辿り着いた糸
風は地から空へと上がり、太陽を微量ながらも押し返す。春水は全身全霊を持って、かぐやの背後にピッタリと抱きついて片腕を腰に支え、片腕でかぐやと同じように天を衝く。
奇しくもそれは、かつての光景とは真逆の形。からくり歌舞伎の舞台とは前後が入れ替わり、今度は春水が支える側となってかぐやに強く寄り添う。
「春水...?!ダメです....!このままじゃ...みんな死んじゃうんですよ?!だからせめて...みんなには生きて欲しいって....!!どうして聞いてくれないんですか!!!!」
風は太陽を完全に押し返すには至らず、やはりどうしようもない現実として日輪はここら一体を焼き尽くそうと襲いかかる。
けれど、春水の表情はどこか晴れやかだ。にっこりと笑みを浮かべ、汗をダラダラ流しながら、彼は風の出力を限界まで引き上げる。
「.......生きろって......!!言ったじゃないか.....!!僕は....みんなのいない世界で、かぐやのいない世界でなんて生きていたくない!!誰かが欠けた世界でなんか生きていたくないんだよ!!!!!だから....死んでも守る!!!!!!!」
かぐやはその必死な横顔に、何だか無性に嬉しくなってしまう。こんな状況なのに、そんな必死な彼がどうしようもなく愛おしく思えてしまう。
誰かを捨てる覚悟、どちらかを選ぶ強さ。そんなものをかなぐり捨てて、彼はただ自分の感情のみに従った。
最低最悪の愚行。家族の全員を危険に晒す、頭の足りない蛮行。だが、それは結果だけが示すこと。
どれだけ馬鹿げた行いだとしても、愚行かどうかは結果が示す。春水は迷って迷って迷って、最後に走り出す道を選んだ。
その選択に、その他のメンバーが力なく笑う。方や呆れ半分、方やどうしようもなさ半分。そうだとしても、彼がそうすると決めたのなら。
「全く...春水ならそうすると思ってたわよ。刑部!冷却お願い。熱部分だけでも、私が抑えるわ。」
そう言って優晏は術式を発動。太陽の熱を奪い続け、その膨大な熱量を刑部が何体にも分身して術を掛け続けることで冷却。
出来るだけ春水とかぐやの負担を減らし、すぐさまこの場を切り抜けられるように気張って太陽を睨みつける。
「優晏さん....!ありがとうっ.....ございますっ...!!」
「いいのっ...!私も.....かぐやを置いて逃げてたらきっと後悔してた.....!だから.....!そっちは任せた!花丸っ!」
黒い影がするりと移動し、メンバーが太陽の進行を押し止めている隙を狙って熱波の範囲から脱出。
それから影で刀を生成し、太陽を生み出したセーラー服の少女へと斬り掛かる。完全なる不意打ちに少女は慄いたが、ここは太陽のお膝元。
その圧倒的な光量に、影は硬度も持続時間もお粗末なものとなってしまう。影の刀は先の方から崩壊していき、少女へはあと一歩届かない。
「....ですが、これでいい。これこそが、私の狙いでしたので。」
セーラー服の少女には、全くと言っていいほど戦闘経験がない。今までは術式を発動するだけで大体が死んでいったし、それを身につけるほどの相手がいなかったからだ。
だからこそ、それ故に少女は判断を誤った。少女は花丸の刀を警戒し、反射的に自身の目の前へと極小の太陽を生成。花丸の追撃を阻止して、何とか身の安全を守った。
太陽は二つと存在してはいけない。彼女の術式では、生み出せる太陽の限界は一つ。花丸への追撃防止として一つ生み出してしまったせいで、事前に用意していた太陽は消滅。
見事誰の犠牲も出ることなく、春水たちはギリギリ首の皮一枚命を繋ぐことに成功した。しかし、それを見て易々と納得してくれるほど、相手も一筋縄では行かない。
「....は?何それ意味分かんない。なんで誰も死んでないわけ?そんなキラキラした顔して、何が面白いの?こっちは何も面白くないんだけど?」
まるで苛立ちを隠そうとしない態度で、少女は自分の爪を噛み始めた。その間に春水たちは撤退準備を着々と進め、ハスミに近い人から一人づつワープゲートを潜り出す。
それを目視した少女は、真っ先に自分の近くにいた花丸へと極小の太陽を向かわせる。そのスピードは油断出来ないほどには早く、下手をすれば花丸でも当たってしまうかもしれない危険性があった。
ただそんな猛攻の中を、花丸は冷や汗ひとつかかずに引っ張られていく。花丸を引っ張っているものの正体、それは絹の糸で。
「ん....命綱....。花丸は貰っていくよ...それじゃあね。」
花丸の胴体には絹の糸で編まれた命綱が括り付けられており、絹がそれを引っ張ることで花丸も撤退。絹がゲートを潜って少しした後、糸に続いて花丸も同じようにゲートを通過。
この時点で既に、ハスミ以外は全員ゲートを潜り終えていた。後はハスミがゲートを潜り、術式を終了させれば撤退は完了する。
結果だけ見れば、しっぽを巻いて逃げたということになるのだが、春水たちは誰一人として被害を出していない。
「普通に気分悪いんだけど?なんで私ばっかりこんな不幸な気持ちになってるわけ?アンタらも不幸にならなきゃおかしくない?ねぇ?どういう事本当に?」
少女は最後残ったハスミに向けて、イライラを思いっきりぶつける。そんな少女を見て、ハスミはハッと鼻を鳴らし、捨て台詞を残してワープゲートを抜けて行った。
「おかしいのはアンタっすよ。人殺しが自分の思い通りにならないからって喚くなっす。」
ハスミの術式が終了し、春水一行は常陸国にある春水の実家へと転移。越後からは相当の距離を離して、何とか危機を乗り越えることに成功する。
一息ついた途端、それぞれがどっと息を吐き出して、地面に倒れ込んでしまう。無理もない。大した準備も無しに、いきなり襲撃され命の危険に晒されたのだ。
奇跡的な確率で何とか全員が生き延びられたとは言え、誰が死んでいてもおかしくなかった状況。
疲労と心労がドバっと溢れ出し、自然と全員が寝室へ向かう。そうしてまるで気絶するかのように、布団の中へと沈んで行った。
そんな中、織だけがたった一人、高揚抑えきれぬせいか中々眠りにつくことができない。織は寝室をこっそりと抜け出して、夜の庭で一人空へと向かってガッツポーズを披露する。
(やっっっっっった!!!!いける....これなら.....!!ここで誰も死ななかったなら......!!!しゅんすいがあんな事にならずに済むかもしれない.....!)
何度も何度も織り直しては、解いていった因果の糸。もう何度目かさえも分からないほどにやり直しを続けて、彼女はようやく望みの因果を手繰り寄せた。
織は見た。仲間が次々と死んでいく光景を。彼女は見た。見渡す限りの荒野と、そこに一人失意のまま、呆然とする春水の姿を。
二度と見たくないと思っては、繰り返し繰り返し続いていく地獄。そんな周回の輪から、ようやく脱出できたのだと、彼女は心の底から安堵した。
ただそれでも、織にとって一番の懸念点が未だに残っている。天津甕星。あらゆる生命にとっての天敵、この星を終わらせに来た終末装置。
いわば春水の体に潜む時限爆弾のようなもの。それでも、ようやく手繰り寄せた最高の道筋。決してこの道を脱落するまいと、織は決心を固めた。
「しゅんすいに....誰の死も見せない....。もう誰も...殺させない....。」




