骨と残火
たくさんの命を殺してきた。もののけも、人も。どちらの死も日常だった。だけど、自分だけはその外に居るって思い込んでいた。
僕は少しの時間が経って、母の死体を焼いた。実感のない悲しみがようやく形を帯びて、胸の奥にストンと居場所を作ったのが分かる。
上がっていく煙と、空を舞う灰に似た骨。そのどれもが、目から焼き付いて離れてくれない。僕はただ静かに、泣かないように空を見上げた。
まだ若干の腐臭が漂う実家は、みんなで手分けして掃除して大分綺麗になった。それでも居間の木材はもうダメになっていて、雑木林の木を切って床を交換。
質感の違う一部分の床が、何だか母が居なくなってぽっかり空いてしまった穴に思えた。そうしてやっと、弔いにも一段落付いた頃、僕はボソッと呟く。
「....雨音の死体がない。」
「そう.....ですね。確かに、雨音ちゃんの死体はなかった。可能性は...無いわけじゃ無いと思います....!」
かぐやが僕の手を強く握って、そう言ってくれる。それに同調するように、他のみんなもまた思案した。
「そもそも、この惨劇を生み出したのは何者?そこら辺のもののけってんなら、わざわざ雨音を逃がすわけ無いわよね。」
「....逃げたのか。それとも攫われたのか。」
深く思考を落としていく。可能性として、逃げたと言うよりかは攫われたの方が確率は高い。
僕が言えたことじゃないけれど、雨音はまだまだ子供だ。迫り来るもののけの襲撃から逃れられるほど、知恵も力も足りないはず。
加えて、空いた穴を補うピース。ミカの言い分が本当だとしたら、狐がこの家を襲撃し、母を殺して妹を攫ったということになる。
(.....何のために?動機が不透明すぎる.....!)
ただ今ある情報を積み重ねていって、出せる仮説としてはこれが限界だ。僕はひとまず、この仮説を心に留めて置くことにした。
「....狐、狐か......。」
「っ......!ご主人様!」
僕がそう零すと、刑部がすごい形相で僕の両肩を掴んでくる。僕はそんな初めて見る刑部の表情に若干驚きつつも、刑部の反応を伺う。
「狐って何?!今のこれと、なんの関係があるの?!」
「ミ.....天津甕星の力で気配が分かるって言ったら、信じる?」
「.......!」
刑部は目を見開いて、わなわなと震え出す。僕はそんな刑部を相手に、いつも言えなかった事が溢れてしまった。
心の余裕がなかったのか、それとも焦っていたのか。そのどちらかは分からないが、とにかく僕は刑部に酷く問いただしたくなってしまう。
「ねぇ、刑部。僕らに隠してること、あるよね。」
ピリピリとした空気感が張り詰める。刑部が隠し事をしているというのは、彼女と付き合いの長いものなら何となく察しがつくことだ。
特に優晏なんかはきっと分かってるだろうし、多分だけど織も何となく分かっていると思う。織はあれでいて、周りをしっかり見ている。
些細な変化や、普通では気づかない体調不良なんかも見抜けるぐらいには、彼女の観察眼は優れているのだ。
故に、その二人は微妙な顔を浮かべる。そうしてそれ以外の四人は、ピリッとした空気に緊張感を覚えて固唾を飲む。
「何も全部話さなくったっていい。けど、話せる範囲だけでも聞いておきたい。ごめん、無茶なお願いかな。」
言葉とは裏腹に、眼差しは真剣だ。自分でも、こんな目線を刑部に向けるなんて思ってさえいなかった。刑部はその視線に少しだけたじろいで、それから決心したようにため息をつく。
「真っ白な狐。白面妖狐九尾の狐。それがうちのお姉ちゃん。倭国大乱の首謀者なんよ。」
刑部の口から出てきたものは、あまりに突飛な情報だった。その爆弾発言に、僕だけでなく周囲のみんなも思わず驚愕する。
「待って、刑部。刑部って確か、お姉ちゃんを探してるんでしょ?だったら、目的も春水と一致してる。」
