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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・越後編
204/235

優しい裏切り

 

「.....納得できない。説明して、春水。」


 春水たちが少年との戦いを終えた翌日、彼は越後の街まで出向くメンバーを急遽変更。春水、優晏、ハスミではなく、春水、織、ハスミへと人員を入れ替えた。


 それに対し、優晏は冷静に説明を求めた。当然、その内心は穏やかなものではないだろう。春水はそれをよく理解し、その上で論理立てて説明を開始。


「敵の能力は太陽レベルの熱放射だ。優晏は勿論、花丸も相性が悪いんだよ。だから....。」


「っ.....!そうね、その通りだわ。でも、だからって織を連れていくのはおかしいじゃない。」


 優晏は言いたいことをグッと奥歯で噛み潰し、何とか理知的に言葉を慎重に選ぶ。優晏の口の中には、嫉妬心と血が混ざったような鉄の味が広がった。


 優晏は春水の隣に立つ為だけに、ただひたすら強さを求めた。彼女の人生の中で、それだけが絶対の指針と言ってもいい程に。


 故に彼女は、強さにおいて猛烈に一家言あるのだ。だからこそ、優晏はどうしても納得が出来ずにいる。


 刑部のサポート性能は優秀。花丸の強さは認めた。かぐやにもポテンシャルはある。ハスミの術式は便利。


 未だ優晏にとって、実力が足りないと判断されている織と絹。あえて残酷な言い方にするならば、優晏の中でこの二人は足でまとい。


 そんな庇護すべき相手に、自分のポジションを取られたとあっては、優晏もやはり思うところはあるのだろう。


「優晏様....気持ちは分かります。ですが、今の織様は....私を追い詰めるほどの実力を持ち合わせているのです。」


 花丸が優晏の肩をぽんと叩き、慰めるように優しい視線を向ける。そうしてそれに加勢するかのように、刑部が織のフォローに入った。


「織ちゃんは色々、不思議な子やからねぇ。まさか、血界まで習得してるとは思わへんかったけど。」


 その他にも隠し事があるだろうと、そう言いたげな目を刑部は織に向けた。ただそんな視線は、織と刑部の二人にしか理解できないもの。


 嘘つきで隠し事の多い刑部には、織の些細な変化で何かと隠していることが分かってしまう。ただし、織はそんな目線に気丈に対応。


 何事も無かったかのように、織は優晏に声を掛ける。そんな心底申し訳無さそうにしている織の態度が、余計に優晏を惨めにさせた。


「ごめん、ゆうあ。一日だけ、今日だけでいいの。わたしの方がきっと...ゆうあより弱い。でも、今回は相性が....。」


「.....いい、ちゃんと分かってる。だからこれは、私のわがままよ。.......まだまだ未熟ね、私は。」


 そう言って優晏は天を仰ぎ、一人とぼとぼと実家の奥へ消えていった。春水はそんな寂しそうな背中を眺め、罪悪感に心を揺さぶられながらハスミにワープを頼む。


「いいんすか春水、優晏をあのまま放っておいて。」


「良くはないけど....でも、相性が悪いのに連れて行って、死んじゃったら取り返しがつかないんだよ。そうなるぐらいなら...多少落ち込ませちゃうのも仕方ない......ことのはず....。」


 深刻な表情のまま、春水一行は越後の街までワープ。そのまま城へと赴き、季武の所まで徒歩で移動する。


 そうして約束通り季武と合流し、軽めの挨拶を済ませてから早速、対セーラー服の少女の為の作戦を練り始めた。


「.....織ちゃんも久しぶりだね。ちょっと....大きくなった.....?」


「?!....う、うん!大きくなったよ!ちょっぴりだけど!」


 なんだか汗をかいてモジモジしている織に対し、春水はほんの少し訝しむ。それから作戦会議が少し進み、そろそろ中盤に差し掛かるかといったところで織が御手洗に行きたいと言い出す。


