また逢う日まで
戦いからしばらくの時間が経って、春水たちと少年は互いに十分な休息を取り、体がまともに動くようになってからしんみりと別れを交わした。
「行くあてとかあるの?無いならさ、僕たちと一緒に来ない?」
「いいや。行くあては無くても、行かなきゃならないとこがある。俺は俺で、答えを見つける旅を続けるよ。」
春水の提案を、少年は少し名残惜しそうに断る。ただその表情には爽やかな清涼感が混じり、何か憑き物が落ちたような笑顔を少年は浮かべた。
そうして少年は何かを思いついたように一層ニヤッと口角を上げ、彼の思う漢の別れの儀式を済ます。
「一発。一発だ。喝、入れてくれや。」
そう言って、彼は自分の右頬に人差し指をクイクイ当てて拳をせがむ。それは何より、通過儀礼のようなもので。
春水はそれを見て、心の底から笑った。馬鹿らしくて、それでいてスッキリしていて、気持ちのいい漢だと。
「なら、僕の方にも頼むよ。これから先、挫けないようにさ。」
そんな春水の言葉を聞いて、少年はやっぱり笑った。まさか、自分と同じような大馬鹿がいるなんて、夢にも思わなかったから。
漢二人が笑顔の渦に包まれる中、その他のメンバーはポカンと理解できないものを見た時と同じ風に呆けていた。
無理もない。こんなもの、傍から見れば馬鹿げた行為以外の何物でもないからだ。だがそれでも、そんな馬鹿げたものが彼らにとっては大事なことで。
春水は拳を握り、何の術式も技術も使わず思いっきり少年右頬をぶん殴る。そうしてそれを受けた少年は、その返礼として春水の左頬に同じく拳を向かわせた。
「....っぐ!やっぱ強ぇわ、お前。」
「そっちこそ、いい拳だった。」
少年はフフっと空を見上げ、背面から屋根上に倒れ込む。そうして地面に激突しそうになった瞬間、肉体パーツを再構成されて全快したユキナが少年の背中を支えて肩を貸す。
通過儀礼は終わり、二人は別々の旅路を行く。これから先、どれだけの苦しみが待ち受けていようと、春水たちはこの瞬間を思い出すのだろう。
そして思い出す度に、一方足を前に出す。無様でみっともない、小さな前進。それをどこかの空の下、共に踏み出す悪友がいると理解して。
少年はユキナの肩を借り、それから春水へと背中を向けた。それから置き土産として、術式により生み出した二つの物品を後方へ投げ渡す。
「餞別だ。一個目はアイツの探知に、二個目はお前が好きに使え。」
春水の手元に渡されたのは、向日葵のアクセサリーと映画館の入場チケット。春水はそれらを見て、少し不可解な顔を浮かべてから、貰ったものを懐にしまった。
「それじゃあ、できることも終わったしな。行くわ、春水。」
「そっか....。うん、またやろう!小野!!」
「ハッ!今度やる時はぶっ倒してやるよ!じゃあな!!」
後ろ姿のまま、片腕を上げた少年はユキナに抱えられて夜に消えていった。残ったのは、春水と優晏とハスミと、それから季武。
静かになった夜の中、傷ついた体を癒してもらうため、春水一行は刑部のいる実家まで帰還することにした。
夜も深け、ダメージもあるので季武の奢りはまた今度ということになり、一旦彼女と春水は解散。
翌日にまた城で面会の約束を取り付け、季武は報告もあるのかすぐさま城へと屋根の上を飛び伝って帰って行った。
「僕たちも帰ろっか。ハスミ、お願いしていい?」
「オッケーっす!お腹も空いたし...さっさと帰っるっす〜!」
ハスミは術式を発動させ、ワープゲートを実家まで接続。一瞬で長距離移動を終了させ、明かりのついた実家へと帰還する。
実家では既に絹が食事の準備を終えており、食卓には沢山の料理が並べられていた。ハスミはそれを見た途端、実家の中へと急いで駆け込む。
「あ、ご主人様たち帰ってきたなぁ。....結構ボロボロやけど...まずはみんな集まったし食べよか!」
小規模とは言え、戦いを終えた直後。春水と優晏とハスミは凄まじい勢いで食べ物を胃の中へと運び、それから刑部の治療を受けた。
食事も終わり、入浴と歯磨きを済ませてあとは眠るだけとなった頃、春水は少し夜風に当たろうと一人縁側まで出る。
