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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
173/235

堕ちた聖女に賛美歌を(三)

 

 聖女の大破した両腕は再生することなく、欠けたままその空虚な黒衣をバタバタと風にはためかせる。


 そうして肉包丁を持っていた腕が消失したことで、春水の封印されていた術式が全解放。再び元のポテンシャルが振るえる状態へと回帰した。


(あの腕を吹っ飛ばせば力は戻ると思ってたけど...再生もしないのか?腕は不死による再生の適応範囲外?まあなんにせよ、嬉しい誤算には変わりない。)


 聖女に残る腕は八本。しかも、その内一本は春水たちにタネがもう割れている。故に、未解析となっているのは七本と言っていい。


 相手に明確なダメージが入ると分かった時点で、全線に出ていた四人のボルテージが一気に上昇。一転攻勢に打って出るべく、四人全員が火力用意に移った。


 とは言え、四人のうち三人は火力不足にも程がある。サポート役の刑部は言うまでもなく火力が足りないし、織や絹に至っては戦闘要員と呼んで良いのか分からないレベルだ。


 刑部を除き、サポート役職でない織と絹本人はそれをよく自覚している。火力不足、実力不足。もはや、足りている部分を数えだしたらキリがないほどに。


 だからこそ、策を二人は練った。弱くても創意工夫を凝らし、弱小でも強大な相手に立ち向かえるような。そんな大逆転、大番狂わせの作戦を。


 そんな織と絹を、聖女は歯牙にさえかけない。当然だろう。ただ遊覧しているだけの羽虫より、先刻自分の腕を二本持っていった相手の方が警戒には相応しい。


 自他ともに認める、その弱さ。だが侮るなかれ。どれだけ小さな蜘蛛であろうと、その強力な毒は人をも殺しうるのだから。


 織は隠していた魅孕(すだまはらみ)を取り出し、その姿を日差しに照らす。黄金が光を吸収、その姿を剣から弓へと変化させる。


「【足を削げ】『八束落(やつかおとし)』」


 金色の糸が形を作り替え、剣は弓へと生まれ変わる。しかし、弓だけあっても射出する矢が無ければ意味は無い。


「織.....ちょっと触るね...。うん、糸の構造は把握した。これなら....複製できる。『白袖絹糸(しらそできぬいと)』」


 絹は織の『八束落(やつかおとし)』にその手を触れて、魅孕(すだまはらみ)を構成している糸の構造を完全に理解。


 彼女の術式を用いて、黄金の糸を生産した。そうして生み出された黄金の糸は、ほんの一瞬だけしか形を維持することは叶わない。


 だがそれでも、矢として用いるのなら短時間で十分。織は絹から受けとった魅孕(すだまはらみ)と同質の力を持つ黄金の糸を矢へと変化させ、寸分の狂い無く聖女へと狙いを定める。


「しゅんすいから聞いたよ。あなた、ぜったいに死なないんでしょ?だったら、わたしならあなたをころせるわ。『天衣無法』」


 絶対に死なないから不死。何があっても死ぬ事がないからこその不死。だがここに、例外が存在する。いいや、例外は生み出された。


 時間が流れに逆らい逆行するように、重力が天に逆らい上に流れていくかのように。織はその毒矢を聖女へと放つ。


 全く警戒されていない一撃は、寸分の狂い無く聖女の体へと突き刺さった。そうして、その矢を貰って初めて聖女は理解する。


 本当に警戒すべきなのは、この羽虫の方であると。自身を殺し得る能力を持つ天敵は、この小さな少女なのだと。


 そんな怒りにも似た理解とともに、不死の聖女に初めて死の痛みが伝う。ほんの小さな、チクリと針で刺されたような痛み。


 無論、そんな矢一発で死ぬような軟弱さを聖女は持ち合わせていない。ただそれでも、久方ぶりに感じた死の吐息。


 例えるなら、自身の寝室に小さな小さな毒蜘蛛を見つけた時のような感覚。三千年ぶりの緊迫。その死の脅威に、聖女は思わず身震いした。


 腕をチマチマ削られて弱体化させられたとしても、聖女が死ぬことは無い。ただ織は一足飛びで、聖女に直接『死』を叩き込むことが可能。


 先程まで羽虫に過ぎなかった相手に、侮っていたはずの弱小な相手に、惜しみなく百パーセントの警戒が注がれる。


 この時点で、織と絹は当初の目標を既に達成していた。そもそも、実力的には小さな駒程の力しか持たない彼女らが、大駒の足止めをしている時点で奇跡に等しい芸当。


 十分すぎるほどに、彼女らは役目は果たしている。だが、そんな曖昧な成果で止まるほど、彼女らは小さくまとまってなどいない。


「きぬ....!ゆうあたちと交代するまでに、あとうで一本...とっちゃお......?」


「ん...二本!」


「きぬったらよくばりさん!でも、気にいった!」


 織は無邪気に笑い、絹は少しだけ口角を上げる。それを挑発と受け取ったのか、聖女は全力で二人を潰すため、一本の腕を振り上げた。


לֹא(ヌゴ)תִּגְנֹב(ヴァン)


 聖女が言葉を唱えた瞬間、彼女の後方に浮かんでいる舵輪が一層輝きを増してその神聖さを強める。


 神聖なる輝きが残っている腕全てに集約されていき、枯れ枝のようだった腕が一変。栄光の手のような不気味と神聖さが同居する艶を帯びた。


 ただ、春水はその腕の変貌を確認し、相手に何かアクションを取られる前に畳み掛けるべきだと判断。


 風と完全に性能を取り戻した翼を使用して、刑部の『盛馬千(さかえまち)』のバフを受けつつ全速力の蹴りを揺れている腕にぶちかました。


 しかし、春水の攻撃を喰らっても無傷のままの聖女は彼の攻撃などには目もくれず、織と絹の二人を見据えている。


「....っ!無傷...!自信無くすよほんと...っ!!」


 そう口では言っていながら、春水は脳みそを回転させて、今何が起こったのかを必死で考察した。


(さっき光ったのが原因で間違いないはずだ。でも問題は、あの光にどういう能力があるかだ...。単純な防御の底上げってんなら話は楽なんだけど....っ!)


