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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
幼年編
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大縄迷宮(七)

「あらぁ?あらららららららァ〜ん????どうやって『記憶廻廊』から抜け出したのかしらァ???」


「別に、普通に出れたよ。あんな出来の悪い幻覚、気づかない方がおかしい。」


 眼前の老人は、青筋を立ててこちらを恐ろしい程の眼力で睨む。余程自分の術式に自信があったのか、自らの能力を貶されて相当頭に来ているようだった。


「ふん、まあいいわぁ。どちらにせよ、ここで殺せば結果は同じだものォ!」


 老人の姿がボヤけ、何体かに分裂する。最終的には五体まで姿を増やし、どれが本体か全く区別がつかなくなった。


 分身たちが僕の周りを取り囲むように陣を組み、獲物を追い詰めるかのごとくゆっくりと陣を狭め始める。ただし、正五角形型に形を組んでいるためか、背中だけがぽっかりと、わざとらしく穴を開けていた。そして分身全員が構え、いっせいに僕に向かって小刀を投擲する。


「春水!後ろ!」


 その声が届く前に、僕は後方から飛んでくる小刀を弾き、距離を詰めた。射撃位置を割り出し、その虚空に向かって刺突を繰り出すと、何も無い空間から血飛沫が飛ぶ。


 刺さった刀に力を入れ、左方向へ振り抜く。老人が苦悶の声を上げ、血に染った姿を現した。存外この老人は悪運が強いらしく、刀が刺さった地点は左脇腹だったようで、傷は深くとも致命傷とまではいかなかった。


「なんでェ....?見抜ける筈がない?!完璧なはず!そう、私は完璧なのに!!!なぜ?!なぜ!!!」


 答えは簡単。『未来測定』だ。未来に起こる攻撃の軌跡を測ることで、その発射地点を特定。実際に繰り出される攻撃を弾き、あとは追撃を加えるだけ。


 僕のこの力は、非常に幻覚を見せる相手との相性が良い。はっきり言って、負ける気がしなかった。ただ、そんなことを馬鹿正直にネタばらしする意味は無い。


「さっきも言ったでしょ?幻の出来が悪いんだよね。化かすのが苦手なら、いっそ狸に教えて貰ったら?お前なんかよりよっぽど上手だよ。」


「このクソガキがっぁあああああああああああああ!!!!!!」


 耳がちぎれ飛びそうな程の爆音が響く。ただの怒号じゃない、術式で音量を傘増している。その証拠に、声が響き終わっても不快な不協和音が耳にこびりついている。


 どうやら、この老人の術式は視覚だけでなく、聴覚にも訴えるらしい。恐らく、他の感覚も惑わせることができるのだろう。


 常に耳元で大音量が鳴り響く感覚に、集中力をごっそり奪われる。ただ、相手も相当の深手を負っているはず。ここは堅実に、相手が出血多量で動きの質を落とすのを待つ。


 そう思った刹那、首に刃物が突き立てられる感覚が僕を襲う。どくどくと大量の血を流し、今にも意識を失ってしまいそうに感じる。しかし、僕は首筋に小刀が刺さっている未来なんて測っていない。


 即ち、これらは全て虚構の出来事。感覚のみが存在しているだけに過ぎない。心を落ち着かせ、ただあの老人を真っ二つに切り裂くことだけに注力する。


 口の中が燃え上がるような辛さを感じる。無視する。


 おおよそこの世のものとは思えないほどの腐乱臭を感じる。これも無視する。


 耳を塞いでしまいたくなるような、誰かの悲鳴が木霊する。これまた無視。


 一筋の涙を零しながら寝ている刑部に向かって、老人が穢らわしい手つきで迫る。これは無視できない。


「東の豊穣、一番!『盛馬千』」


 強化した脚力で距離を潰す。老人が刑部に触れるより先に、僕が刑部を抱える方が早かった。刀を捨て去り、お姫様抱っこで刑部を持ち抱えるも僕の体が小さすぎるせいで視界が刑部に埋め尽くされてしまう。