「ずっと我慢してたの....。先にお話は進めておいていいから....!」


 春水は織の不自然な態度に合点がいき、そんなになるまで我慢しなくて良かったのにと言葉を紡いで織を御手洗に行かせた。


 彼の言葉を聞いた途端、織は全速力で会議室を飛び出す。その着物の足元から、ぴょこっと狸のしっぽが出ていることに、誰も気が付かないまま。


「危なかったなぁ、織ちゃん。そんで、こっそり分体を連れ込んでまでうちに話したかったことって、なあに?」


 厠の奥、人通りが少なそうな場所にて、織と刑部が秘密の話をコソコソ繰り広げる。ニヤニヤと笑みを浮かべる刑部とは対照的に、織の表情は極めて真剣だ。


「いいよ、そんなに取り繕わないで。そっちの方が、逆にわたしからしたら不自然。」


「......ちょっと、話が見えて来ないなぁ。どういうことなん?織ちゃん。」


「おさかべのお姉ちゃん...だっき探しに協力する。だから、おさかべも協力して。」


 先程までは飄々と余裕を浮かべていた刑部の表情が、妲己という名前を聞いて一気に崩壊する。


 そして刑部は戸惑いながらも、深く深呼吸をして何とか平静を保ち、今度は織同様真剣な眼差しで視線を交えた。


「まず、その名前をどこで知ったの。あなたには知りえない名前でしょ、それ。」


「....言えない。言ったら、色々変わっちゃうかもだから。」


「胡散臭。でも、実際にお姉ちゃんの名前を知ってるわけだし。それで、織ちゃんは私に何をして欲しいの?」


 織は今にも吐き出してしまいそうな顔色で、弱々しく刑部の方から視線を外した。酷い裏切りをするように、残酷な嘘をつくように。織は刑部に懇願する。


「しゅんすいを...たくさん愛してあげて。嘘でもいい、演技でもいいから....。そうじゃないと、寂しがりなしゅんすいはいつか...壊れちゃう。」


 織のそんな言葉に、刑部は複雑な気持ちで自分の胸を見つめた。空っぽな穴がたった一つ空いた胸。その空虚を一時でも埋めた、彼の温い腕。


(春水のこと......私は.........。)


 生贄のはずだった。姉を呼び寄せるための道具で、もののけを救済するための道具で。でも、自分の寂しさを埋めてくれた温かさがあって。


 分からなくなった。この気持ちが演技なのか、嘘なのか。それとも、芽生え始めた本物なのか。


 嘘つきの彼女には、もはや自分のことさえも信じられなくなった。信じられるのは、昔の姉の面影ただ一つ。


「....分かった。それで、織ちゃんは私に何をしてくれるの?お姉ちゃんの居場所とか教えてくれたりする?」


 刑部は自身の厭いを誤魔化すように、僅かに軽薄な素振りを取って織へと言葉を投げかけた。期待半分、誤魔化し半分で発したそれは、刑部にとっていい意味で裏切られることとなる。


「居場所は多分だけど、伊予国(いよのくに)にいるはず。けど、今行っても結界のせいで伊予国(いよのくに)には立ち入れない。」


 それから刑部は、織の話を一言も漏らさずに聞いた。そうして出た最終結論が、結局春水の元に居るのが手っ取り早いという事。


「お姉ちゃんの尻尾を持ってるやつを全員殺さないと、結界の中には入れないって訳ね。まるで、迷宮に居た大縄みたいなやり方。」


 何にせよ姉の居場所と、これからすべきことは分かったと、刑部は嬉しそうに拳を握る。そうして織の方へと目線を下げ、握った拳を開いて堅い握手を交わした。


「お願いね、おさかべ。わたしじゃ...できないことだから。」


「....やる事は今までとあんま変わんないでしょ。そんな顔しなくたって、別に織ちゃんは春水を裏切った訳じゃないのにね。」


 織は今までで見た何よりも、酷い顔をしていた。仕方ないと心に言い訳を積み重ねていった分、さらに重くなる足取りを隠すことも出来ないまま、織は刑部を隠して春水たちの元へと戻る。


「ごめん....。ごめんね、しゅんすい。みんなが.....みんなが生きる世界のためなの.......。ごめん.....ごめんなさい.......。」

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