焼け焦げる愛に
「ぁ........やめて!!!!!!!やめて.....ください...........。」
本当に、自分自身でさえ呆れ返ってしまいそうなほど情けない声で、彼女はセーラー服の少女に土下座をした。
実力では適うわけもない相手。力押しでも、ましてや知恵比べでさえ活路が見いだせない。そんな彼女が唯一選択できたのは、みっともなく頭を下げることだけ。
自分へ向けられた狂気であれば、いくらだって耐えられた。それなのに、その狂気の矛先が仲間に向いた途端、彼女は急にとてつもなく恐ろしく感じてしまう。
姉としての優しさ。仲間を思う気持ちが、彼女の膝をいとも容易く折る。プライドも、尊厳も、その矜恃でさえも。全てかなぐり捨てて、織は仲間全員を助ける道を選んだ。
倭国大乱において、言わば眼前に居るセーラー服の少女と、蝦夷で織が会敵した聖女とは同格の存在。
単身で大駒相手に勝負を仕掛け、あまつさえ地に身体を伏して許しを乞うなど、もはや自殺と何ら変わりない。
それでも、そんなみっともない行動がほんの一瞬、セーラー服の少女の視線を織へと戻させ注意を奪う。
嘲るためか、それとも罵るためか。何にせよ、セーラー服の少女は織の方を振り返って攻撃を放とうとする手を止めた。
その刹那こそ、何より彼女の求めたものだった。織は大きく声を張り上げ、決死の賭けに出る。
「みんなあああああああああ!!!!!!にげてえええええええええええ!!!!!!!」
声を出した瞬間、少女のスカートはくるりと翻され、そこから伸びる足が織の顔面を襲う。織は数メートル後方に吹き飛んで、今度は仰向けになって地面へと倒れ込んだ。
(わたしのこえ....とどいたかな...。とどいたんなら...あとは時間をかせぐだけ....っ!)
「きーめーた!やっぱりおチビちゃんをボコボコにする方針でいくね!ボロ屑になったお姉ちゃんの死体を見ちゃったら、弟妹ちゃんたちも不幸になるもんね。」
極小の太陽を消失させて、少女は織を足で弄ぶ。しかし、あくまで術式を使った攻撃ではなく生身の脚撃。
そこまで深手となるダメージを与えるものでは無い。だが、反撃できるほどの余裕を与えることはしなかった。
着実に悪意を持って、ゆっくり嬲るように。少女は織をボロ雑巾へと変えていく。織はただ蹲って、何とかダメージを最小限に抑えようと必死だ。
暫くは織を楽しそうにいたぶっていた少女も、段々と飽きてきたのか、それとも冷静になったのか。無表情になって、作業のように足を動かし始める。
それから少女はため息でもつくみたいに、ぽつりぽつりと言葉を吐き出した。
「何にも怖くない...ただ綺麗で、滅茶苦茶で、私の思い通りになる世界。でも、ずっと醒めない悪夢。」
「意味が分からないって顔...。でも、それでいいの。だって今のおチビちゃんは、私をちゃんと見てくれてるでしょう?前の世界じゃ、誰も私の事なんか見てくれなかったから。」
自分勝手に言葉を吐き捨てて、少女はボロ屑になり反撃を繰り出せる余裕も無くなった織を掴み上げる。
それから再び太陽を生成。少女はトドメと言わんばかりに、その小さな炎熱の塊を織へと向かわせた。
太陽はあらゆるものを焼き、肌を炭へ変え、美しい紫紺の髪さえ蒸発させる。されど結局、太陽は虚空へと走り織を焼くことは無い。
吹き抜けるは一陣の風、翼、星の瞬き。ボロボロだった織を後方からスルッと奪い取り、春水が安全な所まで避難させる。
「ごめん織、遅れた。」
「しゅんすい....!あの子が....ここをもやしたの!」
少ない言葉ではあったが、その必死さと状況から春水はあらかたを推察。越後を焦土に変えた犯人と織をこんなにした犯人が同一であり、目の前の女であると判断。
脳みそがはち切れそうな怒りを露わにして、春水は優しく抱えていた織を地面に降ろす。すると次第に春水以外の仲間たちも続々現れ、一気に全員集合の形になった。
「刑部は織の回復。それ以外は下がってて。こいつは...僕が殺す。」
風が唸り、空気が一変。怒りと殺意が混じり合った純度百パーセントの目線が、ビリビリと少女へ向けられる。
春水は城へ行って季武から調達しておいた刀を抜き、久々に握った柄の感触を確かめて力を流す。
(腕の延長、刀も体の一部と考える。血管の中を血が巡るように...刀身にも『借煌』の力が行き渡れば....!)