 聖女の光り輝いた腕は、彼女自身の所有している全ての腕に作用する。そこで、ここに来て聖女は技の連続使用に打って出た。


שִׁחְרוּר(シフルール)


 光が空から降り注ぐ。最初に聖女が使用した、触れるもの全てを塩と化させる閃光。その光の筋たちが雨粒のように、織と絹を集中砲火する。


「きぬ....光をよけながら糸ってだせる?ちょっと、考えがあるの。」


 絹はそんな織への返答として、言葉を返すのではなく大量の糸を生産して織へと手渡す。それから絹は光を回避しつつ、聖女の周りを迂回し始めた。


 そんな綱渡りの如き回避行動を続ける絹の背中で、織は糸をばら撒き聖女の腕へと括りつける。


「やっぱり...うん、思ったとおり。」


 聖女は織を警戒しているため、ばら撒かれただけの糸に対しても最大の注意を払ってそれを跳ね除けた。


 ただ、その中に紛れた一本の糸。現在光を放つことに集中している腕に括り付けられたか細い糸に関しては、聖女は気づけない。


(わたしたちをけいかいしてるはずなのに、あの人に近づいたら光のこうげきがさっきよりも少なくなった。ってことは、この光って本人も塩にしちゃうんでしょ。)


 いかに絹が小さく飛行能力に優れていたとしても、聖女の注力百パーセントのレーザーを前にして無傷で居られるはずが無い。


 ただ現在も彼女らが塩になっていないのは、ひとえに聖女が加減をしているからだ。では、聖女はどうして加減をしているのか。


 答えは明白。聖女が生み出している光はまさしく神の御業。その威光からは、かの聖女とて逃れることは不可能。


 聖女は不死のまま自らが塩になることを考慮し、自身の付近にはそこまで大量に光を放つことが出来ない。


 それを見抜いた織が、聖女に接近して糸を設置。下準備を完全に終えて、聖女から離脱し光の加減されている領域から脱出した。


 それを好機と見るや、聖女は光をバカスカ天より飛来させる。その絨毯爆撃たるや、狙われていないはずの春水でさえ全力で回避しなければならない程の広範囲攻撃。


 それを絹は、汗をダラダラ海に落としながら全力で回避する。飛行速度、体力、気力。全てが限界となって底を突いても、彼女は必死に空を飛ぶ。


「織っ.......!そろそろ...まずい......!!」


「うん!もうだいじょうぶ!ちょうど、ととのった!!」


 編み上げたのは蜘蛛の巣。織は本能で、糸を蜘蛛の巣状に整えて自分たちの真上に投擲する。そうして蜘蛛の巣が聖女の目を奪い光を受けている間に、絹は後方へと大きく撤退。


 蜘蛛の巣は完全に塩となった。ただ、蜘蛛の巣を形成している一本の糸は、ある部分に括り付けられている。


 聖女は未だ、自分の腕に糸が括り付けられている事に気が付かない。そうしてこの糸は導火線のように、聖女へと塩の伝播を導いた。


「おさかべのぶんしんがこわされた時、光からはみ出てたけっかいまで塩になってた。ぜんぶが塩になっちゃうまで、止まらないんでしょ?それ。」


 チリチリと、か細い糸が塩になっていく。そうしてその塩の伝播は聖女の腕まで到達し、織の想像通り指先から塩となって崩れていく。


 そこでようやく、聖女は自らの腕に何か細工をされた事に気がついた。だが、もう時すでに遅し。


 聖女は最速最短で自身の腕を一本捨てる判断を下し、手刀で塩と化し始めていた腕を海へと投げ捨てる。


 これで、残りの腕は七本。絹はぜえぜえと呼吸を整え、織はそんな絹を労ってポンポンと頭を撫でた。


「きぬ、えらいよ!いっぱい、よ〜くがんばった!おねえちゃんとして、きぬにはいっぱいほめてあげます!」


「はっ....はっ...はっ.....!ん....!まだ....あと一本....!!」


「ダーメ!むりしないの!.....ほら、わたしの方がつかれちゃったの!だからおねがい、いったん下がろう?」


 織はまだ、汗ひとつかいていない。それでも彼女なりに絹を思いやって、織は嘘をついた。絹はそんな彼女の嘘に気づきつつも、それ以上の大きな優しさに感謝する。


「....ありがと。」


「いーいーのー!わたしがつかれただけなんだから!ほら、おつかれさま!」


 二人は宙でグータッチを交わしながら、海岸の方へと大きく下がって行った。そうして、その二人分の穴を補うため、二つの影が海へと揺れる。


「バトンタッチね、花丸!全力でぶっ飛ばしちゃいましょ!」


「ええ、織様も絹様もあれだけ頑張ったのです。私たちが指をくわえて見ている訳にはいきません。」


 白銀と黒影が、氷結した絶海を駆ける。二人は休憩を挟み、殆ど本調子に戻ったと言っていい程まで回復した。


 そうして眼前には、春水でさえ苦戦する強敵。優晏と花丸は、この時をずっと待っていた。彼の力となれる、この瞬間を。


 二人は最高潮に上がったテンションを持って、自信が持てる最高最大のフルパフォーマンスを披露する。誰よりも愛しい、傷だらけの少年のために。

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