映画は好きかい?
越後の青々と広がる緑地の平原の中、二人の人物が向かい合って話を始める。その二人の距離は若干離れていて、互いが相手の射程範囲を測っているようでもあった。
「....何が目的なの。もののけじゃ無い君が、倭国大乱に加担するなんて無いはずだ。」
「ん〜。まあぶっちゃけ、ノリ?お狐さんに頼まれたってのもあんだけど...結局は暴れたいってのが本音かなぁ...。」
学ラン姿の少年と、弓を携えている季武が睨み合う。彼女は越後に一人派遣されてからというもの、まずは敵情視察に務めた。
そもそも、彼女は白兵戦に向いていない。暗殺やサポート、あくまで裏方の立ち回りが彼女の得意とする戦法である。
しかし、倭国大乱により人手が足りない今、季武は一人で越後の攻略に挑まねばならなかった。
故に、彼女はその時間の多くを敵情視察に費やし、ゆっくりとではあるものの確実に相手を屠るための準備を積み重ねた。
(もう一人の方...おそらく本命の女の子の方の調査は終わった。けど、こっちの方はまだまだ謎が多い....。)
倭国大乱を起こし、各地に点在している主要な敵は、基本ツーマンセルという事が既に情報共有されている。
季武はそのうち、本命と思しき力を持ったセーラー服の女の子の性能は十分に調査を終得ることができた。だが、現在相対している方は全くの未知数。
もはや不気味と言っていいほどに、学ラン姿の少年は一切しっぽを季武に見せることが無かった。
「あんま難しく考えなくたっていいぜ?悪役なんてのは、馬鹿で陳腐なもんなのさ。悪のカリスマなんて、テンプレすぎて笑っちゃうね。だがそうだな...あえて言うなら、車を追っかける犬か?」
「....?どういう意味?」
「気にすんな、イカれたピエロが町をぐちゃぐちゃにするだけの映画の話さ。」
そう言って少年は言葉を区切り、その掌にリボルバーを生成。六発の銃弾を宙に放り投げ、銃を回転させながら器用に装填。
季武目掛けて、少年はギラギラと鋼鉄の輝きを見せる撃鉄を上げた。彼女はその轟音に反射で対応。
迫り来る弾丸を横に走って回避しつつ、こちらも弓に矢を装填。相手の回避方向を予測しながら、曲射と平射を組み合わせ、選択の余地を少しづつ削っていく。
しかし、少年はそんな迫り来る矢に向けて、冷静に引き金を引いた。弾丸は寸分の狂い無く矢を砕き、少年は無傷のまま平原に佇む。
(知らない飛び道具....。威力も高いし装填のストックも効く。弓の上位互換か....どうしよう。)
季武は脳みそをフル回転させ、少年への対策法を捻り出す。実際、少年の動きや武器に関しては全くの予想外だった。
ただ、それでも準備は終了している。季武が描く勝利までの道筋は確実に存在し、あとはそのレールにどう相手を乗せるかだけ。
そこで彼女は、あえて動揺する素振りを見せた。つまるところ、弓の弱点は近づかれること。
その弱点を自ら晒し、慌てている素振りをして相手を懐に忍び込ませる。そんな季武の作戦は見事に成功。少年は焦った挙動の季武を見て、ニヤリと不敵に笑う。
「異世界来て時代遅れって言うのも、ナンセンスだからしたくねぇんだが...。弓が銃に勝てるわきゃねぇよな。」
少年は勝ちを確信し、慢心に満ちた歩き方で季武に一歩づつ近づいていく。されど、少年は季武まであと一歩という所で体勢を崩す。
(ブービートラップ?!こいつ....!誘ってやがったのか....っ!)
