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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
177/235

それがたとえ、錆だったとしても

 

 血に濡れた刀を振って、影丘は刀に着いた油を落とし、斬れ味を保つ。現在、札幌の状況は混乱を極めていた。


 松前の読みでは小樽へ向かったはずの皇帝が、未だに札幌に居座っているのだ。皇帝側の戦力を鑑みれば、松前の手勢である寄せ集めの武士たちの敵う相手では無い。


 ただそれでも、松前は即座に作戦を街の蹂躙では無く、影丘を使った皇帝の暗殺に切り替えた。


 火の手が民家にまで周り、皇帝自らまで出陣するような大混戦の中、影丘は蛇のように静寂を持って隙を狙う。


「....貴様が松前の部下の中では一番手練だな。隠れても無駄だ。気配で分かる。」


「....チッ。」


 金ピカの剣を力一杯振り回し、街を襲う武士たちを返り討ちにしていきながら、皇帝は潜んでいた影丘にそう声をかける。


 自身の存在を看破され、奇襲の手を潰された影丘はゆっくりと藪の中から姿を表す。それから抜き身の刀を構え、静かに呼吸を整えた。


「貴様、我が部下をどれほど殺した?その気配、十や二十じゃ下るまい。」


「いちいち数えてねぇよ。そっちだって、何人武士を殺したかなんて数えちゃいないだろ。」


「あぁ...全く、その通り...だ!」


 驚異的な踏み込みから生み出される轟速の一閃を、影丘は反射で回避。剣の向かう先とは反対方向から、無防備な小手先を刀で狙う。


 だが、皇帝はそんな攻撃など意にも介していないかのように無視。迫り来る銀の凶刃を皇帝は骨で受け止め、筋肉を硬直させて刀を引かせない。


(コイツ....!デタラメすぎんだろ....!クソ...武器を奪えばこっちのもん...ってか!)


 影丘は人間、皇帝はもののけ。仮に刀を失ったとすれば、人間ではもののけに対して有効打を放つことが出来なくなる。


 それが常識。皇帝はもののけを統べるものとして蝦夷に君臨しつつも、人間の脆弱さをよく理解していた。


 牙も爪もない獣は、恐るるに足りない。皇帝はそう暗に示し、強引に相手から奪った刀を遠くへ放り投げる。


 色濃くその影を落とす、敗北の二文字。刀を失った影丘は、水から出された魚のように活力を失う。


 されど、それしきで諦められるほど彼は生温くない。彼にはまだ、未練が残っているのだから。強さへの、圧倒的な執着が。


(こういう時...綱ならどうする?アイツなら、どうやって勝つ?)


 絶対的な勝利の象徴。脳裏に浮かび上がったのは、不敗であり、完全無欠であり、人類最強の名をほしいままにした男。


 憎み、羨み。そして、何より憧れた相手。影丘はその強さに一歩でも近づくため、遥か遠くの頂きを見つめる。


 そこにはもはや、目の前の皇帝などいない。あるのはタガが外れた、常人の域を越える化け物どもたち。


「はぁ..........っ!」


 いずれ、そんな化け物たちと並び立つ。そう自らを鼓舞し、影丘は綱を自分に下ろすイメージを整えた。


 そうすると、体が自然に動き出す。最適解の挙動、最速最短で相手を殺すための合理的な運び。


 影丘は体勢を低く構え、徒手空拳で一歩右足を皇帝の懐へと踏み込んだ。それから踏み込んだ足で皇帝の足を払い、柔道の小内刈を繰り出す。


 相手の体重を利用した投げ技。皇帝と影丘では体格差が大きい故に、これ以上ない有効打となって皇帝は体勢を崩される。


 そうして崩れ落ちる皇帝に対し、影丘は緩んだ手元へ肘を入れて武器を強奪。地面へと背を着けた相手の胸元へ、奪った武器を突き立てた。


「『筋色皇帝(きんいろこうてい)』。人間にしちゃ、良くやった方だ。」


 刹那、皇帝の筋肉が異様に膨れ上がり、影丘の剣を受け止める。そうして虚を突かれた影丘は、その膨れ上がった筋肉から繰り出される一撃を捉えきれない。


 影丘は、どうしようもなく凡人だった。凡人として技術を磨き、凡人として修練を積み、凡人として天才に憧れた。


 憧れは錆のように、想いの斬れ味を鈍らせる。影丘には、狂気が足りなかった。天才足り得る、死地の嵐へ飛び込んでいく、イカれた狂気が。


 頭のネジが外れていなければ、頂きには到達できない。影丘は、最期までそれが理解できなかった。


 今際の際、彼は墨を飲んだような悔しさに襲われる。それは敗北の痛みでは無く、どこかスっと胸に染み込んでくるかの如き安らぎ。


「あぁ.....。やっぱり、俺じゃあ.........。」


 最強を目指していた。でも心のどこかで、彼はきっと分かっていた。自分がその頂きには、手を掛けることさえできないのだろうと。


 貰った拳の反動で、影丘は全身の骨が折れきって地面へ激突する。そして皮肉にも、真っ青に晴れ渡った空を見上げた。


(綱にぶっ飛ばされた日も、こんな青空だったっけ......。)


