傷口を悼む
少し遅れましたが...100pt突破ということで、ゆちゅみう様にイラストを頂きました!!そろそろ200話突破も近いので、ぜひブクマ登録お願いします!!
イラストは上から
花丸、ハスミ、絹、織、かぐや、優晏、刑部です!
久しぶりに帰ってきた常陸国は、少しだけピリピリとした空気感の漂う剣呑な町や村ばかりになっていた。
無理もない。倭国大乱の影響は特定の地域だけで無く、それこそ倭国全土にまで及んでいる。
子供が殺された。親が殺された。そういう細やかな悲劇を数え上げたら、きっとキリがない。
僕らはそんな、誰もが気が立っている空気感の中で、ローブやら大きめの布やらを被って村々を抜けていく。
もののけに対する人々の思いは、もはや抑えきれぬほどに膨れ上がってしまっている。憎悪や怨恨。様々な悪感情がもののけへと向けられ、酷いところではもののけの晒し首が転がっている始末だ。
そんなこんなで、空を飛ぶことも花丸に乗ることもままならず、僕らは馬を買ったり徒歩で移動しながら実家を目指した。
蝦夷を抜けてから十数日、ようやく辿り着いた実家は、何だか少し寂れて見える。随分と懐かしい雑木林の中、人気が無いことを確認して、僕はみんなに指示を出す。
「近くに人はいない....ね。みんな〜、もうローブ取ってもいいよ!本当に...長旅お疲れ様。」
僕の言葉を皮切りに、それぞれがバサッとローブを脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てられたローブは全て回収し、後で路銀へと換算。
ちなみに、これらは絹が生み出して編んだもの。このローブや布のおかげで、道中はお金に困らずに済んだ。
それからせっせこローブを回収し終えて、荷物を分担して持ち、少しづつ僕らは雑木林を雑談混じりに散策していく。
「ほんま、懐かしいわぁ。迷宮の帰りぶりやもんねぇ。」
「もう、結構時間も経ちましたもんね。久しぶりに、お義母さまにも挨拶したいです。」
「ん....春水のお母さん、どんな人?」
「そうね.....やっぱり、優しそうな人って感じかしら。」
「母君と我が王に似て、妹君も随分お優しそうな雰囲気の方です。ですので絹様、そこまで気負う必要は無いかと。」
「そうなの!しゅんすいはね!いもうともいるんだよ!ちっちゃくてね!それでそれで!」
「へぇ〜、春水って妹いるんすね。なんか意外っす。」
そうだ、久しぶりに母と妹に会える。伝えたいこと、話したいことが山積みで、僕の歩く足がほんの少しだけ大股になった。
特に雨音には、話しておきたい。羽後国で思い出せた、前世のこと。単に、名前が一緒なだけなのかもしれない。前世の妹の雨音と、今世での妹の雨音。
それが、ただの偶然だったとしても話しておきたかった。心の底から、伝えたい思いが溢れ出す。もう一回、僕の元に妹として産まれてくれてありがとうって。
きっと、上手く話せたりなんかしないんだろう。何度も口ごもって、沢山言葉に詰まるかもしれない。
けれど、それでいい。言葉では伝わらなくても、抱きしめるだけで伝わることはきっとある。
僕らは雑木林の枯葉を踏みしめる。パキパキと心地の良い音が鳴り、全身で懐かしさを感じられた。
時刻はちょうど日暮れ、よく見た帰り道。刑部と遊んで、泥だらけになりながらはしゃぎ回った風景。
それらを思い出させる土の匂い、肌を撫でる心地よい風。そうしてそれに混ざる、雑味のような酸っぱい匂い。
嗅ぎ慣れた、何かの匂い。違和感を感じなかったと言えば、嘘になる。でも、僕は少しムズムズする心臓を抑えて、何でもないようにうっすらと見えた実家へ歩く。
(一度嗅いだことがある気がする。これ......なんの......?)
