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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
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海色のさよなら

 

 春水の両の手から、血がボタボタと滴る。弾丸により完全に向こう側が見えるようになった手のひらは、痛々しい傷跡をそのままに握り拳を作った。


(騎士の時と同じで、こいつも不死身....。普通に考えれば、受け続けたらジリ貧なのはこっちだけど....。うん、やっぱりジリ貧になるのは向こうだ。)


 不死身とは、言ってしまえば再生の究極版のようなもの。終わりなく再生する相手だと考えれば、春水にとってもノウハウは多い。


 大まかな作戦を立てて、春水は風の膜を生成。自らを覆うように纏わせる。すると次第に、春水の姿が空気の中へと溶けていった。


「『霞風(かすみかぜ)』」


 原理として、風は春水の周りに漂っていた空気中の水蒸気を春水本人に羽衣のごとく纏わり付かせる。


 その水蒸気が光の屈折現象を引き起こし、体を可視光線に当てないよう防御している。それ故に、春水は今透明人間と化した。


「消えた...?どこにっ....!」


 聖女は周囲全体を警戒しながら、比較的強襲の可能性が少ない壁際まで避難。背面からの不意打ちを春水の選択肢から除外した上で、見えない相手を迎え撃つ。


 一見、春水の作戦は完璧かに思えた。しかし、聖女も見た目に反し三千年を過ごした不死者。戦闘に特化した騎士よりは鈍くとも、お粗末なミスぐらいなら優に見抜ける。


(体は隠していても...血痕までは隠せていないようですね。ふふ、お馬鹿さん。位置が手に取るように分かります。)


 両手に開いた穴が、ここで効いてきた。滴る血は春水の位置を聖女に知らせ、その量や流れから攻撃のタイミングまでも把握出来てしまう。


 春水が攻撃のタイミングを見計らい、腕に力を入れたのか一層血の滴りが激しくなる。それを見計らって、聖女は透明の春水へと照準を合わせた。


「春水っ!!!位置がモロバレっす!!!血がっ!!!!!」


「いいや、これでいい。僕はあえて、この滴る血を放置した。」


 ハスミが叫ぶように、春水へと忠告をする。ただ、春水は紛うことなき百戦錬磨。滴る血などに気付かぬ致命的なミスを、彼がするはずがない。


 騎士であれば、違和感に気づいただろう。少なくとも、それなりに戦闘経験のあるものであればこの状況の不和を感じ取るはずだ。


 けれど、聖女にはそれが出来ない。何故なら、彼女はあくまで聖女なのだから。戦闘に造詣が深くない不死身なだけの彼女では、見せかけの嘘に釣られてしまう。


「僕が透明になれるのはもう分かってるだろ?だったら、物事の見え方全部を疑うべきだよ。壁際まで逃げるってのは、いい線いってたけど。」


 春水は風で水蒸気を操作し、可視光線を防御することで自らの姿を隠した。それに加えて、彼はもう一つの細工を同時に施す。


 彼は自分の足元付近に空気を集め、水蒸気の密度を調節することで空気のレンズを生成した。つまり、実際に付着した血痕の位置と、聖女が見ている血痕の位置とでは座標が異なっている。


 聖女はそれに気がつくことなく、弾丸を虚空へ向かって走らせた。春水はその間、聖女へと距離を詰め発射の隙を伺い銃を強奪。


 風の透明化である『霞風(かすみかぜ)』を解除し、聖女から奪った銃を自分の足元へ放り投げて完全に踏み砕く。


「不死身とか再生の怖さって、結局は相手本人の地力が無きゃ成立しないんだよ。だからこうやって獲物を壊されたら、あんたは現に何も出来ない。」


 実の所、最初からジリ貧になるのは聖女の方だった。騎士と違い、聖女は圧倒的なフィジカルも戦闘技術も持たない可憐な乙女。


 獲物のリソースが食い潰されれば、あとは手も足も出ない。それを聖女は理解していたからこそ、馬力をアピールし続け、春水の心を折るためにわざわざ自爆特攻までして狂気を演出した。


