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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・越後編
190/235

☆ここに月は亡く

それは、織が観測した世界のうちの一つ。

『有り得たかもしれない』ではなく、確実に存在した世界の足跡である。





☆がついてる話は、かぐやを見捨てることで発生するIFストーリーの話です!ダーク成分がやや強めなので、それでも良かったら読んでいってください!

 

「..........ごめん。」


 しゅんすいはそう言って、くるりとかぐやに背を向けた。そんなしゅんすいを見て、かぐやはどこか悲しそうに、満足そうに微笑む。


 熱が肌を焼く匂いも、光が全身を焦がしていく音も。きっと、しゅんすいには耐えられなかったのだろう。


 一人、また一人とゲートを潜っていく。かぐやだけを残して、みんな苦虫を噛み潰したような表情を携えて、この場を立ち去っていく。


「織ちゃん.......。春水を........よろしくね.........?」


 わたしがその場を去ろうとした時、かぐやがそう言った気がした。わたしはそのお願いに思わず一瞬、振り返ってしまう。


 かぐやは相変わらず、太陽に向かって両手を掲げている。その指はもう炭化しているのか、数本が欠けて無くなっていた。


 髪だって余熱でボロボロだったし、わたしに背を向けているから視認はできないが、顔も恐らくは火傷だらけだろう。


 それでも、かぐやはわたしに言ったのだ。自分を置いていった者たちへ、恨み言でも憎まれ口でも無く。


「.......うん。まかせて、かぐや。」


 わたしはその言葉だけを残して、はすみと一緒にゲートを潜る。ゲートの先では、しゅんすいが何も言わずにただぼーっと地面を眺めていた。


 しゅんすいだけじゃない。ゆうあも、おさかべも、はなまるも、きぬも、はすみも。みんなみんな、静かに呆然と立ち尽くしている。


 夜が明けるまで、誰一人として涙も流すことなく、各々が喪失を受け止めきれずにいた。それはきっと、私も同じことで。


 それからしばらく経って、誰が言い出したのか、元の場所に戻ろうという話になった。多分、誰が言い出した訳でもなくそうなったんだろう。


 セーラー服の少女が居なくなったと思しきタイミングを見計らい、わたしたちは再び城下町近くの村へと帰還。焼け野原になった辺りを見回して、ふとひとつの死体に目が止まる。


「あ......ぁあぁ........ああああああああああああああああああああああ.......!!!!!」


 しゅんすいはその死体に駆け寄って、すくい上げるように真っ黒な炭の塊を抱き締めた。辛うじて確認できたのは、少しの髪飾りとやや残った緑の和服の切れ端。


 間違いない、かぐやの死体。そこで初めて、わたしたちはかぐやの死という事実を突きつけられた気がした。


 しゅんすいは瞳に涙をいっぱいにして、強く強くかぐやだったものを抱き締める。けれど、死体の炭はあまりに脆く、抱き締めた先からボロボロとかぐやだったものは崩れていく。


