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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
167/235

裏切りの聖女

 

 スリットの空いた修道服に身を包み、ロングに整えられた金髪を靡かせる聖女が、バックに賛美歌を携えて春水たちを出迎える。


 整った容姿に、修道服の上からでも分かるほどくっきりとした女性らしい体のライン。聖女はたゆんと双丘を揺らし、清楚に微笑んだ。


「私の騎士は....敗れたのでしょうね。残念です。」


 そう言って聖女は少しだけ悲しそうな顔をして、すぐにまた先程までの微笑みへと表情を戻す。


「ここにはお祈りに?それとも懺悔に?」


「いいや、僕はあなたを止めに来た。聞かなくても、分かりきってることでしょ?」


「ごめんなさい。つい...癖なんです。」


 聖女は情けなく笑って、春水の方へと一歩近づく。その所作があまりにも普通の女の子らしかったので、春水はほんの一瞬、相手が倒すべき敵であるという事実を見失った。


 聖女は春水の手を祈るように握り、彼の足元に跪く。それから春水の手を包んでいる自分の手ごと自分の額に触れさせ、そっと柔らかく春水に話しかける。


「私はただ...あの人に会いたいだけなんです。そのため...あの人のために、私が罪を背負います。だから、どうか見逃して貰えないでしょうか。」


 教会の奥に安置された、古ぼけた棺。見るからに百や二百じゃ下らないぐらいの年月を過ごしたであろうそれは、鍵の部分が錆び付いているのか、開こうとする気配さえない。


 春水は自分の前に跪く女の子が、どうしても大虐殺を行おうとしている人には見えなかった。だが、春水の目にはそう見えていなくとも、ハスミの記憶にはしっかりとこびりついている。


 街が壊されていく光景、家族が殺されていく視界、穏やかだった海に血が広がる絶望。ハスミはもう、我慢の限界をゆうに超えていた。


「どの口が.....!!!どの口が!!!!!!どの口が!!!!!!!あんなに殺しておいて....お母さんもお父さんもお姉ちゃんたちも!!!!みんなみんな殺しておいて!!!今更、見逃すわけないじゃないっすか!!!!」


 ハスミは隠し持っていた短剣を取り出して、聖女に向かって突進を繰り出す。春水はそれを見て、ギョッと硬直してしまう。


 春水から見たハスミは、いつもふざけているお気楽な女の子だった。元気いっぱいで、悩みなんて何一つ無さそうな性格。そんな彼女が見せる、他に類を見ないほどの激高。


 そのギャップに驚愕し、春水は一息対応が遅れる。その一息分が、聖女にとっては十分な時間だった。


 聖女は短剣を握り向かってくるハスミの腕を片手で逸らしつつ、空いたもう片方の手を修道服のスリットの中に突っ込む。


 するとその瞬間、瑞々しくも滑らかな太ももが露出し、黒のガーターベルトとストッキングまでも顔を覗かせた。


 そうして彼女のガーターベルトには、拳銃とマガジンが括り付けられている。聖女はハスミが攻撃を逸らされた事で体勢を崩した刹那、拳銃を太ももから抜き、相手の腹に一発引き金を引く。


「なっ....?!ハスミっ!!!!」


 ハスミは転がり落ちるように地面へと倒れ込み、春水はそれを地面に打ち付けられるギリギリでキャッチ。


 ハスミの受けた傷跡を確認しながら、ひとまず命に別状は無いだろうと判断。風を操って応急処置程度の止血を施し、優しく地面に下ろす。


「申し訳...ないっす...。勝手に、先走っちゃって.....。」


「....いいよ。大丈夫、僕がカタをつけてくる。だから、もう休んでて。」


 春水は、肩を落として嘆息した。多少なりとも、ハスミと過ごす間に彼は絆のようなものを感じていたから。


 ハスミの抱えていた想いに気がつけなかった自分が、酷く不甲斐ないような気がして。春水はもう一度、深く呼吸をする。


(油断はもう無い。聖女が何を考えて、何を背負ってるのかは知らないけど。こっちだって、背負ってるものがあるんだ...!)


