髑髏の祈り手
風のような速さで、春水はハスミの腕を優しく抑える。すると短剣は聖女に突き立てられる寸前で静止し、ハスミは虚を付かれたようにハッと目を見開く。
「さよならって....何。」
春水は沈痛な面持ちで短剣を見つめる。彼は何となく、この探検が良くないものであることを悟っていた。
夢での託宣と、見るからに溢れ出す禍々しいオーラ。明らかに普通の武器では無いことは、たとえ他の誰であろうと理解出来るだろう。
それでも、ハスミは止められない。故郷を焼かれ、親族を皆殺しにされ、純粋無垢な義務の復讐者となった彼女。
怒りはあった、悲しさも寂しさもあった。けれど、彼女をつき動かしたのはやっぱり罪悪感そのもので。
罪悪感が原動力となって最後に残るものは、後味の悪い復讐。どう足掻いても悲しみしか充満しない、泣き叫びたいほどのバッドエンド。
「その短剣.......使っちゃダメだよ。きっと、後悔する。」
春水はハスミの腕を抑える力を強めた。しかし同時に、ハスミも短剣を突き立てる力をどんどん増していく。
「後悔......後悔っすか......。後悔しなかった日なんて、一日だってなかった。」
堰き止めていた感情の粒が溢れ出す。馬乗りになったハスミが大粒の涙を聖女にボタボタ零し、紡ぐように言葉を発する。
「ずっと...考えてたんす。私だけが生き残っちゃった理由って、何なんだろうって。みんなが私を生かしてくれた理由ってどんなんだろうって。でももう、そんなの決まりきってるんす。私は、こいつを殺して一緒に死ななきゃ。みんなに、申し訳ないっすから。」
いつものヘラヘラ笑いに、ぐちゃぐちゃの表情。これ以上ない、痛ましい光景。春水はそれを見て、短剣を強引に取り上げハスミを抱きしめる。
「そんなの....そんなの間違ってる!生かされたんだろ!!ハスミを大好きだったみんなが、繋いでくれたんだろ!!だったら....だったら死んじゃダメだ.....!!」
「.....それは、綺麗事っす。きっとみんな、一人だけ生き残った私を恨んでる。なんで、お前だけがって。だから私は、みんなの分と同じぐらい不幸にならなきゃいけないんす。幸せには...なっちゃダメなんすよ。」
春水は短剣を胸の中にしまい込んで、ハスミとの抱擁を終える。そうしていつの間にかハスミの体重から脱出していた聖女は、一人這いずって棺の元へと向かっていた。
春水は棺へ到着した聖女へと一歩づつ足を進ませ、握り拳を作る。それから大きく息を吸って、ただ一言ハスミに背を向けて呟く。
「逆だよ。ハスミはみんなの分、幸せにならなきゃいけない。それを今から、僕が教えてやる。」
それは、どうしようもない綺麗事だった。誰かの死を背負い込んで潰れてしまいそうな少女には、それこそ眩しすぎるぐらいの。
でも、その眩しさに救われるものは確かにあった。夜空に瞬く星明かりは、深海の水底にも微かに届く。
春水の体が煌々と光を放つ。『借煌』によりエーテルが体全体を満たし、肉体がこれ以上ない躍動を見せた。
星の瞬き、風のそよめき、翼のはためき、炎の揺らめき。春水は聖女へ向かい、不死者をも殺してみせる覚悟を貫く。
「お前を殺す。それで全部、終わらせる。」
「私は死ねません。愛しいあの人に、会うまでは。」
聖女は棺を愛おしそうに撫でて、春水の目をチラリと覗く。それから棺に背を向けて、聖女は恍惚とした表情を携えにっこりと微笑を浮かべた。
「この棺...騎士でさえ開けることの叶わない、頑丈な施錠が掛かっています。では、これを以下にして開けるのか。」
余裕たっぷりの聖女は、春水へ向けて両手を広げる。それは彼の存在を歓迎するように。あるいは悪魔の存在を祝福するように。
「救世主が目覚めるのは、決まって悪魔が現れた時だけです。特に、金星の悪魔ともなれば別格。人類を滅亡させかけた、大災害なのですから。」