 そう思った途端、これで良かったのかもしれないと言う思いが、影丘の心を埋めつくした。綺麗に終わりたいと願う、凡人らしい最期。


「あぁがっ.....!がぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 違う。そうじゃない。肉体がそれでは無いと、全力で叫んでいる。こんな風に諦められるぐらいなら、彼はとっくに諦めているはずだ。


 死を全身で感じる。用意されたゴールへの綺麗な花道を、みっともない執着で泥まみれに汚す。


 それは、紛れもない狂気だ。影丘は折れた足で立ち上がり、砕けた拳で皇帝を打ち付ける。


 どうにもならない悪足掻き。大して意味の無い、馬鹿げた行為なのだけれど。その姿は確かに、彼の憧れた最強に一歩近づいた男の背中だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「松前殿!!それが....!影丘殿も.....死亡したとの報告が.......。」


 札幌から少し離れた小さな城にて、松前は影丘の死亡報告を受ける。そうして少し思案した後、軽い舌打ちをして報告に来た武士を下がらせた。


(この速さ......札幌に兵力全振りか?あのゴミ皇帝...小樽を捨てやがった....!まあいい、まだ兵力には余裕がある。一度撤退して建て直した上で、小樽を占領しただろう悪霊どもが札幌に攻めるのを待つしかないな。)


 大きなため息を着いて、松前は撤退命令を下そうと部下たちを呼びつける。しかし、部下たちはそれどころじゃない様子で慌てて戦支度をしていた。


「松前殿っ!!大変です!!!」


「撤退だって言ってんだろバカゴミども!さっさと兵を引かせろ!!んで、今度は何があった?」


「そ...それが.....!この城にあいつが....。羅刹雪牡丹が....攻めて来ました!!!」


 松前は一瞬、脳みそが完全にフリーズした。それから少しの間を取って、松前は部下たちに伝令を出す。


「.....少し持たせろ。俺もすぐ出る。」


 松前はそう言って自室に戻り、煤とアイヌ奴隷から没収した民族衣装。それに短剣を取り出して座敷牢へと向かった。


 座敷牢に着いた途端、松前は短剣で自分の体をやたらめったらに切り付ける。それからアイヌの民族衣装を羽織り、座敷牢にあった鎖やら手錠やらを自分で自分に掛け、最後に煤を被った。


(テロ組織の残党が....どこから湧いて出た....?しかもこの城の位置をいつ特定した....。このザマじゃ、建て直しには時間がかかるな.....。)


 遠くでは部下たちが惨殺されている音がありありと聞こえてくる。松前はその音が段々と近づいてきていることを確認しながら、その瞬間のために心情を整えておく。


「ひぃい....!!あ....もののけ......?た、助かった!!アンタ!!俺らアイヌを解放しに来てくれたのか?!ありがとう!!!ありがとう!!!」


 松前は座敷牢まで牡丹がやって来た途端、勢い良く演技を始めた。牡丹はそんな松前を見ながら、微かに困ったような顔をして刀を握り直す。


「....悪いな。善人であれ悪人であれ、人間であれば殺す。それが、儂の復讐だ。」


「.............................は?」


 もののけとアイヌには、深い同盟関係がある。故に蝦夷では、知能のあるもののけなら人間を襲うことは基本的にない。


 アイヌには危害を加えない。その代わり、アイヌも知能のあるもののけを殺さないという不文律。松前はこれを理解していたからこそ、みっともなく演技をするなんて行動に走った。


 だがここに立っているのは、復讐の鬼。その命を風前の灯としながらも、人を殺すことだけに最期の熱を使い果たそうとする時代の残党。


 牡丹は雪の刀をゆっくりと傾け、ぜえはあと息を荒らげながら松前にトスっと突き刺す。


「がっ.....!!!!お前っっ!!!!俺はアイヌだぞっ!!!!殺すなっっっ!!!!!お前に情は無いのかっっっっっ!!!!!」


 死に体の牡丹はもはや、立っているだけで精一杯。千鳥足になり、フラフラとよろめきつつも、最期に松前を殺すため刀を動かす。


 突き刺さった刀は拷問のように内蔵を引っ掻き回し、長く生きたまま苦しみを与える。


「痛まないのがっっっっ!!!お前のごごろは!!!!痛まないのがっ!!!!人殺しっっっっっっ!!!!人殺しっっっっっっ!!!!!」


「そう.....だな。もう.....痛む心も、いつの間にか無くなったな。」


 牡丹は微睡む。そこには雑音もない。血の匂いもない。ただ白昼夢のように、懐かしい遠い日がセピア色で思い出されるばかりだ。


 綺麗だった。端正な顔立ちをした人喰い鬼の青年が、血に濡れながら自分にだけ微笑む姿は、女としてこれ以上なく嬉しかった。


「牡丹....随分、遅くなった。でもちゃんと、迎えに来たぞ。」


 夢を見た。それは、ある日の青年の姿。細剣を携え、酒を嗜み、上げた前髪を風に靡かせる。そんな美しい、若い京極。


(死ぬ間際の......幻覚か。でも、そうだったとしても......。)


 牡丹はにっこりと笑顔を作る。彼女はまるで自分までもが若返ったかのような錯覚に陥り、年甲斐のない乙女のように呟いた。


「京極のバカっ!私もう....おばあちゃんになっちゃったよ。」


 牡丹の最期の表情は、微笑みだった。溶けた雪は雲となって、どこまでもどこまでも、天に上っていく。

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