 それを見抜けたのはひとえに、春水の戦闘経験から生まれる観察眼の賜物だろう。


 性能差だけで見れば、春水には勝ち目のない戦いだった。しかし、蓋を開けてみれば春水の完全勝利。経験と含蓄が、勝敗を分けた。


 聖女はぺたんとその場にへたり込んで、自分を見下ろす春水の顔を見つめる。それからふふっと笑って、彼女は棺の方へフラフラと向かう。


「私の負け.....?いいえ、違います。私は負けない。だって、死なないんですから。私があなたを殺せないように、あなたも私を殺せない。」


 聖女の戦闘能力は銃ありきのもの。銃が失われた時点で、彼女は春水に対して危害を加える手札をほとんど失った。


 だからと言って、聖女が敗北を素直に認めるかと言われれば無論そうではない。聖女は自らが朽ち果てるまで、己の理想を追い求める。


 ただそこに、待ったをかける少女がいた。少女は怒りの形相で片手に短剣を持ち、片手で傷を抑えて聖女へと向かう。


「あぁ主よ.....。あなたにたった一言、一言でいいのです。私は....私はあなたに.....。」


「何言ってんすか、クソ女。アンタはここで、私と死ぬんすよ。」


 ハスミの持つ短剣が禍々しいオーラを醸し出し、フラフラと千鳥足で寄ってきた足が聖女の腹を正確に打ち据える。


 完全な不意打ちだったのか、聖女は棺から強制的に引き離され、ゴロンと大の字になって地面へと寝そべった。


 ハスミはそんな聖女に馬乗りになって、短剣を振り上げる。それから、ポツリポツリと恨み言がハスミの口から零れ出す。


「....一言?一言でいい?ふざけてんすか?私だって言いたかったっすよ、友達とか家族とかに。一言じゃ済まない感謝も、一言じゃ言えない想いも!でも、もう言えないんすよ。アンタのせいで....!!アンタが...みんな殺したから...!!!」


「....悪霊としてで良ければ、私なら死体さえあれば蘇らせられます。どうです?今な.....っ!」


 ハスミは片腕で短剣を振り上げたまま、空いたもう片方の手で聖女の首を思いっきり締めた。


「もう黙れよ。死ね、死んで償えっす。アバズレクソ女。」


 瞬間、聖女の表情が強ばった。聖女は自分の首を締めるハスミの腕を両手で掴んで、聖女とは思えぬ表情を浮かべる。それは、かつての娼婦にも似た絶望の顔。


「違う。違う、違う。違う、違う、違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。私はアバズレなんかじゃない。私はアバズレなんかじゃない.....!!!そんなんじゃ.....ないのに..........!!」


 ハスミはそんな娼婦の顔を見て、ほんの少しだけ戸惑った。けれど次第に、その戸惑いは怒りへと昇華されていく。


「.....なんでアンタが、そんな顔するんすか。」


 よく見た顔だった。ルルイエが滅びた日から、一人で水面に浮かぶ自分の顔は、いっつもこれだった。


 絶望。身寄りもなくて、行くところもなくて。どこに行っていいのか分からない。そんな、全てに絶望した少女の表情。


 自分の前にいるのは紛れもない、自分と同じ痛みを抱えた同胞。ハスミはその事実に、胸の中をぐっちゃぐちゃに荒らされたような気分になった。


 恨んでいた相手が、自分と同じものだった。よく知った絶望だからこそ、同じ冷たさに気づいてしまう。


 ハスミの怒りは、もう行き場を失った。ただそれでも、残ったものが一つある。それは、生き残ってしまった罪悪感。


 行き場のない怒りに押し出されて、罪悪感が色濃くハスミの心に影を落とす。その罪悪感にとって、自分と同じものを殺すことなど、ほかの何よりも容易な事だった。


「....じゃあ、もう後は決まってるっすね。」


 ふーっとため息を吐いて、ハスミはほんの一瞬春水の方へと振り返る。それから、色々なことを考えてハスミは短剣を振り下ろす。


「さよなら、春水!短い間だったっすけど、楽しかったっす!」

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