草の生い茂る草原では、余程気をつけていないと察知出来ないトラップ。季武は同じような落とし穴を、この周囲にいくつも準備してあった。
その一瞬の隙を狙い、季武は矢を装填して近距離から弓を射る。その一射は確実に、少年の学ランを突き破り心臓まで達する、はずだった。
「痛ってぇ.....!クッソ...ご丁寧に竹串まで着いてんのかよこの落とし穴....枯葉剤でも撒くか?」
少年は銃を犠牲にすることで矢をガード。リボルバーは完全に破壊されてしまったが、それでも致命の一撃は避けることに成功する。
ただ、少年が引っかかった落とし穴には返しの竹串が着いている。無理に抜け出そうとすれば足が千切れるし、かと言ってこのままでは格好の的。
「....準備と経験の差だね。相手の首を取るまで、油断は禁物だよ。」
弓をギリギリと唸らせながら、季武は自分にも言い聞かせるように言葉を放つ。そんな彼女に対して少年は、やや額に汗を浮かべながら口を開く。
「本当にな。ベトナム戦争の時のアメリカ軍の気持ちだぜ。ご指導どうも、次は上手くやるさ。」
「....次は無い。」
季武がトドメの一射を放とうとした刹那、少年の周囲に何か大きめのカプセルのようなものと、ガスマスクが生成される。彼はそのガスマスクを被り、地面に落ちていく枯葉剤たっぷりのカプセルを見守った。
(.....毒?!しかもあの仮面、自爆覚悟って感じでもないな....。くっ....撤退するしかないね。)
「それなりに楽しかったぜ。アクション映画っぽくは無かったが...まあ、次会う時は近接で頼む。ガン・カタのイメトレだけはバッチリなんでな。」
少年は手を振って、撤退する季武の方へと目をやった。何本か苦し紛れの矢が飛んでくるが、枯葉剤が充満しているせいか、視界が悪く互いが互いの位置を視認できないせいで命中はしない。
少年はそれをいい事に、ゆっくりと丁寧に竹串を破壊してトラップを外していく。それから痛む足を抱えつつ、包帯を創造。自分で自分の手当をしてからその場を離脱した。
両者が居なくなった平原は、酷く物寂しい枯れ野となって風に吹かれる。勝負としては引き分けの戦いだったが、戦果を多く持ち帰った方はやはり季武だろう。
彼女は少年の術式の有無を確認し、更にその能力までもを大まかに掴んだ。小手調べにしては、十分すぎる戦果と言っていい。
「....みんなが居たらなぁ。」
それでも、季武は思わず呟かずには居られなかった。いくら長期任務とは言え、屋敷のみんなとはもう暫く会っていない。
「.....それで、綱は何してるのさ。」
彼女はため息混じりで、遠くの綱へと想いを馳せる。倭国大乱の発生から三ヶ月、未だ事が治まっているのは羽後と蝦夷だけ。
はっきり言って、これだけの大規模な乱が長期化するなんてあってはならないことだ。しかも、綱が前線に駆り出されているにもかかわらずこの平定の遅さ。
季武は心配と共に、どこかきな臭さを感じていた。何だかこの倭国大乱に、単純なテロ以外の意味があるような気がして。
(....保昌でも終えられた任務。貞光と金時、それに道鏡が時間がかかるのは...相性もあるし仕方ない。でも、綱がこんなに止められるのは...絶対おかしい。)
圧倒的な信頼。それは、確かな実績と功績に裏打ちされた極めて適正な評価。決して贔屓目などでは無い、正確な物差しによる絶対の強さ。
季武は訝しむ。そうしてそれと同時に、まず早く越後を平定しなければという思いも湧き上がってきた。
(保昌の報告では春水も手伝ってくれてるみたいだし...。うん、僕も頑張らなくちゃ。)
ほんの少しだけ、彼女は期待していた。屋敷でメキメキと成長し、そのままかぐやを助けるために飛び立って行った春水。
懐かしさがグッと胸にせり上がって、季武は何だか暖かい気持ちになった。子供の成長は、いつだってあっという間。
最初は刀の握り方さえ怪しかった彼が、今では立派に自分たちの手助けをしてくれる頼もしい存在になっている。
「ふふっ...。」
こんな慌ただしい時期だからこそ、彼女は春水の成長がより一層微笑ましいものに思えた。季武は頭の片隅にそんな彼のことを考えながら、越後の拠点へと消えていく。
もしかしたら、自分の手助けに来てくれるのかもしれないという、淡い期待を残して。




