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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
176/235

堕ちた聖女に賛美歌を(六)

 

「....なんで。なんであんなに....必死になれるんすか。」


 遠目で見てもはっきりと分かるほどに、春水の体はボロボロだった。血まみれの体、痛みきった肉体。それでも尚立ち上がる彼の姿は、ハスミの目には異常に映る。


 何のために命を張るのか。あんなに苦しんでまで成した事に、果たして価値はあるのか。ハスミはそれが分からず、ただ呆然と水平線を眺めた。


「きっと...何か得があるとか、利益があるとか。そういうのじゃ、ないと思うんです。」


 そんな波の音に掻き消えてしまいそうなか細い問に、かぐやはハッキリと答える。その澄んだ瞳は春水を掴んで離すことなく、血飛沫一滴さえ見逃さない。


「じゃあ....何だって言うんすか。何のメリットもないのに、何だってあんなこと....。」


 悪態をつくハスミに、かぐやは寂しそうな表情で微笑んだ。その微笑みは、嬉しさと残念さが同居している複雑な色をしていて。


 その横顔に、ハスミはそれ以上の追求が出来なかった。それでもかぐやは雨のように、ポツリポツリと遅れて言葉を紡ぐ。


「春水は.....寂しい人なんです。だからとにかく人を助けるし...そうやって誰かに認められて、それでしか自分の居場所が分からない。可哀想な人。........私が好きだから、助けたんじゃない。」


 最後の一言は波に攫われて、誰かの耳に届くことはない。そんな風に、かぐやは自分の気持ちを海へと流してしまう。


 それで少し落ち着いた後、言葉を繋げるようにまた口を開く。ハスミはその静寂から、かぐやの気持ちがちょっぴりだけ、分かったような気がした。


「私たちはみんな、どこか欠けてる。でも、それは春水も一緒で。だから私たちは少しづつ、ほんの少しづつ助け合って生きている。そうやって、人は繋がってるんです。」


 かぐやは自分の胸の前で両手を合わせ、すうっと息を吸い込む。潮風が肺を巡り、慣れない塩辛さにかぐやは違和感を覚える。


 あの日見た太陽を、彼女は絶対に忘れない。自分の汚さを濯いでくれるような朝日も、彼の唇の感触も。どれもが完成された絵画のよう。


 かぐやはそれだけで十分、満足だった。そのはずだったのに、いつの間にか彼女は自分の内に、また新たな弱さが産まれていた事に気づく。


(私だけ見て欲しい。なんて言ったら、春水はきっと困ってしまう。あぁ、でも。そんな困った顔も、きっと素敵なんでしょうね。)


 乙女なら誰しもが持つ、独占欲。自分を救った英雄が、自分だけのものであって欲しいエゴ。かぐやはその想いを自身で唾棄していながら、その実どうしようもなくそのエゴを肯定していた。


 かぐやはチラリと端目でハスミを見る。救いを求めている少女。過去の自分に似た、弱いだけの女。


「だから、私も助けなきゃいけませんね。春水も、あなたも。」


 覆い隠す。彼女は自分が良妻などでは無いと理解していながら、それでもそう在ろうと全身全霊を持ってエゴを微笑で包む。


 感情の濁流は止めどなく、かぐやの心に推し流れている。彼女はぐちゃぐちゃになった心を、それでもたった一人の愛した人の為に振るう。


 そうしたいと思ったから。そうすれば、褒めて貰えると思ったから。


月間星雲(クラウド)に接続.....不具合により一部失敗。仮想天体(テイア)データの一部受信に成功。出力設定、レベル2に移行します。」


 チリッとかぐやの脳みそが微かに焼ける様な感覚を覚え、軽い目眩と共にかぐやはよろめいて片膝を着く。


「かぐや.....?どうしたの.....そのからだ.....。」


 かぐやがよろめいたことで、織は彼女を心配してかぐやの体を支えた。そうしてその時、織はかぐやに起きた体の異変に気づいてしまう。


 肌には血管ではない回路の様な蛍光赤色の細い線が幾つか走り、彼女の片方の瞳の奥には機械的な赤が滲む。


(.......ぁ。あれ?思うように.....体が......動かない......。)


