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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
172/235

堕ちた聖女に賛美歌を(二)

 

(今使えるのは....『借煌(しゃっこう)』と『神足通(じんそくつう)』だけか....。やりにくい...!)


 春水は翼を『借煌(しゃっこう)』で強化し、速度の下落を回避に問題のない程度までに抑えた。しかし、それでも相対するは異形と成り果てた聖女。


 ほんの少しのミスが命取りになる状況には変わりない。それから絹は春水の戦力低下を危惧し、相手の注意を引くため聖女へと急速接近。


 多少なりとも春水が立て直せる時間を作るため、囮となって聖女の方まで遊覧飛行を続ける。


「織....巻き込んで、ごめん。」


「あやまらないで!それに、わたしならだいじょうぶ!だって、おねえちゃんだから!」


 ニコッと屈託なく笑う織に、絹は励まされてギリギリまで速度を落とす。その挑発に聖女はまんまと引っかかり、そのターゲットを春水から絹へと移した。


 肉包丁が空気を叩き切るような轟音を響かせ、ゆらゆらと減速飛行している絹をはたき落とさんと一直線に向かう。


 絹はその攻撃を紙一重で避けるも、風圧により身動きが奪われて上手く飛行が出来なくなった。


 その一瞬、翅が風に力負けしたタイミングを、異形の聖女は見逃さない。髑髏は大振りの後隙を膂力で強引に解決し、今度は下からの突き上げ攻撃を絹へ走らせる。


 時間が静止したような感覚が、この場にいた四人全員を襲う。世界がスローモーションになって、ゆっくりと二人の命を切り裂く。


(....避け切れない。せめて、織だけでも。)


 絹は体勢を傾け、何とか被害を自分だけが被るようにする。織はその影響により、絹の背中からずり落ちて海へと落ちていった。


「きぬっ!!!ダメっ!!!ダメ!!!!!死んじゃダメ!!!!!」


 落ちていく織は、絹に向かって必死に手を伸ばす。けれどもその小さな手は、何も掴むことは無い。


 空を切った腕は虚空を掴み、その瞳には涙が浮かぶ。絹はそんな織を見て、嬉しいような切ないような気持ちになった。


 そうして春水も織と同様に、翼をはためかせて全力で絹の元へと向かう。だが、今の彼の速度などたかが知れたもの。


 あと数メートルが届かない。それでも、春水はその手を伸ばす。絶対に届かないと分かっていても、諦めることなど出来ないから。


「絹!!!!!!!!!」


「ん...。短かったけど、楽しかった。ありがと、春水。」


 絹は微笑む。短い生涯ではあったものの、みんなと過ごした時間はとても尊いものであったと。そう一瞬で理解させられてしまう、宝石のような笑顔。


(クソ!!!クソ!!!クソ!!!!!あと少しでいい...加速できるもの...加速できるものはないのか.....!!!!)


 凶刃が迫る刹那、春水の脳みそはかつて無いほど活性化して加速の活路を見出そうとフル回転した。


 けれど、辺りは絶海。元より蹴る足場も無く、今から魔術で足場を作っていても間に合う訳は無い。


 誰もが見ても、絹の助かる道は無かった。春水は手を伸ばし、刑部はギリギリと歯を食いしばり、織は落涙して落ちる。


 その他にも、海岸に控えている優晏たち四人でさえ、固唾を呑んでその状況を悔しそうに見守っていた。


 ぽちゃんと、不自然に水面が水飛沫を立てる。それは織の涙だったのかもしれない。だが、あるいは。


「待たせたな!!少年!」


 春水の背後には、とある王者の姿。金色に輝くチャンピオンベルト、黄金煌めく肉体美。絶対王者、シャコ・マーン三世が春水の背中を強く押した。


 その背中を押された分の加速で、春水はギリギリ数メートルの距離を潰す。そうして、春水は聖女の肉包丁が絹に触れる直前で彼女をキャッチ。


 見事肉包丁を通り抜け、多少のかすり傷だけで絹の救出に成功した。それから海に落下した織も拾って、再び織を絹の元へ乗せる。


「よかった.....よかった......。ほんとうに...よかったよぉ!!!!!!」


 ガシッと絹に抱きつき、大粒の温かい涙を流す織。春水はその光景を見て、心底安堵しながら自身の背後の海を確認する。


「チャンプ....!!!!」


「あぁ、少年。王者の帰還と言うやつだ。思う存分、喝采するが良い!」


 チャンプは海から顔を出しつつ、真っ赤なグローブを天へと突き上げる。春水にはそれが、何よりも心強いものに見えた。


「少年!渾身の一撃を準備しておけ。吾輩も、それに合わせてお見舞してやるさ!チャンプとしての、必殺技をな!!」


 春水はそれを聞いた瞬間に、随分昔の記憶が思い出された。宇宙創成の輝きにも似た、瞬きのような光を。


借煌(しゃっこう)』の光が春水の体全身に溢れ、彼はそれをたった一点に集中させる。集めた光は右腕に凝縮され、今か今かとその時を待ちわびる。


「ご主人様....。行けるん?」


「うん。術式が使えなくても、問題ない。」


 刑部は心配そうな表情で、春水を見つめる。通常、術式が使えないというのは有り得ない異常事態。それは敗北に繋がるどころか、ほぼ敗北と同義だからだ。


 それでも春水は、大丈夫だと言い切った。自信、確信。それらを骨子として支えるのは、師匠兼チャンプの存在。


 聖女が発動した技であるאֱמוּנָה(エムーナー)は、唯一神としての威光を示す能力。神の名を帯びるあらゆる術式や概念を否定し、使用不可能にする性能を持っている。