「馬鹿が!最後に情が出たな、甘いわァ!クソガキィ!!!年季が違うのよぉぉぉぉ〜ん!!!」


「読めてんだよ低脳。やりたいことが丸見えだ。」


 相も変わらず後ろからしか攻撃をしてこない老人へ、正しく馬のような後ろ蹴りをお見舞する。蹴りは老人の顔にクリーンヒットし、顔面をべこべこに凹ませる。


 僕はまだ起きない刑部をそっと地面に下ろし、涙を拭う。刑部の寝顔は、いつもの姿よりも随分子供っぽく見えた。


「もう勝った気かァ?!随分余裕だねェ!!」


 顔を気色悪く変形させている老人は、まだまだ戦えると言わんばかりにしぶとく立ち上がった。しかし、その姿はどう見てもボロボロであり、いつ倒れてもおかしくは無い姿だった。そうして最後の一本とおぼしき小刀を携え、ようやく正々堂々と構える。


 念の為『未来測定』を起動すると、案の定後ろから本体が出現するという未来が知()できた。僕はため息をつき、向かってくる老人へ背を向けて後ろに拳を振るう。


 驚くべきことに、拳は空を切った。訳が分からない。確かに僕は、後ろから襲撃される未来を。ここまで思い至り、ハッとした。僕の能力ができるのは知覚、あくまで知るという感覚なのだ。


 最後の最後で、この老人は僕が攻撃を見抜いているカラクリを看破し、そして利用したのだ。僕の全身に冷や汗が流れ、明確な死を想像する。


「させないっ....!」


 倒れ込んでいた優晏が、力を振り絞って老人に炎の矢を突き刺す。矢が体に刺さった瞬間、炎が一気に立ち上り、老人を身の内から焼き焦がした。


「あああああぁぁああああああああ!!!!!あづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


 醜い断末魔を撒き散らし、老人は真っ黒な塊になって動きを止めた。


 トドメを差したと喜ぶ前に、僕は優晏に駆け寄った。全身の具合が酷い。至る所に切り傷を凍結した跡があり、背中に至っては深くまで小刀が差し込まれている。


 下手に引き抜くのは悪手と判断し、急いで刑部を叩き起す。涙の跡が滲んでいるため、少々心が傷む。ただ、今この状況においては一刻を争うのだ。


 必死に僕が刑部を揺すると、刑部はゆっくりと目を開けた。相当酷い悪夢を見たのだろう。僕が声をかけ続けても、刑部は数十秒ほど返事を返さずにぼーっとしていた。


「あっ...。ご、ご主人様?一体何があって....。て、優晏ちゃんその怪我!ちょっと痛むやろうけど、我慢してな...!」


 我に返った刑部が、治癒術をかけながら小刀を引き抜く。みるみるうちに傷は塞がり、とりあえず急場は凌いだようだった。


 ただし、他にも多数の傷や凍傷が見られるので、もう暫くはこの階層に滞在することになった。落ち着いたあと、事の顛末を聞いた刑部は自分だけ何もしていないことに罪悪感を覚えたのか、持ってきた焚き火セットをいそいそと用意して優晏にあくせく世話を焼いていた。


「ご主人様も、火に当たって温まらん〜?ほら、持ってきた食べ物だってあるからなぁ〜。」


 刑部は、必死に非常食を揺らして僕を誘惑しようとしてきた。その姿があまりに可哀想だったので、僕はその誘惑に乗ってあげることにした。


「わぁ〜!美味しそうこれ!これも非常食なの?」


「あっ!優晏ちゃん...それはVIPルームの机に置いてあったお饅頭...。後でこっそり食べようと....は、してへんよ?」


 刑部は、明らかに僕達三人で食べる用であろう饅頭三つを隠し持っていた。僕はできるだけ味わって二つの饅頭を食べて、刑部に美味しかったと伝えておいた。


 優晏も悪気なく食レポをかまし、それがトドメになったのか刑部は半泣きで地面にうずくまった。その姿を見て、さっきまでの寝顔のことを思い出してしまい、僕はちょっと悪いことをした気持ちになった。


 刑部の頭を撫でる。刑部は半泣きのまま、僕にすがりついてきた。刑部も刑部なりに、記憶の中で戦っていたのだろう。その心労を慮り、撫でる手つきに優しさが増える。




(なんでだろう....。春水が刑部を撫でてるだけなのに、胸が痛いや。まだ、治りきってないから、なのかな....?)


 少女は、小さな想いを芽吹かせる。その想いが、どんな名前を持つのか、どんな意味を持つのか。少女はまだ、何も知らない。

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