強くなるために
春水一行がセーラー服の少女から逃げ仰せた翌朝、各々が朝食を胃の中に放り込んでいる中、春水は納豆を混ぜつつ話を切り出した。
「....正直なところ、限界を感じて来てるってのはあるよね...。」
「限界?春水、それってどういうこと?あ、かぐや醤油取って。」
かぐやが優晏に醤油を手渡して、優晏はその醤油を目玉焼きにかけて怪訝そうな表情を作る。
そんな彼女を見て、ハスミも同調するように、よく分からないと言いたげな顔を浮かべて醤油を受け取った。
「ん...ボクたちが力不足.....ってこと?あと、塩貰うね....。」
誤解を恐れずに言えば、春水の伝えたかった旨はそういう事だ。これから先、もっともっと強い敵が現れでもしたら。
加えて、昨夜の事もある。春水はあの時、自分でもどうしようもない綱渡りをしたと自覚していた。一歩間違えれば、全員が死んでいたかもしれない状況。
あんな気持ちはもう味わいたくないと言わんばかりに、春水は深刻な面持ちで納豆を混ぜ続ける。
「大人数だとフットワークも重くなる...。だから、越後に連れていけるのは二人ぐらい...。それ以外は...ごめん、お留守番していて欲しい。」
春水は精一杯、言葉を濁す。だがそんなおためごかしでは納得できないのか、刑部が春水へと口を開いた。
「ご主人様の指摘はもっともやけど、これから先もずっとお留守番させとく気なん?ちゃあんと言いや、うちらが弱いから連れてかれへんって。」
ここを避けては、後々立ち行かなくなるのだろう。自分たちの弱さを直視して、これから先の未来のために乗り越えていく。
そういう工程が今の春水たちには必要なのだと、言外に刑部はそう告げていた。鋭い言葉の割に優しい口調で放たれた言葉は、どことなく春水を思いやっているのが伝わってくる。
春水はその意図と言葉をしっかり飲み込んで、自分の言葉でみんなに説明するべく頭を回す。そうしてやっと考えが固まったのか、ぽつりぽつりとゆっくりながら思いを吐き出した。
「昨日さ...みんなが死にかけて、僕...すっごく怖くなったんだ。簡単に死んじゃう事なんて...知ってたつもりだったのに、どうしてもその場面が来るまでは分かりきれてなくて...。だからごめん、今連れて行けるのは優晏と...ハスミの二人だけだ。」
その重々しい告白を聞いて、花丸が思わず立ち上がった。それは怒りや驚きというより、悲しみのような視線で。
彼女は自身の強さに自信があった。少なくとも、この場では優晏と同等か一歩劣る程度の地からはあると、そう確信していた。
それなのに、春水から通告されたのは戦力外の三文字。瞳に涙を浮かべ、震えた声で花丸は拳に悔しさを握りしめる。
「....っ!我が王.....!私は......力不足でしょうか.....。」
「花丸は十分強いよ。だから、花丸にしかできないことを頼みたい。」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして、花丸は春水を見つめた。それから呆然と立ち尽くすままの花丸の裾を、織がキュッと掴んでひとまず座らせる。
「はなまる!お座り!」
「....くん。」
早とちりで激情に駆られてしまったことが急に恥ずかしくなった様で、花丸は顔を真っ赤にしながらその場に座り込む。
それから赤面してただただ俯くだけの花丸を見てニコニコ笑みを浮かべる優晏が、春水の意図を何となく掴んで言葉を繋げる。
「今弱いからって、ずっと弱いわけじゃないものね。要するに、春水は花丸に修行をつけて貰いたいんじゃない?刑部はその回復役で、お留守番ってとこかしら。」
意図を完全に読み解かれた春水は、言おうとしていた言葉を先回りされて何だか複雑な気持ちになった。
それでも、結果的に彼の考えが円満に伝わったことで、話し合いは大団円を迎える。花丸はふんすと鼻を鳴らして、気合十分と言った形のまま白米を頬張った。
「ってことは、私はもう十分強いってことっすか〜!!いやぁ照れるっす〜!」
「ハスミは....術式がね。その....便利だから....。」
気まずいような、そうでないような。なんとも言い表しようのない空気感の沈黙が一瞬辺りを包み込み、そこでひとまず話題の区切りが着く。
そして食事の後、越後に向かうメンバーと実家で修行をするメンバーに別れて行動を開始する。
越後に向かうメンバーは春水、優晏、ハスミの三人。それ以外は実家に居残り、花丸教官によるスパルタ特訓が始まった。
スパルタ特訓の訓練生は三人。かぐやに織、それに絹。花丸教官はその彼女らを見て、一目でやるべきことを判断。庭に三人を呼び出して、声を張り上げる。
「まずは走り込みです!何事も、基礎体力が無ければ話になりません!雑木林を一時間、全力で走り続けてください。」
「「「?!」」」
「その後は腕立てにスクワットに腹筋!体力の次は筋力も必要です。術式に頼り切りでは、地力が成長しませんから!」
「「「?!?!」」」
「ご安心ください。疲労した肉体は刑部様に冷却をお願いしています。これで心置き無く、肉体を限界まで鍛え抜くことが出来ますね。我が王から請け負った任務...決して、生半可では終わらせません!」
「...頼まれてまったもんは断れへんなぁ。みんな、頑張ってぇや!」
「「「?!?!?!」」」
絶望した表情の三人は、お互いの顔を見つめ合って覚悟を決める。彼女らは肩を組み合い、一致団結して雑木林へと走り出した。
それから一分後、体力不足で地面に倒れ込むかぐやを花丸が回収。次いで十五分ほども経てば走るのに疲れたのか、空を飛んでズルをしようとした絹も花丸が回収。
最後、唯一残った織はきっちり一時間のランニングを完走。花丸に回収されること無く、次のメニューへと単身で移った。
だが、花丸は先程の織のランニング姿を見て、少しの違和感を覚えメニューを一時中断。何かを考え込むようにじっと俯き、深く思考を落としていく。
(織様の動き...フォームに無駄が無かった。明らかに手馴れた挙動...まるで別人だ。試してみる価値は...........あるか。)
「織様、少し早いですが実践演習といきましょう。私に勝つことが出来れば、我が王に進言致します。織様は十分な実力を有している、と。」
一足飛ばしの合格宣言。もしもこの模擬戦で織が花丸に勝利すれば、織は一人修行を終えて春水と共に同行できる切符を手にすることが出来る。
織にとって、それは願ってもないチャンスに他ならない。正直なところ、彼女はかぐや生存という未知のルートに喜ぶ反面、この奇跡を無駄にするまいと必死だった。
春水の実家付近か、それともまだ倭国大乱の影響が色濃く残っている越後か。どちらが危険かは、火を見るよりも明らかだろう。
一刻でも早く、織は春水と合流することを望んでいた。そんな彼女にとって、この提案は正に渡りに船。
当然織は花丸の言葉を受け入れて、模擬戦を早速開始する。立会人はもちろん刑部が務め、どちらかが戦闘不能。又は降参した時点で試合終了。
そのような正当なルールをきちんと決めた上で、二人は庭にて数メートルの距離を取り、試合開始の合図を今か今かと待つ。
「模擬戦とは言え、私と同等以上の力を示さねば合格とは認められません。つまり...手加減はしませんよ、織様。」
「ふふ。じゃあ、こっちこそ手加減無しではなまるに見せてあげるね。おねえちゃんの本気。『天衣無法・吊るし蜘蛛』。」