鉄の冷たさがギラギラと煌めく。『借煌』を纏った刀は威力と硬度を有り得ないほど上昇させ、少女の首などいとも容易く掻き切れる代物へと変貌した。
「そこのおチビちゃんの弟くん?え〜助けに来たんだ〜?かっこいいね〜。」
「【血界侵蝕】『遺風残香蛍明標』」
相手のヘラヘラした態度にイラつきを隠さないまま、春水は淡々と血界を発動。それから『魔纏狼・纏身憑夜鬽・改』も加えて発動し、万全の状態にて少女を屠ろうと試みる。
「...いいね、その目。私のことしか見えてないって目!嬉しいなぁ〜!うん、弟くん!名前教えて?」
「黙れ、死ね。」
春水は相手と自分の間に真空空間を生み出し、空気をその真空へ流れ込むように誘導。両者がグイッと空気に引っ張られ、凄まじい速度で互いの距離が縮まっていく。
それに春水は自ら加速して流れに乗り、刀を走らせる。引き寄せ、加速、抜刀。これらの要素が重なり合い、繰り出される一閃はもはや回避不能の速度を孕む。
銀の線は脇目も振らず少女の首へと向かう。しかし少女はまだ余裕綽々な表情を浮かべ、にっこりと微笑み自身の首元へ太陽を生成。
(.....っ?!鉄を瞬時に融解させる熱?!どうなってんだよこいつっ.....!!)
春水の刀だけを器用に溶かし、その後熱波を放って血界を割った。その光景に衝撃を受けながらも、春水は追撃を続行。
一歩相手へと踏み込んで拳を叩き込もうとするも、相手の周囲を飛び回る太陽にこれを阻まれやむ無く後方へ退避。攻めあぐねたまま、一旦作戦を練り直す。
「ん〜連れないなぁ...。でも、ちゃんと私を見てくれるその目!私、弟くんの事が気になっちゃった!....そうだ!周りにいる女の子全員殺せば〜もっと私のこと見てくれるかな?」
太陽が彼女の後方で静止する。それから小さな太陽はブルブルと震え始め、かつてないほどの膨張を開始した。
「私みたいに不幸になってね?『天照』」
本物の太陽と見紛うほどの明るさ。現在が夜だということを失念してしまいそうなほど、辺りは光に包まれる。
遥か上空に移された偽りの太陽。その姿が示すものは、紛うことなき破滅。春水一行は全員が空を見上げて、その大きさに唖然とした。
視界全てを埋め尽くす日輪。絶望より先に、呆然が全員の脳内を駆け巡る。馬鹿げた威力の馬鹿げた範囲、太陽がそのまま降ってきたのかと見紛う錯覚。
死を覚悟する暇もないまま、怒りも憎しみも忘れて、それぞれが立ち尽くすだけだった。そんな中、たった一人空へと手のひらを掲げる者が一人。
「こんなもの....こんなものが太陽?ふざけないでください。陽の光というのは、もっと優しくて...柔らかいものです......!それを天照などと....!!恥を知りなさい!!」
忘れない。絵画のようなあの朝日に光る水面を。夜を切り裂いていく柔らかな光が、どれだけ美しかったかを。
あの光は決して、人を害するものなどでは無い。そんなはずがないのだと、かぐやは声高に否定する。
「『偽典・陽光転月光』....っ!!!」
身に余る熱と光を、かぐやは呑み込んでいく。それが自身を壊すものと知っていて、彼女は精一杯の力で迫り来る太陽を吸収しようと試みた。
(.......あぁ、私...ここで死にますね。)
内心、あれだけ夢見た太陽に焼かれるなんて皮肉なものだ。と、毒づきながらかぐやはどこか他人事のように、体内から焦がしていく日輪を睨みつける。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。まだ、死にたくない。でも、春水が死ぬのだけはもっと嫌だったから。
とびっきりの無茶をして、かぐやは太陽の進行を抑え続ける。それから少しだけ、春水の方を振り返ってその表情を見た。
(心配そうな顔...。ふふ、何だか...嬉しい。)
「かぐやっ!!!!!あぁ...クソっ...!ハスミっ!!!逃げる!!術式っ!!!!」
そこでようやく我に帰った春水は、何とか頭を回してハスミに術式を発動させ、撤退する手筈を整える。
「かぐやっ!!!早く逃げるよ!!!!こっち来て!!!!」
「....ごめんなさい、無理です。」
「無理って....いいから早く!!!!」
「私が手を離したら、それだけで全員焼け死にます。だから....無理なんです。」
実際、今春水たちが生きているのは、かぐやが命を賭して太陽の進行を押し止めているからに過ぎない。
その阻害が無くなれば、かぐや諸元全員が太陽に押し潰されて焼け死ぬことになるのだろう。かぐやはそれをよく理解して、ある一つのこと以外全てを諦めた。
(最期に...何て言おうかな。愛してる?大好き?ううん、そういうのはきっと、春水の重荷になってしまう。本当は、ちょっとだけ重荷にもなりたかったけど。)
どこまで行っても、かぐやはかぐやだった。好きな人を独占したくて、好きな人に自分のためだけに患ってほしくて。好きな人に、抱きしめられたかった。
だけど、好きだから。何よりも誰よりも、大好きで愛していたから。余計に重荷には、なりたくなかった。なっちゃいけないと思った。
(....うん。幸せになってとは...言えない....。私が死んだら、春水はきっと傷ついて、幸せの欠片をほんの少しだけ無くしてしまう。だから....私にはそれを言う資格なんてない。でも...それでもどうか....。)
「生きて、春水。」
あなたに初めて恋をした。とびきり甘くて、暖かい朝日みたいな初恋。その終わりが、暗がりに生きてるだけだった私が、こんな幸せな終わりでいいのかしら。
恋に落ちた時の笑顔で、かぐやは笑った。春水はその表情に手を伸ばす。決して届くことの無い、何よりも自分を愛してくれている笑顔に。