 春水の術式が殆ど使えなくなったのは、彼の術式自体が神由来のものが多かったから。故に、今の彼は神としての力を一切持たない、ただの平凡な少年。


 それでも、きっと彼は立ち向かう。それは、彼が力があったから進んできたのではなく、進んだ先で力を手にしてきたから。


 温もりを知って、凍えるような夜に涙を流して。涙さえ枯れ果てたはずだったのに、やっぱり涙は溢れてきて。


 彼にとってハスミは、過去の自分そのものに見えてしまった。家族を失い、暗がりの中で道を見失っている子供。


 でも既に、春水は救われた。沢山の人と関わって、温かな体温に囲まれて。血の繋がりは無いけれど、家族と呼べる存在も作れた。


 だからこそ、春水は救われる側から、救う側に回った。過去の自分がして欲しかったことを、誰かにしてあげたいと願うから。


 本当に幸せになって欲しいから。彼は綺麗事を吐き続ける。どれだけ馬鹿げていても、どれだけ苦しい道のりだったとしても、その想いだけは曲げられない。


(僕は...自分が何かを失わないように、強くなろうとしてきた。でも、この力は誰かが、その人の大事なものを失わないために使いたい。)


 堕ちた聖女でさえ、その光からは目を逸らす事など出来はしない。それ程までに美しく、誇り高い煌めき。


(教えてやるって...言っちゃったもんな....。だったら、今ここで見せるしか.....ないだろ!!!!)


「幸せは...誰の手にだって初めからあるものなんだよ。それが例え、今見えていなくても....捨てちゃダメなんだ。」


 春水は右拳を思いっきり握り締め、聖女に向かって一直線に進んでいく。それと同時にチャンプも海中を泳ぎ進み、同じだけのスピードで聖女へ駆ける。


 聖女はそんな彼らを見て、 肉包丁を振り上げて迎え撃つと言わんばかりに二人に向けて構える。それからもう一本別の腕を揺らし、何かの準備を行った。


 春水が自身の射程範囲内に聖女を捉えた時、水面が跳ねてチャンプが宙へと浮かび上がる。春水は右手、チャンプは左手に眩い煌めきを纏わせていた。


 一方聖女は、その二人を同時に捉えられるよう、横薙ぎの形で肉包丁を振り抜く。そうしてそれに重ねて、聖女はもう準備していたもう一本の腕を使用する。


לֹא תִּ(ローティル)רְצָח(ツァフ)


 瞬間、二人の体に重力の負荷が掛かり、その全身を押し潰さんと全方向から罪業の重荷がのしかかる。


 それは、殺人の罪悪感から成る過去の重み。聖女は二人が攻撃をするタイミングに合わせて、それを阻害するため妨害の技を繰り出した。


 ただ、そんなもの二人はとっくのとうに乗り越えている。人を殺した罪悪感も、その嫌な温かみを帯びる感触も、全て彼らは忘れた訳ではない。


 完全に記憶し、胸に刻んだ上で彼らはそれを乗り越えた。過去を超え、未来に足跡を繋いでいくために。


「過去がダメだったら、幸せになっちゃいけないのかよ。一回の失敗が、この先の全部を真っ黒に塗り潰すのかよ。違うだろ....!間違っても、罪を犯しても!!やり直して償っていけばいいだけなんだよ!!!その先に、未来が広がってるんだから!!!!!!!!」


 春水とチャンプの拳裏がぶつかり、一つとなって一撃を放つ。重さなどものともせず、煌めきは曇ることがない。


 煌めきを纏った二つの拳は音速を超え、摩擦による発火を生み出す。その熱と光は正しく太陽。


 超新星爆発の如き威力と火力を持って、異形の聖女に叩き込まれる。それは、遠い日の迷宮の記憶。シャコ・マーン三世が編み出した、派手なだけの技。


「「『太陽拳』!!!!!!!!!!」」


借煌(しゃっこう)』により守られた拳は、生み出した熱を軽減し多少の火傷にまで損傷を抑えることが可能となっている。


 故に、今放たれた攻撃は多少のリスクは抱えつつも、高火力を相手にたたき込める実用的な技まで昇華されたもの。


 聖女はすんでのところで攻撃を中断し、振るうはずだった肉包丁を防御へと回した。けれど、そんな付け焼き刃の防御など今の二人にとって何の脅威でもない。


 二人の拳は防御を突き抜け、肉包丁を粉砕。その他肉包丁を持っていた腕と、先程動かした腕の計二本を吹き飛ばした。


「ぐっ....!まだまだ拳が焼ける....!すまん少年、吾輩にできることはここまでのようだ....。」


 チャンプは重力に従い、海の中へぼちゃんと落ちていった。春水はそれを感謝の眼差しで見つめ、爽やかに笑う。


「十分!感謝してもしきれないよ。ありがとう、チャンプ。」

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