遠方からの不意打ちを警戒できるという訳だ。
(クソっ....!近接に寄れてもまた炎になられたらダメージが入らない....!考えろ...考えろっ....!!)
迫り来る太陽がいつ爆発させられるのかとヒヤヒヤしながら、春水たちは相手の攻撃を避けて頭を回す。
春水たちの勝利への道筋。その大まかなゴールにあるのは、季武による不意打ち射撃によるもの。
では、そのゴールに至るために必要な手順は何か。第一に、相手に春水たちが警戒に値すると思わせること。
そして第二に、季武の存在を思考の外に放り出されるレベルで、セーラー少女を目の前の春水たちに集中させること。
春水はこの前提条件である第一の手順さえ、満たしていない。最低限死なない程度の動きが出来るだけの、囮としてはあまりに未熟な存在。
そんな彼の背中に、小さな掌がポンと優しく乗せられる。織は回避の合間、春水の方向へと移動し彼の後方にピッタリと位置していた。
「織....?」
「しゅんすい、血界を使って。」
春水の血界は以前のセーラー少女との戦闘の際、為すすべもなく一瞬で破壊されてしまっている。
しかも、大技での破壊。みたいに善戦した結果では無く、ただの攻撃の余波で木っ端微塵にされたのだ。
だからこそ春水には、現時点で血界を使うことが最良の選択とは全く思えなかった。しかし、春水の耳に届く織の声には、何か確信めいた凄みがある。
「....よし。信じるよ、織っ!!【血界侵蝕】『遺風残香蛍明標』!!!」
どうせ相手に有効な手立ては現状皆無。ならば、せめて家族を信じてみようと春水は血界を発動した。
血界とは、己の世界を現世に転写したもの。術式が魂の作用による世界への干渉なのだとすれば、さしずめ血界は魂の発露。壊錠は魂の顕現と言ったところか。
そんな魂の発露である血界は、術者本人の世界を色濃く反映されるはずだ。優晏であれば銀世界、花丸であれば影の国。織であれば荒んだ墓標。
このように、それぞれの血界にはそれぞれの世界がある。では、春水はどうなのか。
何も無い。彼の魂の発露のはずの血界では、己の世界を象徴する物が何一つとして存在していない。
何者でもない、風。逆に表現するなら、何者にもなれる風。風神、百鬼夜行と踊る神としての性質が彩る彼の魂は透明。
風は、吹く場所によってその色を変える。春水が血界を発動した瞬間、同時に織も血界を発動。
二つの血界が混ざり合い、溶け合い、そして調和する。魂の共鳴、魂の共振、魂の協賛。世界は色彩を変え、春水の血界は一時的に変性した。
「「【血界侵蝕】『遺風叢蜘・散骨』。」」
見渡す限りの広がる墓標。その隙間を通り抜けた風が、墓石に供えられたかすみ草の群れをさらりと揺らす。
春水の肩が、じくじくと熱を帯び始める。古傷が痛むかの如きその熱を抱えながら、春水は並んだ墓標のうち一つの墓石の前で足を止めた。
そうして軽やかに笑みを浮かべて、春水はその墓石の前に刺さっている一本の柄を抜いた。墓前の土の前から現れた獲物は、ギザギザと鋭い光を放つ鋸。
「....使わせて貰うよ。【眠りに灰を】『死花』!!!!!」
織と春水の共鳴によって発動された血界。その能力は思い出の具現化。死者を叩き起すことなく、今まで倒してきた相手の武具を魅孕として生成する事が出来る。
そうして生み出された魅孕には、死者の術式が一部抽出された形で顕在化する。
忘れるなと、自分たちの軌跡を覚えていてくれと。そんな叫びにより、今も春水の掌に握られた鋸の能力は、相手の術式を一時的に奪い使用不可にするというもの。
つまり、相手が炎になろうが関係なく、そのまま生身の肉体へダメージを直接叩き込める。春水は迫り来る太陽なんか気にせず、ただ一直線にセーラー少女へと駆けた。
「え?向かってくるの〜?そんなノコギリで太陽が斬れるわけないじゃん?死んじゃうよ〜?」
「あんまり....シニカを舐めンなっ!!!!!」
春水の記憶にも強く残っている、迷宮での一戦。数多の術式を持っていた分、数多の人の想いを一人で背負い切った、偉大な少女。
そんな彼女もまた、春水に託して消えていった。その想いを、その剣筋を、春水は決して忘れない。
かつての彼女が見せたような動きで、春水は太陽を真っ二つに切り裂いた。二つに切り分けられた太陽は、そのまま力を失い霧散。
ギョッと驚くセーラー少女を前に、春水は勢いを落とすことなく向かい続ける。それから鋸の間合いまで踏み込んで、力を精一杯貯め武器を振るう。
「...っ!!!来ない...でよ!!!」
春水が攻撃を振るう直前、セーラー少女は自身の眼前に太陽を生成して瞬時に爆発させる。春水はそれをガードするため、鋸を攻撃では無く防御に回して、一旦距離を取った。
(術式の無効化...。咄嗟だったけど防御にも使えるのか....!よし、これなら....!)
爆発の影響で血界は音を立てて崩れ去る。だが、血界が崩壊して尚、武器はそのまま残っていた。
春水は鋸をクルクルと手元で回し、取り回しと手首の動かしやすさを確認してから再度構える。
そうして彼の目線の先には、先刻までとは全く表情の色が違うセーラー少女の姿。その顔は焦りと、それから恍惚とした何かが混じっていた。
「....死んじゃうかも。でも、でも!今、私こんなに見られてるっ!ほら、こんな風に矢だって飛んできたしっ!」
セーラー少女は自身の肉体を一瞬炎に変換して、飛んでくる矢をすり抜けた。自身が劣勢に立たされて、その逆境がかえって彼女の感覚を研ぎ澄ます。
「いいっ!すっごく気持ちがいいの!私ってここにいる!ここにいるんだ!!もっと!!もっともっともっともっと!!!私のことを見て!!!!!」
気分が高揚したのか、セーラー少女は自身の頭上に極大の太陽を生み出す。それは、かぐやを殺そうとした時のものと全く同一のもので。
春水は一瞬それを見て身震いした後、あの時の怒りを思い出す。家族を殺されそうになった怒り、奪われそうになった絶望。
それらをひっくるめてごちゃ混ぜにしてから、こちらへジリジリと迫る太陽に向けて春水はギラギラ太陽の光を反射する鋸を指し示す。
「来い......!もう二度と....あと一回だって、あんな事起こさせてたまるか....!僕が....!!!僕がみんなを守るんだ!!!!!!」
春水は翼にグッと力を込め、それから風も併用して太陽を睨む。準備は万端、太陽が自身へとぶつけられた刹那に、春水は連撃を叩き込む用意を終えた。
如何に『死花』が術式を無効化できるとは言っても、相手は自身の数百倍は巨躯を誇る炎の塊。
一撃や二撃じゃとても消しきれない。そこから導き出される答えは、自身の限界を踏破し全力で放つ百を越えた超連撃。息付く暇も、一瞬足りとて動きを止める暇もない、嵐のような斬撃の群れ。
(腕が折れても!!!体が焼けても!!!命が燃えても!!!!!この手を止めるつもりは無い!!!!!)
獄炎で水分が飛び、今にも瞬きしてしまいそうなまぶたを開き続け、春水は鋸の柄を強く握る。
その時、轟々と燃え盛る真っ赤な太陽が動いた。空を見上げる春水目掛けて、ただまっすぐ一直線に。