優晏が場を諌めようとして、僕と刑部の間に入る。刑部はそんな優晏をチラリと見て、心底安心したように一瞬顔を綻ばせた。
「てか春水の言い方的に、その...刑部のお姉ちゃんがこれをやったってことすか?流石に、まだ判断材料が少なすぎるっす。」
そんなハスミの指摘で、僕は初めて自分が刑部を糾弾していたことに気づく。そしてその瞬間、僕はハッとして刑部に謝罪する。
「ごめん。刑部のお姉ちゃんが犯人だって決めつけたいわけじゃないんだ。ただ...確かめたい。その....刑部のお姉ちゃんが倭国大乱の首謀者なら、この先倭国大乱を収めていけばいつかは会えるってことでしょ?」
「そうやね。まあ...ええんよぉ、謝らんでも。隠し事が多いのは事実やし、疑われても仕方無いのは分かってる。でも...そうやなぁ。目標は同じ、これだけははっきり言える。」
何だか、より一層刑部と分かり合えた気がした。僕は仲直りの印として、刑部と指切りをしてから抱擁を交わす。
指切りの内容は、さっきの言葉に嘘が無いことを証明するため。僕は確実に、倭国大乱を平定する理由を得てしまった。
全国を旅して妹の行方を探しつつ、現在唯一の手掛かりである倭国大乱の首謀者、刑部のお姉ちゃんに会いにいく。
目標が明確に定まって、倭国大乱平定に今までより身が入る。僕は刑部と視線を交わして、無言の取り決めをした。
「みんな、急で申し訳ないんだけど....明後日から越後に向かおうと思う。」
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「...みんな寝静まった夜に密会なんて、色っぽい事するようになったなぁ。ご主人様?」
「長い付き合いだからね。これぐらい、色っぽいに入らないよ。」
僕と刑部は屋根の上で、静かな夜に二人きりの密談を交わした。自分でも、まさか一秒にも満たないアイコンタクトでここまでできるなんて驚きだ。
無言の取り決め。今夜、話があるのサイン。僕と刑部は互いに話したいことがあって、それを目線で伝え合う。
そうして用意されたこの場、誰の視線も気にすること無く、僕らはぼーっと夜空を見つめる。どうしてか、相手を見る気にはなれなかった。見たらきっと、言いすぎてしまうから。
「刑部ってさ、何で僕を選んだの?僕を拾って天津甕星を堕ろしたのって、偶然?」
「...お姉ちゃんの匂いがした気がしたの。本当に、何となくそんな気がした。だから...偶然かもね。」
ふふっと、刑部は笑った。隠し事も不純物もない、純粋な刑部本人の笑み。僕はそれを、端目にしか見れなかった。
「寂しいって、思ったことある?色んな人に囲まれて、沢山のものがあるのに。大事なものが一個無いせいで、余計虚しくなっちゃうの。」
両膝を抱えて、彼女は上を見上げた。まばらに星が瞬いて、空はずっと高く天上に座している。
「寂しいの。ずっと、ここが。」
いつの間にか、刑部は僕の手を取って彼女の柔らかな胸に当てていた。ひやりと冷たくて、僕はその冷たさに思わず視線を上げてしまう。
すると、そこには刑部の顔があった。寂しくて寂しくて、堪らないって顔をしている。
「ねぇ、春水。埋めてよ、私の寂しさ。」
僕は刑部に手を引かれ、彼女を押し倒したような体勢になる。寂しさの埋め方、体温の伝え方。彼女が求めているものは、きっとこれだけ何だろう。
快楽と体温で、寂しさを押し流す。声を上げないようにするためか、それとも単に寂しかったのか。刑部は僕の唇を執拗に求める。
体温が伝わるように、グッと互いを強く抱き締め合う。本当に、骨が軋んでしまうほど強く。
彼女の冷たさを知る度に、自分の熱がこれだけのものなのかと悟らさせられる。だから余計に、刑部の折れてしまいそうな華奢な腰が愛おしくなって。
彼女の唾液は、寂しさと堕落の味がした。




