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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・越後編
192/235

荒んだ旅路で拾ったもの

 

 修行をつける側として、花丸には圧倒的な慢心があった。織の実力に対し、多少の違和感はあったがそれも誤差の範囲内だと判断。


 この模擬戦闘で誤差を無くし、正確な実力を洗い出そうと、彼女は様子見のつもりで戦いを挑んだ。


 その油断と慢心を、織は見逃さない。『天衣無法(てんいむほう)・吊るし蜘蛛』。空に吊るされた雲のように、天井から糸を垂らし宙に止まる蜘蛛のように、世界は動きを止める。


 五秒程度ではあるものの、織は時間停止能力を有している。その五秒を用いて織は花丸との距離を詰め、真正面からの回転蹴りをお見舞い。


(速いっ....!移動の残影が見え無いほどの速さ....!織様...いつの間にこれほどっ....!)


 花丸から見れば突然目の前に瞬間移動してきた織に、彼女は驚愕しつつも何とかギリギリ対応。両手をクロスさせて、織の蹴りを防ぐ。


 ただ咄嗟にガードしたとは言え、所詮は悪あがき。目にも止まらぬ速度から繰り出される蹴りは、確実に花丸のガードを貫き本体にもダメージを与えるはずだった。


(痛く.....ない?威力は想像していた織様のものと変わりない....。あの速度でこの威力....術式を使っていたのも加味して、何かあるな...。)


 花丸は織の攻撃を完全に防ぎ切れてしまったことで、先程の術式が高速移動などでは無いと看破。


 ハスミのようなワープ系か、それとも未知の能力かと大まかにアタリををつけて、今自分が持ちえる限りの対策を施した。


 そこには最早、慢心など存在しない。純粋な戦士としての、職業病とでも言おうか。未知の相手に対する攻略への思考で、脳みそが埋め尽くされる。


(織様の術式の強み...それは自由度の高さ。何をやってくるか分からない分、対策が取り難い....だが....!)


 花丸は織の微細な動きを視認し、術式発動の予兆を感じ取る。そうしてその瞬間、自身の周囲の地面を影に変化させ、相手に気取らせないまま罠を貼った。


 底の浅い『金魚罰』のようなもので、影は沼地の如く織の足へ絡みつく。時間停止を発動してから数秒後、花丸へと駆けた織がこのトラップに気づいた時には既に手遅れ。


 攻めることも引くこともままならなくなり、織は中途半端な地点で時間停止の終了期限が来てしまう。


「....!考えたね、はなまる!」


「術式の内容が分からずとも、攻撃手段が近接のみであることは割れています。であれば、罠を置いてあとは待つだけでいい。」


 織の術式の弱点。それは術者本人の運用限界に寄る所。発想力の限界や地力のスペック。術式がいかに強力と言えど、それを活かす器が半可であれば意味が無い。


 花丸は影の沼地を走り抜け、未だ足を取られている織に向かって拳を振りかざす。ただ足が取られた状態で尚、織はその拳を上半身を捻って回避。


 花丸の拳を逆に掴んで、鉄棒のように強引に自身の体を浮かせて地面から足を離す。そうすることで、影の沼地から脱出し、織は再び自由を得た。


 されど、花丸の追撃は終わらない。彼女は地面に展開させていた影を収束させ、自身の身の内へと内包。


 再度影を体外へ排出し、自身の影人形を形成させる。その後、影人形を先行させて自身も後に続き、実質的な二対一の状況を生み出す。


 畳み掛ける。と言うよりかは、相手に術式を使わなければならない盤面を強制させると言った方が適切だろう。


(『天衣無法』はそう何度も連発出来る術式じゃないことは知っている。あと数回...いや、下手をしたらあと一度の使用で体力の底が見えるはずだ。)