雑木林を抜け、僕は早歩きで実家の扉を叩く。反応がない。ドンドンと、叩く感覚が早まり力も相応して強くなる。
その時にはもう、この匂いが何なのか気づいていた。僕は急いで家の横に回り、縁側から強引に実家へと侵入。
「...ぁ。」
腐る匂い。人間が腐る、酸っぱい匂い。僕は、母の腐乱死体を再び目撃した。
蛆がぽろぽろ湧き出て、あちこちに黒い染みが広がっている。恐らく血がにかわみたいに乾き切って、それから腐ったんだろう。
二度目。二度目だ。だから、大丈夫。大丈夫なはずだ。仲間だっている、乗り越えられない悲しさじゃない。はずだ。
「...................。」
思い出すのは、温もり溢れる記憶。おつかいを頼まれたとか、一緒にご飯を食べたとか。そういう、何でもない記憶。
嬉しかった。まだ心が一人だった時、母が初めて僕を抱きしめてくれた人だったから。その体温が、僕を動かしてくれた最初の熱だったから。
そう、まだ思い出せる。思い出して、しまった。その思い出たちが、実感のない母の死をより鮮明なものへと加速させる。
「ぅぇ................。おぇ................っ!」
これは毒だ。思い出という、遅効性の毒。二回目だからって、慣れるなんてとんでもない。積み重なっていく事に、毒は全身に回っていく。
喪失はゆっくりと心を蝕む。例えば、誰かの家の子供がその母親と仲睦まじそうにしている時。僕はまた、この光景を思い出す。
「おぇ......っ!ぅあ......!」
どうして、考えもしなかったんだろう。みんな死んでいく。こんなにまばらに。悲劇が散らばっている。
そんなの、分かってたのに。僕はなんで、自分だけはその外にいるって思ってたんだろう。
僕は自分の楽観さを恥じた。いいや、実際には恥じるなんて余裕もなかった。ただただ、僕は自分の吐瀉物に顔を汚して蹲り、涙を浮かべて地面に伏す。
上手くいってると思った。今までも、これからも。自分の周りは誰も死なずに、誰かの死はどこか他人事みたいに。
運が良かっただけなんだと、目の前の腐乱死体に思い知らされる。僕は、吐瀉物まみれの頭で赤子のように手を伸ばす。
どこにも、逃げ場なんてない。僕は本当の意味で、余すことなく母の死を直視した。胃の中が空っぽになっても、嘔吐は止まらない。
胃酸も無くなって、僕はただ唾液を吐き出し続けた。焼けるみたいに喉が酷く傷んで、本当に軋んでいるのが体なのか心なのか分からなくなる。
《......狐。うん、気配は微かだけどね。キミの母親を殺したのは狐で間違いないよ。全く、最低なヤツだよねぇ。》
「..................なに........を......?」
《あ〜。いいよいいよ。今はホラ、傷心中だろう?話は後でしてあげるから、今は癒されてきなよ。》
その時、バキッと扉が破壊される音がした。そうして真っ先に飛び込んできたのは、扉を蹴り壊したであろう花丸。
そうしてそれに続いて、その他のみんながなだれ込んで来る。ただ全員が、居間に広がっている光景を見てピタッと固まる。
言葉が無くとも、この惨劇を見れば全てが分かることだろう。瞬間、みんなの顔を見て僕は子供みたいに、何かに縋りたくなった。
「........ごめん。ちょっとだけ、そばにいて。」
僕がそう言うと、みんな汚れなんか気にせずに、僕の傍に来てくれた。右手に、左手に、背中に。
色んな所に別々の体温が当たって、本当に少しだけ、心が和らいだ気がした。僕はそんな風に人の温もりを求めて、自分勝手に眠りにつく。
沢山吐いて、目一杯泣いて。年相応の子供みたいに、疲れてしまったのかもしれない。ぐちゃぐちゃの吐瀉物に体を汚したまま、僕はしばらく眠った。
そうして僕が目を覚ました時、いつの間にか僕は布団の中にいた。服は脱がせたのか、絹手作りの新品になっている。
吐瀉物特有のツンとした匂いも、腐乱死体の匂いももうしない。きっと、みんなが頑張ってくれたんだろう。
そんなみんなはと言うと、布団の中にきっちり七人。ぎゅうぎゅう詰めになって眠っていた。
その暑苦しさと息苦しさに僕は押しつぶされそうになったが、今はその重みが、何よりもありがたいものに思えて。
(仲間....か。いいや、家族....だな。)
整理はどうしてもつかない。頭の中はぐちゃぐちゃなまま、心の傷は生のまま。ずっと、このままこれらを抱えて生きていくんだろう。
だから、せめて。この温もりだけは、もう一つだって失いたくない。僕はそう、再び強固に心を決める。
(これから先、何があったって。僕は、家族を守り通す。)