夜風に当たりながら春水は自分の懐をまさぐり、アクセサリーと入場チケットを取り出した。
前者は探知にという事だったので、彼は何となく使い方は理解していた。けれど、後者については全くの理解不能。
「向日葵の方は...そっか、この向日葵が向いてる方が太陽の居る方向ってことね。」
向日葵は太陽に向かって咲く。その特性をそのまま落とし込み、このアクセサリーはセーラー服の少女の方向を常に指し示す。言うなればコンパスのようなものだろう。
(じゃあこっちは何なんだろ。好きに使えって...何に使えるのさこれ。)
春水は映画館の入場チケットをヒラヒラ手に持って揺らしてみるも、そこには何も起きない。ただ、風に靡く紙切れがあるだけだった。
そうやって不思議な顔をして春水があれこれ試行錯誤しているうちに、一つの小さな人影が彼の後ろに立つ。
「しゅんすい、ちょっといい?」
「いいよ、どうしたの織?」
春水は映画館の入場チケットとアクセサリーを再び懐にしまい、自分の隣にちょこんと腰掛けた織の方を見つめた。
織はしばらく口ごもって、どう伝えていいのか分からないと言った雰囲気で春水の隣に俯き続ける。
その表情に差しているのは憂いと、それから何処と無く醸し出される悲嘆。春水はそれを器用に感じ取って、ただ静かに織の言葉を待った。
一体、どれだけの静寂が流れたのだろう。夜風は幾度となく二人の間を通り抜け、その度に織は顔を上げては何も言えずに俯いてしまう。
春水はそんな織を見かねて、ポンと頭の上に手を置いて優しく撫でた。労うように、労わるように、髪の毛の一本でさえ傷つけない程に優しく。
「ゆっくりでいいよ。時間はこれから先、いくらでもあるんだから。」
織はその言葉に、酷く胸を痛めた。春水の持つ優しい腕が、優しい言葉が、優しい思いやりが、その全てが痛々しく映ってしまう。
「....ない。」
「.....?何て?」
「しゅんすい、お願い。わたしを...わたしを次の戦いに連れて行って。」
勢い付いて、織は春水にそう懇願した。彼の優しさが、何よりも嬉しくて悲しくて。だから彼女は、姉として出来る限りの全力を尽くす。
次の戦い。それは越後における最終決戦。様々な土地を焼け野原へと変貌させ、春水一行全員の力を合わせても逃げることしか出来なかった相手。
そんな相手との戦いに、織を連れて行っていいのか。春水は頭をうんうんと揺らしながら、どうにか織を傷つけないように断りの言葉を考える。
「相手は...とんでもなく強い。それは織だって、分かるでしょ?」
「知ってる。でも、だからわたし。わたしが、一番相手との相性がいい...!」
そう言って織は、春水の手を握って懇願した。彼の手を握っている小さな両の手は、懺悔している様にも見える形のもので。
「ゆうあもはなまるも、どっちも相手には相性がよくない。だから、消去法でわたしなの...!お願い........。」
敵は太陽にも劣らない熱球を操る相手。優晏では耐熱のキャパオーバーで即座にオーバーヒートするし、花丸では圧倒的な光量で影を焼かれて火力が下がる。
織の言い分はもっとも。十分に的を射た指摘ではあるし、話の筋も通っている。だが、春水はその提案を素直に受け取ることが出来ない。
「.........正直、織の実力じゃほんの少し足りないんだ。力になってくれるっていう気持ちは本当に嬉しい。でも.......そうだね、ごめん。」
春水は本当に申し訳なさそうな顔をして、ぺこりと織に頭を下げた。でも、織はそれを見て引き下がろうとはしない。
「しゅんすいはまだ、わたしの実力を知らないの。今のわたしの本気なら、はなまるよりも強い。」
それを証明してあげる。と、織は春水の前に身を出して、それから裸足のまま庭へと進んでいく。
次の瞬間、春水は驚愕に目を見開いた。はっきり言って、春水は織の事を実力的にはそこまで信頼していなかった。
しかし、そんな春水の考えを千切り捨てるほどに、その光景は彼にとてつもない衝撃を与える。
「【壊錠】『病蜘』。」