「....?何を言ってる?正気か?」
聖女はそんな春水の疑問に答えることは無く、一人歌を歌い始めた。それは聖女に似つかわしい聖歌では無い、かごめ歌。
「籠目、籠目。籠の中の鳥は、いついつ出やる。うしろの正面、だあれ?」
それは短なる、噂話に過ぎない。そもそも救世主の遺体は、葉蔵の出身地に近い津軽海峡の深海に安置されていた。
そうして葉蔵は聖女と出会い、救世主の旅路を記した物語を何度も何度も繰り返し読んだ。本当に気が狂うほど、繰り返し。
そうして彼は、多すぎる共通点に気がつく。ダビデの星と、籠目のマーク。神道のお祓いと過越しの祭。他にも十六弁の菊花紋とイェルサレム神殿の門など、様々な要素が重なっていることに。
そうして彼が棺を見つけた際、ある確信を得た。それは、救世主と我らは、共に同じ祖を持つのだろうという事。
勿論これは、ただの与太話に過ぎない。だが何千年と手がかりを持たなかった聖女にとって、まさに葉蔵の指摘は藁のようなか細い希望だった。
そうして至ったこの瞬間。棺はゆっくりと音を立て、その中からガタンと揺れるような物音が響く。
刹那、大気中のエーテル濃度が一気に上昇。春水の発動している『借煌』の出力が有り得ないほど高まっていき、その負荷に脳みそがはち切れそうになる。
「がっ......?!なんだっ....!!これは....?!」
鼻血が一筋垂れ、春水は思わず『借煌』を解除する。一手間違えれば、脳みそが全て溶けだしていてもおかしくない出力だった。
聖女は春水の方から視線を棺の方へと戻し、涙を流して彼の復活を称える。全ての栄光は御手に。全ての称賛は御手に。
聖女は跪き、ただ一言の謝罪を彼に伝えるため口を開こうとした。棺の中から上体を起こし、聖女を見つめる救世主。
そんな彼に向かって、聖女は何故か抱擁を繰り出した。体が自動的に動き、自分の意思にそぐわない娼婦の振る舞い。
「え?なに.......?これ..........?」
聖女の肉体が変貌していく。それは最早人としての形を保っておらず、肥大した肉と聖女の黒衣は救世主をも取り込んだ。
「待って、待って待って?!何なの...?何なのこれ....?!」
狐の呪い、理不尽な契約。呪いの発動キーは願いの達成。聖女の願いである、救世主との再会はここに達成された。
狐は契約通りに、救世主との再会を果たさせたのだ。つまり後は、聖女による狐への返済。聖女は羽後の時の白母と同様に、殺戮の機械と化す。
「まだ謝れてない....!!まだ...まだ....なの....!!ごめんなさい....!!ごめんなさい......。」
聖女は救世主を取り込み、極大のエネルギーを得た上で狐の呪いにより異形へと成り果てる。そこに居るのは、もはや物言わぬ髑髏。
全身が少しづつ大きさを増していき、背後には金の後光が実態を持って舵輪のように浮かんでいる。
枯れ枝のような骸骨の腕は十本にまで生え揃い、シスター服の黒衣の下からそれらが鬱々と伸びて、その内の二本が祈るように懺悔の形を取った。
「....どこまでデカくなるんだよ....こいつ.....!!」
聖女だったものはとうに協会の天井を突き破り、まだ大きさを拡張させていく。春水は協会が崩壊していく様を確認しながら、ハスミの手を取って協会の外へと走り出す。
「術式お願いっ!!こいつ、多分まだまだデカくなる!!」
ハスミは咄嗟ながらも何とか術式を展開し、春水と共にルルイエを後にして地上へと転移した。そうして地上に出て、春水は海に浮かぶ大量の幽霊船の残骸を確認。
花丸たちの無事を確信して、ほっと一息ついた。それから散らばった仲間たちと合流するため、声を張り上げて自分が地上に戻ってきた旨を伝える。
「みんな!!!!!!!ちょっと集合!!!!!!!!」




