世界の形
情報共有も終わり、春水は城を後にして季武と別れた。決定したのは少女の殺害方法と時間帯。
夜襲をかけて暗殺。おおよそ武士の戦い方とは言えないが、高火力持ちの相手に正面戦闘ではあまりにハイリスクが過ぎる。
そこで唯一の問題点として、相手の居所が未だ補足できていないという粗が浮上した。だが、その点は季武が独自に調査を進めていくということで決定。
春水は仲間を連れず、季武との二人による暗殺を了承した。故に、季武が相手を補足するまでの自由時間が生まれ、彼はゆったりとする時間を確保する。
(季武さんなら最長でも一週間ってところかな...。それまでは、ゆっくり過ごしたい。)
「......疲れた。」
不意に、零れてしまった一言だった。それは肉体的なものと精神的なもの、その両方が重ね合わされた疲労から来る代物で。
彼には、もう落ち着ける時間がないのだ。それどころか、逆に空白の時間が多ければ多いほど悪いことばかり考えてしまう。
母の死、行方不明の妹、人ともののけの対立、家族の未来。現実を一歩一歩進んでいく事に、幸せの遠さを実感する。
そんなどうしようも無いことばかりを頭に詰め込みながら、春水はみんなとの集合場所付近まで来ていた。
彼はみんなと別れてから、まだ二時間ちょっとしか経っていない。約束の集合時間まではあと一時間。
どう時間を潰そうかと迷っていた時、彼はふらっと甘味処の看板が目に入った。よく鼻を効かせてみれば、ほんのり甘塩っぱいみたらしの匂いがする。
その香りに惹かれて、春水は暖簾を潜り店の中へと入った。そうしてお茶が運ばれてきた時、みたらし団子を三本注文。
寂れてやや活気のない店内は、春水以外のお客がたった一人しかいない。それも、なんだか異様な雰囲気の服装をした男。
(和服じゃない...なんだろこの服....。見覚えがあるような....無いような....?)
黒で固めの生地に、金に光る七つのボタン。水夫のような学ランを羽織った男が、春水のすぐ隣でごま団子を頬張っていた。
「ん?この店に客なんて珍しいな。アンタ、旅人かなんかか?」
「まあ...そんな感じかな。そっちは地元の人?にしては変わった服してるけど。」
(アイヌの人も和服っぽくない変わった服だったし...ハスミもヒラヒラの服だしな...。この人も、どっかの伝統衣装を着てるだけかな。)
「俺もアンタと一緒で旅人さ。服に関しちゃ触れないでくれ.....どうも、和服はコスプレ感強くてなぁ....。」
ボソッと男は呟く。その時に丁度店員さんがみたらし団子を運んできたので、春水はその呟きを聞き取ることが出来ない。
春水は運ばれてきたみたらし団子を手に取って、鼻腔をくすぐる香りに誘われながら口の中へと団子を放り込んだ。
その程よい甘さと、背後に隠れる微かなしょっぱさが絶妙なバランスで成り立ち、春水は一瞬の間、みたらしの感動に脳を揺らされる。
続いて団子の食感。もちもちとしているのは当然の事ながら、みたらしへといい具合に引き際を与えている。
どれだけ素晴らしい感動も、過剰であれば嫌になってしまうもの。味の濃いみたらしを口に残し過ぎないよう、薄味の団子は口の中を整えてくれた。
「どうやら、趣味が合うみたいだな。みたらしが良くできてる店ってのはレベルが高いっつーのが俺の中のテンプレだ。ここの団子はどれも美味い。時間と金があるなら、ごまもオススメだぜ?」
男は嬉しそうなしたり顔で、春水へと視線を向けた。それから残りの団子を全て平らげ、春水より一足先に店を出る。
「全く...アイツもそろそろ見境が無くなってくる頃だしな...。この店ぐらいは、焼かないで欲しいもんだよ。」
誰にも聞こえないように吐き出された愚痴は、重く空にのしかかる雲へと消えていく。そうして本当に客が居なくなった客席にて、春水は追加注文を終えごま団子まで平らげる。
小腹も満たされ、時刻は丁度集合時間の五分前。春水は甘味で多少スッキリした頭のまま店を出て、集合場所でみんなを待った。
すると小物探しのメンバーである優晏、かぐや、織、ハスミは既に集合地点に到着していたが、その他の三人の姿は見えない。
刑部、花丸、絹の三人は結局、約束の時間になっても姿を現すことは無かった。そうして全員が心配を初めてから十分後、刑部一人がバツの悪そうな顔で集合地点に顔を出す。
