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ハスミが術式の発動を終え、とにかく現状から離脱出来るようにワープゲートを生成。それから太陽を抑え続けるかぐやを見て、ハスミは思わず目を伏せた。
「っ....!準備は....出来たっす。」
「そう.....良かった.....。」
かぐやは大粒の汗をいくつも流して、脇目も振らず天へと両腕を掲げ続ける。チリチリと魂の焼け焦げる音が微かに聞こえ、春水は一層顔を歪ませる。
「待って...いや、かぐやも一緒に....!何とかなるって...!僕が何とかするからっ....!!!」
「.....春水、かぐやの覚悟を無駄にしないで。」
優晏が春水の手を引き、ハスミの方へと手繰り寄せる。そんな優晏の表情もまた、これ以上なく歪んでいて。
そんな自分と同じ顔をした相手に、春水は何も言えなくなった。痛いほど、彼女が何を考えているか春水には分かっているから。
助けられるのなら、全力で助けた。自分の命一つで救えるのなら、全霊で救った。けれど、そうはなってくれない。
ここでかぐやを助けようとすれば、かぐやの覚悟は無駄になるし、結局みんな犬死にになってしまう。
(そんなこと....そんなこと分かってるんだよ.....!!分かってても.....クソッ!!!)
選ぶ強さ。捨てる強さ。それを春水は、持ち合わせていたはずだった。なのに、どうしても足が地面から離れない。
そんな春水の右手を、急かすように優晏が引く。時間の猶予は無い。春水は考える余裕も無い中、ただじっと焼かれていくかぐやを見つめ優晏の手を解く。
時間は止まらない。時は戻らない。春水は結局、どうする事もできない。その、はずだった。
春水の左手に、小さな手のひらが握られる。それは紛れもなく、先程までボロボロの傷を負っていた織で。
織は傷もまだ治りかけのまま、春水の手を強く握りしめる。その温かさに、春水は幾ばくかの心強さを覚えた。
「織.....僕は.......僕は.......っ!」
「いいの、だいじょうぶ。わたしも...かぐやにはいなくなってほしくないから。だから、おねえちゃん....がんばる.....!!!!」
織はそう言って、全神経を集中させて術式を発動させる。その多大なエネルギーの放出に血管は破れ、体のあちこちから流血。
体がひしゃげてしまうほどの圧力が全身に加えられ、それでもと、織はかぐやを目視し続ける。
春水はそんな織の手を握り続け、隣の小さな家族を信頼した。そんなことしか、彼には出来なかったから。
『天衣無法』。この世には絶対など存在しないと、そう声高に叫ぶ術式。ただ刹那、ただ一瞬。時空は歪み、世界は形を変える。
「っっはっ....!はっ...はっ....はっ....はっ....。」
織はその場に倒れ込み、何やら頭を抱えて地面に蹲った。春水はそれを見てすぐさま織に声を掛けようとしたが、それより先に視界の違和感に気づく。
「.....織と僕以外...誰も動いてない....?」
「...わたしが.....時間を止めた...........。だから、選んで。かぐやを救うか、見捨てるか。」
「織.......?」
大人びたと言うよりかは、どこか擦れてしまった感じの織が春水へともたれ掛かり声を掛ける。
織は時間を止めた。確かに、太陽もかぐやも動くことは出来ず、不可侵の状況が生み出されたことは事実だろう。
だが、本当にただそれだけ。時間が止まり、その止まったという意識だけが取り残されているのみに過ぎない。
「わたしも...もう動けない。だから、今決めて。しゅんすいが.......決めて。」
何度も何度も、繰り返し失ってきた目だった。絶望に浸されて、諦観に全身を巻取られているみたいな瞳。
そんな冷たい瞳を見て、春水は尚のこと恐ろしくなった。決断しなければいけない。ここで、誰が死に誰が生きるかを、自分で決めねばならない。
