大縄迷宮(六)
死角から飛んでくる攻撃を、勘だけを頼りに弾く。ただ、一撃を弾いたところで相手の本体が視認できないのは変わりない。
防戦一方の状況を打開すべく、考える時間を稼ぐために四方に炎の矢を撒く。その全てがことごとく躱され、いたずらに熱量を消費させられる。
今視認できている分身体に矢を集中させるも、結局どれもハズレ。また位置を変えて、虚空から刃が伸びる。刃を受けようとするも今度はそれが幻で、視界に映っている三体のうちの真ん中のオカマが本体だったようだ。
大きく切り傷を負うも、これまた凍結処理でカバー。致命傷になることはないが、やはりジリ貧であることに疑いようはなかった。
(広範囲を炎で覆えば焼き殺せる。でも、それじゃあ春水たちに当たっちゃう...。どうすれば...。)
頭を必死に回転させ、何とか考えを捻り出そうとする。しかし、考える余裕など与えてくれるはずもなく、攻撃の嵐は止まらない。
辛うじて視認できた攻撃を、右腕を一旦捨てることで防ぐ。右腕に完全な凍結を施し、強度を最大まで上昇させる。恐らくもう刀は振れないだろうが、仕方ない出費だと目をつぶることにした。
刃が優晏の右腕に直撃する。ただ、響いたのは乙女のの柔肌に金属が突き刺さるような音ではなく、鈍く硬い金属音だった。
「この小娘ェ!自分の腕を完全に凍らせるなんて、頭おかしいんじゃないのォ?!」
凍った腕に刃が触れた刹那、その刃までもが冷気を帯び、完全に凍りつく。もう引き抜けなくなった剣を捨て、素手のオカマが両手を上げて姿を現す。
オカマは数秒思案したように眉間に皺を寄せ、それからパッと表情を変えてにこやかに笑った。私はそれが胡散臭く感じ、警戒の度合いをさらに引き上げる。
「改めて考えてみればァ?見上げた覚悟じゃな〜い♡私感動しちゃった。いいわ、素手で殺ってあげる♡貴女、名前は?」
右腕の凍結状態を炎である程度解き、蛇腹剣を引きぬく。凍結させたのでこれ以上精密な動きは不可能と判断し、それと同時に手に持っていた自分の刀も放り投げ、春水の真似をして拳を構える。
オカマはやれやれとジェスチャーをして、大きく息を吐いて私と同じ構えをとった。ただし、拳の方を何故か不審にゆらゆらさせていたので、何か拳に罠があるなと当たりをつける。
「....優晏、あなたは?」
「大縄迷宮、第二層守護者♡雲海よ〜ん。覚えなくていいわん、どうせ後で首輪をつけさせて、ご主人様って呼ばせるからァ〜♡」
真正面から向かってくるオカマを、拳で迎撃する。凍った右腕を防御に使い、左腕で攻撃を担う。どうやらオカマは近接が苦手のようで、私でもそれなりに戦えた。
左ストレートが腹部に決まり、オカマが苦悶の声を上げて後ずさりする。これを好機と見て、距離を一気に詰めてトドメまで持ち込もうとする。
急に背筋に悪寒が走り、反射的に後方へ肘打ちを繰り出す。確かな感触が肘に伝い、前方に距離をとりながら後ろを確認する。
「なんでこれが分かるのォッ?!小娘ェェェェェェ!!!!!」
オカマは手には小刀を握っていて、拳の違和感の正体はこれかと理解する。ただ、後ろにいるとまでは想定していなかったので、自分の勘に助けられた形となった。
そんなことは露知らず、どうして自分の罠を看破されたのかと怒りの感情を顕にしていた。地団駄を踏み、揺れた服の中から大量の小刀が姿を現す。
そうして、さっきまでの苦しんでいる姿はなんだったのかと言いたくなるほど元気な姿で、今までの口上が全て嘘だったと告げるように、小刀の群れを飛ばしてくる。それをバク転でギリギリ回避し、卑怯オカマを再捕捉しようとする。
しかし、案の定姿は見えず、また最初の状況に戻ってしまった。それでも主な武器は奪う事ができた。これ以上武器を利用されないように、蛇腹剣の刃と刃を繋ぐ接続部を焼き切る。そして自分の周囲三メートルほどの地面を円状に凍結させた。
(視覚がダメなら耳に頼る。薄氷を踏み砕く音だけで攻撃位置を予測し、反撃する!)