その表情は暗く、ただ遅刻をしただけという訳では無さそうな淀んだものを感じさせる。春水はそんな彼女に、恐る恐る心配の声をかけた。
「刑部....?何があったの?他の二人はどこ......?」
「....城下町の外に出てもらってる。うちも本体は、花丸ちゃんと絹ちゃんと一緒におるんよぉ。」
「そっか....。じゃあとにかく、僕らも町から離れよっか。」
春水は何も聞かずに、刑部の案内を受けて城下町を後にする。そうして少し離れた外れの空き地に、刑部と花丸と絹が居た。
絹の手には、血が滲んだ布切れが強く握られている。それを確認するなり、織は絹の方へと飛びつきに行く。
「どうしたの?!その血...きぬのなの.......?」
「........うん。」
絹はそれっきり、何も言わない。ただ俯くだけで、じっと自分の血を拭った布切れだけを見つめている。
それに痺れを切らした優晏が、刑部に何があったのかを尋ねた。すると刑部は、重々しい口をゆっくりと開いて、自分たちの身に何があったのかを語り始める。
「単純な話やけどなぁ。ちょっと強い風が吹いて、一瞬絹ちゃんのローブが浮いたんよぉ。本当に...ただそれだけ。」
刑部は耳を隠せばパッと見、もののけだと思われることは無い。それは花丸も同様で、彼女は殆ど人間と同じ見た目と言っても障りないだろう。
では、絹はどうなのか。大きすぎる身長と長めの触覚、それに格納していたとしてもやや背中に浮き出る翅。一目でもののけだと判別のつく見た目だ。
絹は自身がもののけだということが現地の住民に露呈し、石を投げられそれが頭部に被弾。軽傷ではあるものの、出血をするぐらいにはダメージを負った。
けれど、重要なのは受けたダメージの方じゃない。人間の悪意に晒され、迫害の視線を受けたことの方が、彼女にとってはよっぽど辛いものとなる。
「....もののけは、死ねって。......子供に言われた。」
布を握る絹の手に、より一層力が込められる。思い出されるのは、飛んでくる石と罵声と、それから憎しみの視線。
涙目の子供が、本気で石を投げてくる。怒号を上げながら、親の仇をと向かってくる。それが何より、恐ろしく思えた。
実力的に考えるなら、彼女らにとって町の住民など何ら脅威にさえならないはずだった。それでも、純粋な憎しみをぶつけられれば、少なからず戸惑う部分は生まれる。
「....ねぇ、春水。.......ボクたちって、生まれてこない方が....良かったのかな。」
倭国大乱の平定。春水たちが行っている行為の、はるか果てにあるもの。それが、もののけの絶滅だとしたら。
春水は何も言えずに、俯く絹の頭を抱き抱える。そうして真っ黒な瞳で、春水は自分の行先をぐるぐると考えた。
(家族が大事だ。何に変えても守りたい。この幸せを手離したくない。そう、その想いが一番のはずだ。それなら....何のために、僕はこんなことを今しているんだ?倭国大乱を治めて...それで?)
屋敷での日々は、確実に彼を善へと導いた。弱者を救済し、命をかけて任務を遂行する。それこそが、大義であると胸に刻むほどに。
だが現実を直視する度に、その善は形を変えていく。救うべき弱者である人々、救いたい家族であるもののけ。
(絹に石を投げた子供だって....きっと親をもののけに殺されたんだろう。ありふれた話だ...その気持ちも......理解出来る.....。理解はできる.....のに。)
どうしようもなく、春水は怒っていた。家族を傷つけられ、その血を見ただけで飛び出して行きたくなった。
でもその怒りには、どこにも行き場所なんてない。石を投げた子供にぶつければいいのか、罵声を浴びせた住民を皆殺しにすればいいのか。
その全てが否だ。春水は人間の痛みを知っている。屋敷で任務をこなす間、野良のもののけがどれだけ人間を襲っているかを理解している。
親を無くした子供、子供を無くした親。妻を失った夫、友人を失った誰か。細々とした悲劇に関わり続けた彼は、人間の痛みともののけの痛みをどちらも見知ってしまった。
「.......クソが。」
選択は常に迫られる。人か、もののけか。心がブレていくにつれ、どちらもと手を取り合うなんて綺麗事を、彼は突き通せなくなる。




