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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・越後編
201/235

偽物だったとしても

 

 ずっと、分からなかった。時より私の頬に手を伸ばしては、触れることなく途中でやめる貴方が。


 ずっと、嫌いだった。他の女の人に私の面影を重ねて、私を瞳に映しているのに私を見ていないその目が。


 それなのに、どうしても理解したいと思ってしまう。私の知識は全て、貴方の記憶から抽出されたもの。


 だから、知ってか知らずか、私は貴方の記憶を全て情報として所有している。それも、貴方のその時の感情、想い、当時の視界も全て。


 それら全てを知っていて、私は尚理解できない。貴方の事も、その事に内心穏やかでいられない自分の事も。


 この感情は何なのか。この鼓動することの無い、機械仕掛けの心臓が貴方を想うと高鳴る理由は何なのか。


 分からないことだらけだ。でも、こんな私にもたった一つだけ、分かることがある。それは。


「『造花三式(ぞうかさんしき)山茶花(さざんか)』!!!」


 欠けた右腕の辺りから始まり、彼女の全身の至る所からちらほら火花が散る。それはまるで、過剰な負荷に体が耐え切れなくなっているかのようで。


 そうして刹那、ユキナの身体中に散った火花が椿の形をとって、弱々しくも咲き誇る。溢れ出る電流と漏れ出す火花が、彼女がこの瞬間に限界を超えた事を示す。


「....相打ち覚悟ってわけ。そう、分かった。受けて立つわ!」


 相手の上がったボルテージに合わせて、優晏も人的被害を出さない程度に、今使用出来る限界の力を引き出した。


 電気を帯び、剣の如く振り上げられた日傘が優晏へと向けられる。優晏はそれを紙一重で回避し、氷のナイフを生成してユキナへと投擲。


 しかしその反撃も、ユキナは日傘を開いて自分の前に展開する事で難なく防御。片腕分のハンデを感じさせない動きを見せつつ、過剰電力で上昇したスピードを活かし攻めの手を緩めない。


「優晏ばっかに集中してていいんすか〜?私のことも忘れてもらっちゃ困っっっっっっ...!!!!」


「バカっ!相手は体に電気流してんのよ!迂闊に触れば感電する!」


 優晏に集中し、自身のことを一切警戒していないタイミングを見計らい、ハスミはもう一度攻撃を加えようと術式でユキナを掴もうとした。


 されど、今のユキナは帯電状態。一瞬でも触れれば体に電気が流れ、手痛いダメージを貰うことは必至。


 それ故に戦闘経験が豊富な優晏は、氷の刀を用いた鍔迫り合いでは無く、ナイフによる非接触攻撃を選んだ。


 だが、そんな事を戦闘経験の浅いハスミが知っているはずもなく。ハスミは一瞬のうちに感電し、しばらくその場で動けなくなる。


「それ、さ....先に言ってほしいっす......。」


 プスプスと黒い煙を立てて痙攣するハスミを端目に、優晏とユキナは戦闘を続行。相手を全身凍結させるため隙を伺いながら縦横無尽に駆け巡る優晏に対し、小さな勝ちの目を拾うため攻撃と防御に絶妙なバランスを割り振ったユキナ。