《いやいや。かぐやちゃん一択だよねこれ?キミの正妻なんでしょ?》
「ミカっ........!そうだ!力を貸してくれ!ミカの隕石なら、あの太陽を相殺するぐらいわけないでしょ?!」
《ん〜。多分だけど、今からじゃ遅すぎるかな。キミがダッシュでかぐやちゃんを連れて駆け抜けた方がまだ可能性はあるね。》
そんな風にミカと会話する春水を、織は心底腹立たしそうに睨みつける。動けないながらも今にも噛み付いてきそうな視線は、春水でさえも一瞬怯えてしまうほどだった。
「..........天津甕星ッ.........!」
《お〜。こわこわ、ボクあの子になんかしたっけねぇ....?特に覚えは無いんだけど...ま、今はそれどころじゃないか。》
春水は一刻を争う状況に整理が追いつかず、一旦織の怒りについては保留にしておいた。ミカの言う通り、今はそれどころでは無い。
与えられた猶予はもう短い。春水は天を仰ぎ見て、あらゆるものを天秤にかける。かぐやか、それ以外か。
数だけで言えば答えは明白だ。だが、そんな簡単に切り捨てられるのならここまで悩んではいない。
「織....仮にだけど...僕がかぐやを助けた場合、ほかのみんなはどうなると思う。」
「......焼け死ぬ。一人残らず....みんな死んじゃう。」
まるで見てきたかのような断定的な物言いに、春水は一瞬違和感を覚えた。しかしこの状況、希望的観測で物事を進める訳にも行かないというのもまた事実。
最悪を想定し、春水はため息を吐き出した。地獄のような二者択一。どちらを取っても後悔しか残らない、不幸を選ぶだけの選択。
「選んで。それが、しゅんすいの選択なら...。わたしは何も言わない。」
《選びなよ。キミにとって、誰が大事で誰が要らないか。それを、私に見せてくれ。》
家族に優劣をつけること。愛の大きさに、順序をつけること。そうしろと、誰もが春水に責め立てる。
二つは持てぬと、どちらか一方は捨て置けと。捨てる覚悟、選ぶ強さを持って、春水は心を決めた。
思い出されるのは、朝日に照らされる笑顔。彼女と交わした初めてのキス。落ちて行く中で向こうに溶けていく闇夜。
あれもこれも、全部が美しい宝物。何一つだって捨てることの出来ない、かけがえのない思い出たち。
初めて出会った時、こっそり屋敷を抜け出して危ない目に合った時、あの黒くて艶のある髪が、いつもそこにはあって。
(あぁ.....選ぶのか、僕は。選ばなきゃ...いけないのか。)
「......ぁ。そうだ、生きろって.....。かぐやが....。」
生きろと。そう言われたのなら、やらねばならないことがある。何がなんでも、叶えなければならない夢がある。
ずっと前から、そう心に決めていたはずだった。春水が持つ、たった一つの行動原理。
寂しかった。暗がりの冷たい森は、孤独でぎっしりの瓶詰めのようで。だから彼は何よりも、他人の温もりを求めたんだ。
それこそが彼の原点。誰かに愛されたいと、誰かに寄り添いたいと。それはエゴに塗れた善意で、きっと正しい想いなんかじゃ微塵も無いのだろう。
それでも、そのエゴに救われるものがあったなら。偽物で自分勝手な救済に、愛を感じてくれるのだとすれば。
それだけが走り出す理由で。それだけを、彼はひたすらに求めていた。だからこそ、彼はもう迷わない。
決意は固まった。あとはただ、一歩を踏み出すだけだ。春水は自分勝手に、大きすぎるエゴを振りかざす。
それはともすれば、はた迷惑な利己主義者に見えるかもしれない。だが、その自分勝手さこそ、英雄としては相応しい。
「僕は........。」
時間は再び歩み出す。眼前には轟々と燃える太陽。ジリジリと照らす破滅。華奢で白い指は、誰かのためにとその炎を抑え込む。
春水は大きく息を吸い込んだ。そうして、獣のように想いを上げる。自分の欲求を、世界に叫ぶかのように。




