破壊欲求
「城下町に戻る訳にもいかないし...確か近くにまだ被害を受けてない村があったはずだから、そこに泊まろっか。」
春水は懊悩を噛み殺す。それからなんでもないことかのように軽く笑顔を作り、くるっと村の方へと体を向ける。
絹はその痛々しい笑顔に、申し訳なさを感じずにはいられなかった。でも、ここで謝れば春水の気遣いを無駄にしてしまうことになるから。
彼女はグッと腰に力を入れて、二本の足でしっかりと彼の後ろを着いていく。それに続いて、その他のメンバーも春水の背後を追った。
上辺だけ取り繕ったような会話たちは、酷く時間を長く感じさせる。近くの村へ着くまでの間、春水一行はそんな取り留めのないような言葉しか交わせなかった。
それから宿について、春水は何とか八部屋の確保に成功。それぞれが一人一人個別の部屋に入っていき、深く布団へと沈み込む。
「.....しっかりしなきゃな、わたし...!」
誰もいない個室の部屋で、織はそう呟いて頬を叩く。パチンと音が鳴り響き、その音と痛みで彼女は心をキュッと引き締めた。
誰もが陰鬱な空気感になってしまっている今、自分がその空気を入れ替えなければと、織はあれこれ色々な事を考える。
誰よりも小さな体で、誰よりも小さなその掌で。それでも、自分に出来る事がまだあるはずだと、彼女は全力で頭を捻った。
けれど、散々考えた末に出た結果は酷いもので。力が無い、能力が無い、頭の良さもない。誰よりも足を引っ張っているのは、もしかして自分なんじゃないのか。
刑部はサポートとして優秀で、優晏と花丸は凄まじい戦闘能力を持つ。かぐやだって高出力の閃光を繰り出せるし、絹は戦闘以外にも家事や金策が出来る。そうして最近仲間に加わったハスミは、移動手段としてすこぶる都合がいい。
(それで...わたしは....?わたしは...なにができるの.....?)
戦闘力は優晏と花丸の劣化。かと言ってサポートができるわけでも、戦闘以外で何か秀でているものがある訳でもない。
言葉を選ばずに形容するとしたら、完全なお荷物。憂鬱な空気感のせいで、無意識のうちに彼女までもが弱気になっていた。
思考がどん詰まりへと向かっていく。みんなのためになる事を考えていたはずなのに、いつの間にか夜が耽けるにつれ、自分のダメなところばかりを考えてしまうようになる。
「わたしは....みんなの......おねえちゃんなのに。ちゃんと、おねえちゃんやれてるのかな....。」
織は不意に扉を開けて、外へと夜の散歩に赴いた。誰もが寝静まった深夜、閑散とした村は明かり一つ無く彼女を夜の帳に包み込む。
ぼーっと眺める夜空は曇りで、星さえ見えやしない。織はただ、鬱屈とした気分をどこかへ捨て去ってしまいたくて、走り出した。
情けなかった。誰よりも弱っちい癖に、一丁前に悩んでグズグズしてる自分が。おねえちゃんなんて選ぶってる癖に、本当は助けられてばっかりの自分が。
絹が石を投げられたと聞いた時、織は一瞬思ってしまった。人間なんて、いなくなっちゃえばいいのにと。
そうしてそれを思った次の瞬間、彼女は自分の考えがどれだけ愚かだったかを悟り、自身への苛立ちが止まらなくなった。
(しゅんすいだって...かぐやだって人間なのに....!!ほかにも...わるい人じゃない人間だってたくさんいるのに.....!!わたし....わたしダメな子だ.....!!!)