 ただし、戦えば戦うほどに、流れる電流も散っていく火花も増えていく。それはユキナの体にかかる負荷が増えていることを意味し、命を薪に炎を焚べる行為。


 身体中に、新造された椿の花びらがまとわりつく。それは痛々しいほどにユキナの体を覆い尽くし、それでいて機械仕掛けの体を隠していたようでもあった。


 優晏はこの時、上がっていく電圧とスピードに僅かな冷や汗をかき、散っていく花弁が流れる血に見える錯覚を起こす。


 もはや、無機質な鋼鉄の表情はそこに無く。優晏の瞳に、何よりも必死に歯を食いしばる少女の顔が映った。


 ひび割れた体を。造花の椿が根を伸ばし、顎先までその魔の手を広げている痛みを。彼女は関係ないと吐き捨て、ただ眼前の優晏を下すために全力を尽くす。


 どう見ても死に体。それでも尚、烈火の如く燃え盛る闘志。その燃料には己が体と、得体の知れない想いを入れて。


「あなた....死ぬのが怖くないの?」


「怖くない。怖いのは、マスターが居なくなっちゃうことだけ。だから、私は戦える。」


「....そう。その気持ち、なんだか分かる気がするわ。痛いほどね。」


 身を削って上がり切ったスピードから繰り出される連撃を、優晏は回避し切れなくなって氷の防壁を生成。


 増える手数にどんどん息が上がり始め、優晏の動きは緩やかに鈍っていった。その隙を、ユキナは見逃さない。


 翼に全力を込め、ユキナは無理やり宙で方向転換をして優晏に蹴りをぶち込む。ただ、あまりにも大振り過ぎた蹴りは優晏の眼前で空を切り、大きな後隙を生み出しただけに終わった。


(今更っ...!いくら疲れてきたからって、そんな攻撃が当たるわけっ?!)


 ユキナは右腕を欠いている故、上がったスピードを活かすのは左手に持っていた日傘と、脚による蹴り攻撃だけ。


 手数が重視されるこの盤面、ユキナはあえて左足を自ら優晏に差し出した。耐えきれないほどの電流を孕み、無茶な蹴りによって千切れ飛んだ左足が優晏へと飛んでいく。


 彼女は自らの足を爆弾として、優晏に攻撃を仕掛けたのだ。その不意の一撃を、優晏はもろに貰ってしまう。


「っぐ....!捨て身にもほどがあるでしょ....!!」


 右手欠損、左足欠損。それに加えて、全身ももう使い物にならないぐらいには疲弊している。その一方で、優晏もまた先刻の一撃により手痛いダメージを負った。


 電流による攻撃ではなく、あくまで過剰電流による爆発だったため、麻痺などの後遺症はのこらなかったものの、あちこちから出血が止まらない。


 互いに満身創痍。だが視線だけは、噛み付き合うように相手の姿から離すことなく目視し続ける。


 そんな折、ユキナがぽつりと言葉を呟く。初めは小さい言葉だったそれは、徐々に感情のダムが決壊したのか、止めどなく感情が言葉となって押し流された。


「分からない....!何も、何も何も何も!分からない!!でも....!自分の気持ちが....一つだけ分かる!!!」


 電気が唸り、大粒の火花がバチバチっと上がる。そうして涙のように、沢山の火の粉が零れ落ちた。


「傍に居たいの....!マスターにはきっと、誰かが傍に居てあげないといけないの!!!私が誰の偽物でも、誰かの代わりでも、そんなのどうだっていい!!!!造花だからこそ!!!ずっとずっと、私だけがマスターの傍に居てあげれる!!!!!」


 自分を見つめる度に、寂しそうな笑顔を浮かべる主人の姿。自分を見てくれない瞳、自分以外の誰かに伝えたかった言葉。


 それでも良かった。自分自身が偽物でも、代替品でも良いのだと、そう少女は自壊しながら叫ぶ。偽物だから、永遠に寄り添えるのだなんて嘯きながら。


 いつか散ってしまう花よりも、偽物であっても散らない造花。それが主人には必要だと、そう少女は信じて疑わない。


「....それ、そんなボロボロで言う台詞?散々、捨て身特攻の連続だった癖に。」


 優晏は嘲笑の含み無く、心底可笑しそうに笑った。そうして何だか二人の間に、一瞬和やかな空気が漂う。


「私は死なない。だって、この体はマスターが作ってくれたものだから。」


 決死の覚悟で挑み、相打ち覚悟で戦ったとしても、自分はきっと生き残る。そんな確かな信頼を、少女は自分の体を通して主人に抱いていた。


「かっこいいじゃない....!決めた。構えなさい。あなたの渾身の一撃、全力の一撃がどんな威力であろうと、避けずに一発だけ貰ってあげる。」


 信念。相対するは、また別の信念。愛情のぶつけ合い、と言い替えてもいいのかもしれない。優晏は屋根上にどっしりと構え、相手の攻撃を真正面から受け止めようとする形を作る。


 そうしてユキナもまた、内部から弾け飛びそうになっている体を何とか押さえつけて空に浮かび、最後の一撃のため、力を込めて構える。


 左手に持っていた日傘を内部へ格納、フリーになった左腕を優晏へ向けて、ユキナはゆっくりと口を開く。


「『造花終式(ぞうかついしき)青薔薇(あおばら)』!!!!!!」

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