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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・越後編
198/235

ファミレス・イン・ザ・ナイト

 

 田舎の深夜と言っても、ファミレスぐらいは流石にある。何もかも、中途半端な田舎なのだ。そんな店内に二人、Tシャツのガキと大人の女性が向かい合って座っていた。


「エンドロールはね〜!最後まで見ないやつは映画好きじゃない!って人もいるけど、私は見なくてもいい派かな〜。でも、エンドロールの後になんかあるかもしれないから、結局見ちゃうんだけどね。」


「わかる....!っす!そうですよね!!やっぱりあの時間、ちょっと退屈ですもんね!」


 下らない共通点を見つけてしまって、俺は何だか盛り上がってしまう。その後も、あの映画の終わりがどうだとか、あの監督がどうだとか。


 そんな感じの話がひと段落ついて、先生はいつもの癖なのか自然に安いワインを注文。クイッとお酒を飲み干して、少し赤らんだ頬のままぽつりと話を続ける。


「小野くんはさ....。いじめられてたり、する?」


 咄嗟に、言葉が出てこなかった。多分、見栄を貼りたかったんだと思う。俺はそのまま吃り続けて、結局はそれを見かねた先生が言葉を続けて場を流してくれた。


「私はさ....ちょっとそんな感じなんだよね〜。学生時代から若干あったけどさ、気づけば頼まれ事とか仕事とかが山積み。意味わかんないよね、新任なのになんでこんなに仕事やってんだ!ってさ〜。」


 先生は、俺のためだけに夏休み学校へ来ている訳じゃなかった。押し付けられた業務と、自分のモノではないタスクとに板挟みになりながら、胃をすり減らして休みを返上している。


 それに加えて、大人の教師間でもいじめというのはあるらしかった。先生はそれを口では言ったりしなかったけど、俺には何となくそれが察せた。


 それはきっと、同じだったから。俺と先生は、どこか通じるところがあって。それが余計に、俺の心をほんの少しだけおかしくさせる。


「大丈夫.....ですよ。俺も...多分先生と一緒で....。なんて言うか.....仲間っすよ、俺たち。」


 そんな言葉を吐いた後、俺は恥ずかしくて顔が真っ赤になった。だって、バカみたいじゃないか。五つか六つ以上年上の女の人捕まえて、仲間だなんて。


「っぷ...!あははははは!そっか!私、小野くんと仲間か!そっかそっか!!あははははは!!」


「....笑わないで下さいよ...。口下手なのは、自分でだって分かってんすから。」


「ひ〜!いや、ごめんごめん。まあそれじゃ、お互い頑張ろうじゃん!圧力に屈せず!無難にね!」


 俺たちはそんな感じの話でしばらく盛り上がって、時刻は深夜零時を回ってしまった。先生はそれに気づいた刹那、顔を真っ青にしてすぐさまファミレスを出る。


「あ〜...やっちゃった.....。ちょっとドリア奢るぐらいにしようと思ってたのに.....。」


「...言わねっすよ、俺。本当に...誰にも。」


「頼むからね〜???いやホントに、マジで!」


 大人な雰囲気の服と靴をしていても、先生はやっぱり先生だった。そうして俺は先生に送られるがまま、家までの帰路について大人しくその日は眠った。本当は、ほんの少し眠れなかったけれど。