 結局のところ、最も戦闘において重視されるのはフィジカルだ。術式のみに依らない戦闘技術こそ、窮地で光り輝く切り札となり得る。


 花丸はそんなポリシーの元、影人形と協力し合って織を少しづつ追い詰めていく。そんな折、影人形が織の拳を捕らえて動きを封じた。


 花丸の生み出した影人形のスペックは、花丸とほぼ同等のもの。つまり、フィジカル差によって脱出は不可能。


 袋の鼠となった織は、額に汗を一筋走らせて思考を巡らせる。この状況、詰みから脱出するためには、術式を使うしかない。だがその行き着く先は結局、袋小路。


(こうなれば術式を使うしかない。ただ、万が一ということもある。警戒はするに越したことはないな。)


 花丸が警戒をしていた刹那、彼女の視界から織の姿が消える。完全に相手の動きをホールドしていた影人形は、耐えきれない程の衝撃を受けたのか崩れ去り、花丸は警戒混じりで周囲を見回す。


「後ろかっ....!」


「はあっ...!はあっ...!正っ解!」


 体力の限界が近いのか、酸素を求め喘ぐように激しい呼吸をした織が花丸の背後を強襲。低い打点から花丸の膝へ蹴りを振り抜き、カクンと花丸の体勢を崩す。


 小柄な体格を活かしギリギリまで花丸の警戒から逃れた後、さらに低い姿勢から繰り出した攻撃は反撃の余地など生み出させぬままに一方的に繰り出された。


 しかし、花丸もタダでは転ばない。前方によろめいた花丸は、前転のように地面に手を付き血界の下準備を完了。


 一回転して体勢を立て直した上で、自分が相手に背中を見せている一瞬の隙を潰すため、準備していた血界を発動させた。


「追い詰めた獣が一番恐ろしいと、私は知っています。故に織様、貴女が降参するまで、私は全力で織様を潰しに行きます。【血界侵蝕】『不明常夜(あかずのとこよ)』。」


 黒無垢が花丸の全身を包み、真っ赤な唐傘を携えた彼女がくるりと織の方へ振り向く。それは、誰の目から見ても織にとっては最悪の状況。


 勝ちの目が一切無い、詰みの盤面。それでも尚、織は心底愉快そうに笑った。まるで、本当に求めていたものがようやく手に入ったかのように。


「あ〜!楽しい!はなまるとじゃれ合えるなんて...本当にいつぶりだろ!本当に....本当に嬉しい.....。」


「....?それは....良かったですけど......?」


 そこにあったのは、彼女が何より追い求めた幸せの光景。誰の死も、誰の犠牲の上にも無い、ただ手放しに抱きしめられる幸せ。


「だからね...。この楽しいを守り続けるために、私は勝たなきゃいけないの。【血界侵蝕】『瑞雲叢蜘(ずいうんむらくも)』。」


 それは、本来有り得なかったもの。苦しみの旅路で、絶望の道筋で。仲間を救うため奔走し続けた少女が、擦り切れるほどの時間の中で身につけた技術。


 影の世界を、いくつもの墓標が押し返す。本当に数え切れないほど、見渡す限りの墓地の荒原。


 そんな墓標のうち、ひとつの墓石の安置されていた地面が隆起して、地中から木製の棺が顔を出す。


「『竜頭荼毘(りゅうとうだび)(つき)』。」


 棺の蓋がガコンと外れ、中から炭の塊が顔を出す。織は寂しそうな表情をしながら、棺の木目をそっとなぞった。


 時には蹲り、時には涙を流し、時には仮初の温かさに浸った。そんな思い出深い、地獄の後味を感じる血界。


 彼女にとってこの空間は、一口に形容できない重みと、自身の弱さを象徴している。


 ともすればこれは、侮辱だったのかもしれない。何よりも酷い、辱めなのかもしれない。それでも、彼女はこれより他に、縋るものがなかった。


 棺から姿を現した人の形をしただけの炭の塊は、その手のひらを花丸へと向けて照準を定める。


 そうして、どこかで見たような閃光を一筋走らせる。それはまるで、ほの優しい月明かりのような。


 花丸はその閃光を唐傘で弾き、そして受け切った感触に思わず驚愕してしまう。その光は、まるで。


「これは....かぐや様の....!」

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