大人の責任
作戦会議も終わり、春水一行は休憩を挟むために一時解散の流れとなった。各々が食事をしたり考え事に耽ったりしている中、一人空を眺める春水の元に、季武が足を運ぶ。
「....春水が来てから、あれだけ停滞してた状況がここまで進んだ。本当に...頼もしくなったね。」
季武は軽やかに春水の背中を叩き、そうしてその隣に立った。そうして季武は、自分よりほんの少し小さな背丈に、どれだけ大きな物が背負われているのだろうと、そう考える。
武士の子でも、ましてや特別な階級という訳でもない。ただ唐突に、力を与えられただけの子供。
その小さな手で、いくつの命を奪ってきたのだろう。何人の人を斬り殺してきたのだろう。今の世は平和じゃない。
そうしなければ生きられないし、強くなければ失うばかりだ。それでも、こんな小さな子供が強くなってしまったという悲しい事実に直面した時、季武は酷く悲しい気分になった。
そうして同時に、子供の力を借りなければどうすることも出来なかった自分が、情けなかった。
「.....春水はさ、苦しくない?」
「そう....ですね。苦しくないと言ったら、多分嘘になると思います。」
「...僕がこんな事言うの、どの面下げてって思われるかもしれないけどさ。春水はまだ、十四歳の子供なんだよ。本当はこんな事する責任なんて無いし、嫌だったら逃げたっていいんだ。....だから...。」
その後も言葉を繋げようとして、季武は黙りこくってしまった。自分の言い分がどれだけ無責任で、どれだけ厚顔無恥な事か気づいてしまったから。
小さな体は傷だらけで、幼い心は多くの荷物に既に押しつぶされてしまっている。家族を持ったと、そう朗らかに笑う春水の顔は、屋敷にいた頃よりもずっと立派なものになった。
(守るものが増えて...守らなきゃならないものが多くなって......。それでも、春水だって....まだ守られる側の子供のはずだろうに.....。)
「大丈夫です、季武さん。僕にはたくさんの家族がいて...仲間もいる。それに、季武さんもここにいますから!」
(....そうじゃない....。そうじゃないんだよ....!)
季武は歪む表情をローブで隠し、春水に心中を察されないよう気をつけながら言葉を吐き出す。
「...今じゃなくてもいい。いつか、世の中が平和になった時。きっと春水は、色々なことを考えなきゃいけなくなる。だから、そのうちの一つでも、僕が減らしておくよ。」
季武は決意した。越後を荒らす最悪の太陽、その相手は人間だ。これ以上の重責を、人殺しを春水に架させる訳には行かない。
どれだけ残忍な相手であっても、春水はきっと悩んでしまう。その悩みの種を一つでも取り除こうと、季武は弓をグッと握った。
「....そろそろ行こうか。織ちゃんたちも待ってる。」
「そうですね。不謹慎だけどなんだか、屋敷に居た頃に戻ったみたいで...ちょっと嬉しいです。」
季武はその言葉に少しだけ口角を上げ、春水の方を見ないまま彼の頭をくしゃくしゃと撫でる。
それから春水と季武は解散していた織とハスミに合流。少年から貰ったアクセサリーを頼りに、太陽のいる方向へと向かい始めた。
街を出て、焼け野原を進む。一歩一歩を踏みしめるごとに灰の匂いが強くなっていき、人骨や草木の燃えカスがあちこちに散らばっている。
そうして次第に光景が灰だったものから焼死体に、木々の燃えカスが現在燃えている木に変化し、相手との距離が近いのだろうという事が鮮明に理解出来た。
「...そろそろ戦闘準備。僕は奇襲で隙を狙うから、先に出てるよ。」
そう言うと季武は一人先行し、焼け野原だと言うのにあっという間に気配を消して、春水一行から離脱していく。
春水たちはそれからも前進を続け、敵とある程度近い距離になった地点でハスミに待機してもらう。
「私はここで、術式の準備して待ってればいいんすよね?」
「うん、お願い。ハスミがいれば、最悪負けても死ぬことは無くなると思うからさ。」
「も〜縁起でもないっすよ!そんなこと!ちゃんと敵ぶっ倒して、無事に帰ってきてくださいね!春水!織!」
ハスミは両の手をグーにして二人に突き出し、ニカッと笑った。春水と織はその突き出された腕にグータッチを返し、それからハスミに背を向けて先へと向かう。
パチパチと生木が燃える音を越えた先、もう面影すら無くなった数々の火に包まれた民家たち。
その真ん中で、高らかに笑うセーラー服の少女の姿を、春水は発見した。明らかに正気では無いその姿は、戦い慣れしているはずの春水の腕を震えさせる程に狂気の沙汰に満ちていて。
「あは!もっと見て!!私を!!!私を見て!!!!あは!あはははははははははははは!!!!!!!あなたたちの最後の景色はぜーんぶ私!!!私なの!!!!!それってすごく、素敵じゃない??????」
生きたまま人間を燃やしている。火傷でガクガクと痙攣し、一酸化炭素によって既に窒息死した死体たちを足蹴に、少女は純新無垢な笑顔を見せた。
そんな相手を見て震える春水の腕を、織がそっと手を伸ばして握る。その温かさに気づいたのか、春水は視線を下げて織の方を見た。
「大丈夫、怖くない。だって、お姉ちゃんがついてるんだから!ね、しゅんすい。大丈夫だよ。」
春水の手を握っていない方の織の腕も、春水同様に微かな震えを見せていた。春水はそれに気づき、何だか心の底から勇気が湧いて出る。
(こんな狂った相手、織だって怖いだろ。それでも、こうやって手を握ってくれてるんだ。だったら!僕がビビっててどうする!!!!)
「ありがとう、お姉ちゃん!もう...僕は戦える。」
「....!うん....!うん!!お姉ちゃんも!しゅんすいのために張り切っちゃう!!」
春水と織が構え、セーラー服の少女に向かって立ちはだかる。そうしてあちこちに散らばる炎の影には、隠れて弓を番える季武の姿。
「あ〜?あの時の逃げた人たち!!また会いに来てくれたの?嬉しいな〜!!嬉しいな〜!!」
手に持っていた焼死体を一気に灰へと帰し、手ぶらになった少女が春水たちの方へとギラりと光る眼光を差し向ける。
「好きに動いていいよ、しゅんすい。お姉ちゃんが合わせるから。」
「もちろん!その....つもりっ!!!」
一歩大地を深く踏みしめ、春水は凄まじいスピードで相手へと向かっていく。日輪はそんな影を焼き払うべく、一直線に飛び込んできた相手へと向けられた。
そんな初撃によって、戦いの火蓋が切られる。この場にいるのは五人。それぞれが想いを胸に、燃え続ける炎を睨む。
(....うちはいつ出ていけばいいんやろ。完全にタイミング見失ってしまったわぁ。)
織の懐の中、未だに狸の姿のまま隠れていた刑部の分体が、呆然とした表情のまま息を殺してその中に包まる。
もうどうしようも無くなった時のため、織は奥の手として刑部を懐の中に入れたままにしておいた。
そんな奥の手が使われなくていいようにと願う反面、この相手に勝つにはどうしても必要なのでは無いかと悩みに悩んだ一手。
織が持つ壊錠から繰り出される最大の奥義。刑部の協力無しには成り立ち得ない、例外中の例外。そんな隠し技を懐にしまい、織は春水と共に相手へと立ち向かう。
目指すは日輪、落とすは太陽。人焼き、野を焼く獄炎を、払い討つため焼け野に駈ける。風と子蜘蛛が地を這って、人の狂気を斬り捨てる。