ここまでの戦闘で読み取れたことがいくつかある。そのうちの一つが、オカマは本体を透明化させることはできるが、手から離れた小刀などはその瞬間に顕在化することだ。
つまり、三メートル以上の距離からの投擲は目視で防ぎ、それ以内の攻撃は聴覚で読み取り防ぐ。
オカマも私の意図に気づいたのか、あれだけ激しかった攻撃の波が嘘のように凪ぐ。その間に、炎を練り上げ反撃のための刀を生み出す。
念の為、熱量をできるだけ節約して形を整える。もしこれが失敗した時、最後の奥の手をしっかり使えるように。
宙に浮いた炎の刀を背中側に配備し、死角を潰して攻撃を待っていたその時、パキッと薄氷を割る音が左側から聞こえた。
背中に配備していた刀を一気に振り、左側を薙ぎ払う。だが、手応えはなかった。その代わり、背中に熱い感覚が突き立てられる。
熱さが痛みへと変わり、ようやく事を把握した時にはもう手遅れだった。手が届かない背中を凍らせるには時間がかかるし、放置したままでは本格的に出血多量で死に至る。はっきり言って手詰まりだった。
「お馬鹿さんねぇ〜!幻覚っつったって幻を見せるだけが芸じゃないのォよ〜!もしかしてぇ?私の言うこと信じちゃった感じぃ?!ほんとに素直〜!か♡わ♡ゆ♡い♡幻聴だってお手の物なのにねぇ〜ん♡」
凍結処理が間に合わず、血を吐いて片膝をつく。それでも、必死にまだ消えていない刀を無造作に振り回す。当然のように刀は空を切り、炎の形を維持する体力すら失せて完全な無防備状態になる。
ようやく姿を現したオカマが、私の首元に小刀を這わせた。私は覚悟を決め、体内で炎の極大生成を始める。私に切り傷がつけられた瞬間、全身の傷口から溜め込んだ分の炎が全放出され、確実にこのオカマを焼き殺す。
自滅必至の自爆技ではあるが、私の命ひとつで二人を守れるなら安いものだと思う。刑部と春水、二人のことを思うと、なんでも出来るような気がした。
刑部はいつも私のことを可愛がってくれて、世話を焼いてくれた。お姉ちゃんがもし私にいたら、こんな風なのかなって考えたりもした。
春水は、なんだか言葉にできない。春水のことを考えると、ちょっと胸がキュって締め付けられる。苦しくはない、ただ、私がまだ知らない感覚。
(初めて生きていて欲しいって言われて、こんな私を認めてくれて、嬉しかった。短い間だったけど、あなたに救われたこの命。あなたのために使いたい。)
時間が短かったからこそ、人生の全てがそこにはあった。嬉しいも、楽しいも。私の宝物全部があなたと一緒にあった。だから、決して惜しくは無い。欲を言えば、もう少し、ほんのもう少しでいいから、そばにいたかった。
「諦めはついたようねぇ〜ん!まずは四肢を切り落として抵抗できなくしてあげましょうかぁ♡その後は...ムフフ♡もう楽しくなって来ちゃったわァ〜ん!」
振り上げられた小刀が、私に向かう。ただ、その凶刃が私に突き立てられることは無かった。刃が何かに弾かれ、キンと心地のいい音を響かせる。
「大丈夫...?じゃないよね優晏。待ってて、今助けるから。」
私は必死で堪えていた涙が決壊して、溢れ出してしまった。だって、こんなの夢みたいだったから。一番苦しくて、逃げ出してしまいたくて。そんな助けを願った時に、助けに来て欲しい人が来てくれたのだから。
小刀を弾いたのは、私をまた救いに来てくれたのは、そこに立っていたのは。紛れもない、春水本人だった。