 春水は『魔纏狼(まてんろう)纏身憑夜鬽(てんしんつくよみ)(あらため)』を発動。教会という狭い空間でも立ち回れるよう、翼は使用せず戦闘を進めることを決定した。


「人と言うのは、産まれながらに原罪を抱えているものです。特に、あの人のことを誰も知らないこの時代では。ですから、私が全人類の贖罪を行いましょう。あの人にもう一度、会うために。」


「贖罪....?ただの虐殺が贖罪.....だとでも?」


「天の父だって大勢人を殺します。ですがそれは、正しい裁き。私の手によって殺し、私の手によって天国に送り届ける。それに、堕天であるあなただって似たようなものでは無いですか?」


 撃鉄が上がり、銃弾が幾つも春水の体に打ち込まれる。しかし、そのどれもが『魔纏狼(まてんろう)』の装甲を突破することが出来ない。


 銃弾を完全に弾くことで無効化した春水が、聖女へと向かい拳を繰り出した。されどその拳に聖女はあえて突っ込むことで、照準を惑わせ紙一重での回避を成功させる。


 そうしてその上、突っ込んだお陰で拳が伸びきったタイミングに合わせて懐に潜り込むことに成功。聖女は春水の顎部分に狙いを付け、ゼロ距離で弾丸を発射した。


 いくらゼロ距離とは言え、弾丸は春水の装甲を貫くに至らない。だがそれでも、脳みそへ十分な衝撃を与えることは可能。


 春水は一瞬脳みそがふらつき、視界がガクンと回る。三半規管が麻痺し、聖女の動きと位置を見失って無防備な状態になってしまった。


(ダメージはさしてデカくない。でも、このまま良いようにされるのはのちのち厄介事になる...。賭けに出るしかない...か。)


 ふらついた脳みそで思考を何とかまとめ、春水は自分を中心として台風のように風を巻き起こす。


 その半径はおよそ三メートルほど。範囲を絞り威力を圧縮することで、自分が無防備であっても追撃を無効化する防壁を作り上げた。


 聖女はその風の防壁に向かって弾丸を発射。けれどその弾丸は春水へと向かうことは無く、風の渦に囚われグルグルと春水の周りを周回する。


「....これでは、拳銃も意味を成しませんね。」


(あっぶねぇ.....。最大出力でギリギリってとこか、やっぱりまだ練度が足りてないな...っ?!)


 春水は風の渦の中心にあって、目を疑った。銃弾をも逸らす威力を持った風の渦巻き。普通の想像力があれば、生身で突っ込もうとは考えないはずだ。


 それなのに、聖女はそんなことお構い無しと言わんばかりに腕を突っ込む。風の勢いにバキッと腕の骨が折れる音が響き、それから全身を無理にねじ込んだのか、グシャグシャと嫌な音が春水に聞こえてきた。


「なっ....?!何を....!」


「心配してくれるんですか?でも大丈夫です。私は、死にませんから。」


 ぐちゃぐちゃになったはずの聖女が、傷一つないまま風の防壁を突き破って安全地帯まで侵入。


 春水は回避のために、風を散らして後方へと飛び退いた。しかし、全くの想定外だった捨て身特攻。銃口は春水を捕えて逃がさない。


「ばん、ばん。ばーん♡」


 年端もいかない遊び足りない少女のように、聖女は心底楽しがってトリガーを引いた。


 それは、もうすぐ好きな人に会える恋する乙女にも似た愛しさの笑みで。三発の重なった銃弾は、一発で装甲にヒビを入れ、二発で完全にそれを砕く。


 そうして三発目。生身となった春水の胸元に、鋭い銃弾が飛び込んだ。銃弾は一直線に狙いを定め、心臓を目指して駆ける。


「がっ....!!させっ....るか.....!!!!!!」


 春水は砕けた胸元を、まだ装甲の残っている腕でガード。銃弾をキャッチしようとするも、装甲が砕け手のひらを貫通する。


 ただその甲斐あって、銃弾は心臓を射抜くことなく、手のひらを抜けてからぽとりと地面に落ちた。


 春水が肩で息をして、ぜえぜえと荒い呼吸をしている間、聖女はスリットから艶かしい足をするりと出してマガジンを取り出す。


 そしてリロードを完了させ、ニコッと春水を見て笑った。獰猛な笑みではない。どこまでも人らしい、狂気の笑み。


「戦いを望んだのは、あなた方です。けれどどうか、あなたたちの死後が安らかなものであるよう。私は祈っておきますね。」


「言ってろよ....!まだ...終わってない....!!」

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