 翌日、俺はいつものように学校へ向かった。次の日も、その次の日も。ずっと、夏休みが終わるまで、俺は学校に行き続けた。


 結局、反省文は完成しないまま俺は釈放。休みが開けて部活生だけじゃない一般生徒も登校するようになり、俺は再びいじめられる日々へと逆戻り。


 一つ変わったことといえば、生徒A、B、C、Dに対し、変に俺が反撃しなくなったこと。俺は蹴られても、殴られても、じっと耐え続けるように務めた。


 無難に、無難に。波風を立てず耐え続ける。頑張って耐えてるのは俺だけじゃない。先生も一緒に、頑張ってるんだ。


 そう思っただけで、いつもの何倍も頑張れた。ヤスデが入った靴も、根性焼きされた教科書も、全部が大したものに思えなくなった。


 そんな風に、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて。


 丁度冬休みに入ろうかとした頃、先生は学校に来なくなった。体調でも崩したのだろうかと心配していた矢先、冬休み前の全校集会が開かれる。


 内容はいつもと同じ、羽目を外しすぎるなとか、夜遅くまで出歩くなとか、そう言ったお決まりの注意事項。


「え〜、それと最後に。今学期まで古典を担当して頂いていた雪菜(ゆきな)先生ですが、この度ご結婚されたということで、退職する運びとなりました。」


 脂ぎった喉から発せられる校長の冷淡な声は、ずっと俺の頭に残った。ずっと、ずっと、ずっと。


 先生は、どこまでも無難だった。大学を出てから少し仕事に就いて、それから大学時代の男と結婚。


 これから子供を産んで、専業主婦として夫を支えながら子供を育てていくんだろう。素晴らしいテンプレートだと、俺は思った。


 終業式が終わった後、俺は白い息を沢山吐き出しながら走った。どこに向かう訳でもなく、どこかに行きたい訳でもない。


 やり切れなかった。どうしようもなかった。誰も通らない田舎道を、バカみたいな顔で泣きながら走る。


「クソっ!!クソっ!クソっ!!!!クソっ!!!」


 俺の方が先に好きだったなんて、多分それは間違いだ。先生はきっと大学時代から付き合ってる男がいて、その男と結婚したんだろう。


 先生にとって、俺はなんだったんだ。単なる生徒のうちの一人?気まぐれで優しくしてあげただけの子供?それとも、もっと別の何か?


「畜生っ!!!!畜生っ!!!!俺はっ!!!!俺は!!!!!!俺はこれから....どうすればいい.....!何を支えに....頑張って行けばいい.....。教えてくれよ.....先生っ.......。」


 泣き腫らした目で、俺は映画館に向かった。何となく、帰りたくなくて。それに、ここに行けば会えるかもしれないと思った。


 相変わらずガラガラの映画館。今度は、正真正銘俺の貸し切りだ。誰もいない映画館で、いつの間にか終わった映画のエンドロールが流れる。


 流れているのは洋楽。それも、『Where is my mind?』なんて問いかけて来やがる。知らねぇよ、俺が今聞きてぇんだよ。


 先生はもう、この映画館には来なかった。風の噂で、夫と一緒に東京に帰ったなんてのも聞いた。もう、全部どうでもよかった。


 短い冬休みが終わって、ようやく消えかけた痣も再び色濃くなった。俺は無難に耐えることの意味なんてすっかり忘れて、全部滅茶苦茶にしてやろうと思った。


 鞄の中に包丁を入れて、殴られたら刺し返してやろうって。そう思って学校に登校。いつも通り虫の入った靴を放り投げ、俺は教室へ向かった。


 殴られた。それはもう、ボッコボコに殴られた。でも、刺し返してやろうと思うと手が震えた。


 鞄の中に手を突っ込んで、包丁の柄を握った瞬間。俺には出来ないと、そう思った。結局、俺は言われるまでもなく無難な人間だったんだ。


 その日、ボロボロの顔をぶら下げてビルの屋上に立った。どうせ死ねないとは思っていたが、それでも風にあたって落ち着きたかった。


 無難で、テンプレで、普通で。いじめてきたやつを殺すことも、自殺することも出来ない臆病者。それが、今ここに足が竦んで座り込んでる俺だ。


 そんな時だ。真っ白な狐が現れたのは。何にもないところから、狐は急に出現した。白い毛を逆立て、狐はポンと煙を吐き出す。


 そうして煙が晴れた後に、残っていたのは何やら妖艶な女の人。彼女は九つの尾を携え、ニヤリと不敵に口角を上げる。


「普通から、抜け出したいと思わへん?」


 こちらの心を見透かしたように、狐の女はするりと俺の両肩に手を回した。先生じゃ触れてくれなかった、俺の体。


「ぜぇんぶ滅茶苦茶にしてまったら、どれだけ気持ちええやろなぁ?うち、アンタが滅茶苦茶してるとこ、見たいわぁ。」


 お行儀良く留めていた学ランのボタンを、俺は一気に外して羽織るように着直す。


 日常が壊れた音がした。その音は、ヒールの笑い声なんかじゃない。もっと異質で悪辣な、もう戻れない毒を孕んだ咽び声。


「ああ、全部滅茶苦茶にしてやる。なんもかんも、ぶっ壊れりゃいい。無難でいることに意味なんて無い。無意味な俺が無意味な世界をぶっ壊す。これって最高に、悪役のテンプレだと思わねえか?」

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