誰もが押し止めている感情。思っていても、口に出すことは無い人間への怒り。織はそれを、自分だけが持っている浅ましいものだと勘違いしてしまう。
走って、走って、走って。もう体力の限界まで来たところで、織は地面に倒れ込み天を仰ぎ見る。
相変わらずの曇り空。風は無く静かな空間は、彼女に世界が止まってしまったかのような錯覚を覚えさせた。
「....いっその事、ほんとうにこのまま止まっちゃえばいいのに。」
世界の全てが静止する。そんな事は、絶対に有り得ることの無い事象だ。不可能で不可侵な、世界の絶対的なルール。
だからこそ、時は残酷に流れ行く。織は大きなため息をついて、とぼとぼと宿に帰ろうとした。
しかし、その時になって初めて彼女は気づく。自身の視線の先、宿へと向かう道中に女の人が一人立っている事を。
「この夜が明けなきゃいいのにって思っちゃうの、なんかすっごい分かるな〜。」
先程までの織の呟きを聞いていたのか、女は織に同調しつつ、うんうんと頭を上下に揺らして頷いた。
織はそんな女を見て、何だかゾッと背筋を這うような寒気を覚える。相手はただの人間なはずなのに、醸し出す異様な雰囲気が場を飲み込む。
スカートを靡かせ、セーラーのリボンがふわっと揺れる。女は織の前で無防備に掌を空へと向け、気持ち悪いくらいにっこり優しく笑った。
「朝ってキモイくらい明るいから嫌いだったの。でもね、今はなんとなく好きなんだ〜。だって、これでみんなを不幸にできちゃうんだから。『天照』。」
セーラー服の少女の掌に生み出されたのは、小さな小さな光の玉。だがその光の玉は、急速に膨れ上がるようにして大きさのその明かりを増していく。
そうして気づけば、小さかった光の玉はそれなりの大きさを持って煌々と紅の輝きを放つ。その様は正に、織の持つ生き物としての本能に訴えかけた。
逃げろと。ただ何も考えること無く、ひたすら遠くへ逃げろと。脳みその全てが危険信号を大音量で放ち、織は汗が止まらなくなる。
極小の太陽から発せられるエネルギーは近づくだけで熱波の影響を受け、今までの見てきた焦土を生み出した犯人は眼前の女の子なのだと、織は直感で理解した。
(わたし一人で何とかできるあいてじゃない....!はやく...はやくにげないと...!!)
織は必死で逃走経路を模索する。しかし、宿へ行き春水たちと合流するためには眼前の少女を掻い潜って行かねばならないし、そもそも逆方向に逃げるなどもってのほか。
宿で休息を取っている春水たちの虚を突いて、強襲されるリスクを織は見逃せない。故にこの状況、織は単独で敵を迎え撃つことを強いられる。
相手は越後を散々荒し回り、豊かな土地を焼け野原に変えた化け物。尚更、織には荷の重すぎる相手だ。
つい先程まで、彼女は自身の無力さを嘆いていたのに。織は呼吸を深く整え、最善を尽くせるよう脳みそを回す。
(.....くるしい気持ちは、あとまわし。今は...ただ、みんなの事だけを考える.....!)
弱さも、不甲斐なさも。それら全てをグッと呑み込んで、彼女は姉としての矜恃を持って敵へと向かう。
「...へぇ、逃げないんだ〜。私のこれを見たらみんな逃げてくのに〜。でも逃げないって事は、強いの?おチビちゃん?」
小型の太陽をぐるぐると回転させて、余裕綽々と言った風に女は織へと問いを投げかける。そんな問いに、彼女は硬い表情のまま答えた。
「つよくなくても...引けないの....。だって、わたしはみんなの...おねえちゃんだから.....!!」
「あっそ。こんなこと聞いちゃったけど、ぶっちゃけどうでもい〜!でも...そうだ!おチビちゃんが不幸になるやり方、思いついちゃった〜。」
女の子はくるりと身を翻して、織に背を向け宿の方へと太陽を傾ける。太陽は胎動を始めたかのようにドクンドクンと脈打ち、次第に大きさと熱を増していく。
それは、日輪と見紛うほどに湧き上がる熱。少女はそれを天へと掲げ、宿の方へとしっかり照準を定めた。
「おチビちゃんには守りたいものがあるんだよね〜?じゃあ、そっちから壊すね?よ〜し、みんな不幸になぁれ〜!!」