「あぁ.....嫌だ.....嘘だ....嘘だ.......!待って....あぁああ...............!」


 死体さえ残らない、あまりに惨い死に方。生きたまま火葬された痛みと苦しみは、きっと想像するのもおぞましいような地獄なんだろう。


 しゅんすいの行動は、仕方なかった選択だったと思う。大勢の仲間と一人の仲間。どちらかしか救えない天秤に掛けられた時点で、少なからずこうなることは予想ができた。


 しゅんすいも、わたしも。それは分かってた。分かってた、はずなのに。


「うわあああああああああああああぁぁぁん!!ああああああああああああ!!!!!!」


 涙が止まらない。どうしてなんだろう。死体を見て、何だかどうしようも無く分かってしまったことがある。


 もう二度と、かぐやとは会えないんだ。そんな気持ちが心臓の奥から血液と共に全身へ巡って、わたしは嫌に泣きたくなった。


 屋敷からの付き合いだった。五年も近く一緒にいて、わたしにとってのかぐやは、思ったよりも大きい存在だったから。


 ボロボロの炭になって消えていくかぐやは、もうわたしの知っているあの子じゃない。だけど、それでも手を伸ばさずには居られない。


 生き物はいつか死ぬ。それはしゅんすいだって、わたしだって変わらない。けど、こんな死に方があっていいのか。


 かぐやはまだ、何にも報われてない。しゅんすいに鳥籠の中から引っ張り出されて、これから色んな世界を見ていくはずだったのに。


 あの子の苦しみを帳消しにするぐらいの、幸せが待っているはずだったのに。そんな未来さえ、かぐやはもう歩めない。


 しゅんすいは崩れていく炭を何とかかき集め、拳大の大きさの炭を確保。それを胸に当てて、蹲りながらしゅんすいは泣き続けた。


 ずっと、ずっと。わたしが泣き止んだ後でも、ずっとずっと。焼け野原に夕陽が沈むまで、随分長いこと涙を炭に零し続けていた。


「.....ご主人様も一人の時間が必要やろうし、みんなお家に戻ろか。後で迎えに来るから、ほなまたな...。」


「ちょっと!今の春水を一人にさせる気?!そんなの...酷すぎるわ!!」


「優晏ちゃん。こういう時に、周りに人がいっぱいおってもダメなんよ。きっちり喪に服したい時だって....うちはあると思うんよぉ。」


「我が王....あまり長く外にいてはお体に触ります。どうか...私たちも居ることを忘れないでください。」


 おさかべがしゅんすいに気を使って、はすみにワープを頼む。ゆうあとはなまるはしゅんすいから離れることに難色を示したが、それでもしゅんすいの虚ろな表情を見て、結局はおさかべの言葉に従う。


 しゅんすいの実家に戻って、わたしは空にぽっかり浮かぶ穴を見つめた。真ん丸なお月様が、わたしの心に空いた穴みたいで。


 それは、決して戻らない喪失。何をしても、誰かを殺しても、かぐやは絶対に戻ってこない。まぶたの裏には、あの子の最期の微笑みが焼き付いている。


 たった一人取り残されて、何を想ったんだろう。最期の最期に、どうしてしゅんすいを託したのがわたしだったんだろう。


(ゆうあとか、はなまるとか。わたしよりも強い子はいっぱいいるのに....なんでなの.....?かぐや。)


 もう一生答えが分からない、永遠の謎。わたしはきっと、この問いかけをこれから一生かけて悩んでいくんだろう。


 そんな確信が、胸の中にじんわりと浮き出した。そんな考え事に耽っていた時、しゅんすいの様子を見に行ったはずのはすみが大慌てで戻ってきた。その手には、一枚の紙切れが握られている。


「大変っす!!まずいっすよ!!!春水が!!どっか行っちゃったっす〜!!」


 はすみの持つ紙切れには、『家で待ってて。すぐ戻る。』とだけ書き残されていた。わたしはそのたった二行の文字が、不安で不安で堪らなくなってしまう。


 それは奇しくもこの場にいた全員が同じ気持ちだったようで、ひとまずこれから先をどうするかということについて、みんなで話し合うことにした。


 話は中々まとまらない。かぐやが死んで、しゅんすいまで居なくなって。これから、わたしたちはどうなるんだろうか。


 膝を抱えて、涙が溢れ出てしまわないように目を閉じる。聞こえてくるのは、雰囲気の悪くなったみんなの会話。わたしはそっと耳も塞いで、暗闇の中に一人取り残され続ける。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「季武さん。行きましょう。今すぐ、あいつを殺しに行かなきゃ。」


 泣き腫らしたばっかりの瞳で、春水は季武の居る城へと直行。自分たちが襲撃された旨を伝え、春水は真っ黒な眼差しで抜き身の刀を携えている。


 季武はそんな春水を見て、思わず抱きしめてしまった。今にも折れてしまいそうな、か細い心が、手に取るように分かってしまったから。


 つい先日まで、あんなに幸せそうな顔をしていた少年と同一人物だとはとても思えないような、絶望しきった失意の表情。


 幼かった自分にそっくりな、地獄に居る彼を、季武はひたすらに、体温を伝えることでしか労わってあげられない。言葉なんかで救えるほど、それが生温い世界でないことを、痛いほど彼女は理解している。


「.....かぐや様が...........。そっか、分かった。うん、殺しに行こう。それが残された僕らに出来る、唯一の手向けだ。」


 二人の武士が城を後にして、夜の焦土を彷徨う。方や弓、方や刀。武器は異なれど、どちらの表情にも共通して殺意が漲っている。


 偶然か、必然か。獣のような殺意を隠そうともしない二人の目の前に、ひらりと揺れるスカートが姿を現す。


 傷一つない余裕綽々な表情に、春水はもう怒りを抑えきれない。目を血走らせて、生まれて初めて彼は、憎しみたっぷりの全力の殺意を相手へと向けた。


「殺す。かぐやを殺した分、死ぬまで痛ぶってやる。()の世界に、もう月は無い。『魔纏狼(まてんろう)無月(むげつ)』」


 月のない夜をそのまま写し取ったかのような暗闇の具足が、春水の全身を覆う。兜の瞳部分は赤く発光し、相手の一挙手一投足を見逃さない。


「あっはぁ〜!その目!!私しか見えてないって感じのその目!!いい!!すっごくいい!!もっと、もっと私を見て!!大好きよ!あなた!!」


「....反吐が出る。死ね。」

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