敵対生命体判断(ディシジョン)厄災剪定(プルーナ)、レベル2。エーテル充填、完了。『月女神(アルテミス)()(アロー)』プロトコル、実行します。」


 刹那、かぐやの頭上に幾何学模様が二次元平面状に浮かび上がる。その模様は光を煌々と放ちながらも、一点に光量を蓄積。


 その溜まりきった光量を閃光として、聖女の頭上まで解き放った。この時点でかぐやは自身の体のコントロールを取り戻し、体の異常も綺麗さっぱり消え失せる。


 彼女はぜえぜえと酸素を求め、地べたにへたり込んで喘ぐように呼吸をする。そうして声が出せるようになった途端、かぐやは大声で海に向かって叫んだ。


「皆さーーーん!!!!!!逃げて!!!!!」


 そのかぐやの悲鳴に、刑部と優晏と花丸は冷や汗をかいて即座に撤収。状況を未だ飲み込めていない春水を連れて、全速で戦線を離脱した。


「え?急に逃げてって....みんな、なんでそんなに焦ってるの?」


「.....かぐやちゃん、ご主人様のいない間にすっごい強くなったんよぉ。しかもあの感じ....多分、アレ使ったんやろなぁ。」


「かぐやのアレね。正直、火力だけで言えばあの子が一番なんじゃないかしら。そりゃもう...滅茶苦茶だし.....。」


「えぇ...?かぐやが?流石に....冗談でしょ?」


 春水は困惑した表情のまま、花丸に抱えられて海岸へと運搬される。そうしてようやく浅瀬へと到着したところで、空が一瞬明るくなった。


「我が王。説明よりも、実際に目にされた方が早いかと。」


「...............マジか。」


 春水は体験する。凄まじい衝撃波と爆発音。太陽がそのまま落っこちてきたかと思える錯覚に、春水は全身の感覚を奪われた。


 全てが終わり、その後に残った形跡だけが先刻の瞬間に何が行われていたかを物語っている。


 かぐやから放たれた光は聖女の頭上に到達し消滅。その光が消滅する直前までビーコンの役割を果たし、月からのエネルギー射出照準を定めた。


 そうして月がゆっくり満ちるように満を持し、月女神の鏃は聖女を中心とした周囲半径二十五キロメートルのエーテルを全て強奪。


 放たれるのは閃光などではなく、核爆弾に匹敵する威力を孕んだ爆雷矢。エネルギーの放射は無駄な破壊を極限まで削ぎ落とし、一点にのみ注がれた。


 結果、光の中から姿を現した聖女はボロクズと化した。残っていた二本の腕のうち、一本は完全に灰となって消滅。


 もう一本は聖女がその不死性を用いて全力で防御したのか、辛うじて原型を留めている。だがおそらく、一度でも使用すれば崩れ落ちてしまうだろう。


 春水を含め、かぐや以外のこの場にいた全員があんぐりとした顔を作る。そんな中、かぐやは流石に大技の反動か、汗をダラダラと流してそのまま意識を失った。


 《ヒュ〜!かぐやちゃん最強〜!》


「いやいやいやいや。流石におかしいでしょあれは。」


 明らかにテンションが上がって小躍りしているであろうミカに、思わず春水が指摘を入れる。そんなミカへの指摘を花丸は春水の独り言だと勘違いし、それについて声をかける。


「かぐや様は我が王と別れた直後に、あのような高出力の技を獲得し....。愛のなせる技かと....。」


「あ....愛のなせる技....?そういうもんなの....?そっか.....。そっか......?」


「....気持ちは分かるけど、緩みすぎよ二人とも。まだ、終わってない。」


 優晏の冷静な一言で、春水と花丸は一気に気を引き締めて聖女の方へと目線をやる。


 背後の神々しかった舵輪は見る影もなく崩れ落ち、聖女の黒衣はあちらこちらが焼け焦げていた。


 その様相はどこから見ても、死に体と言って差し支えない。ただ、相手は不死。時間を掛ければ腕以外ならいくらでも再生するだろうし、その後の処理も考えれば未だ厄介な性能の相手であることには変わりない。


 そうして、聖女はここに来て初めてその足を動かした。あれだけ戦闘中は一点に鎮座していたにも関わらず、聖女は春水の方へと波を立てて一歩づつ進んでいく。


「いい加減、決着をつけよう。不死のあんたに、ここで引導を渡す。」


 猛々しく、春水は最後の力を振り絞ってギリリと相手を睨みつけた。それに負けじと聖女も対抗したのか、最後の一本を振り上げる。


מְנוֹחָה(メノーハ)

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