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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
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よわいひと

 

 葉蔵は花丸の首を締めながら、胡乱な目つきで独白する。そこには相手など初めから居ないかのように、ただ虚空を見つめ呟いた。


「正義や善は罪です。貴女も大方、虐殺を阻止するなんて大義名分を抱えて私を止めに来たのでしょう?正義の行いだ!美しい高貴さだ!けれど、その結果こうして今、貴女は罰を受けている。」


 葉蔵が腕に込める力が段々と強くなる。それに対して、花丸は必死で葉蔵の腕を両手で掴み、下半身を起こして両足を葉蔵の首に絡める。


 腕で花丸の首を絞める葉蔵と、三角絞めのように足で葉蔵の首を絞める花丸。両者共に睨み合う形で、互いの首をギリギリと蹂躙し続けた。


 ただ油断して一撃を貰ったとは言え、肉体の強度は遥かに花丸の方が上。近接戦において、最早葉蔵に勝ち目などありはしない。


「これが罰だと?まるで話になりませんね。」


 花丸は葉蔵の腕を軸に体を一回転させ、相手の体勢を崩して首絞めの拘束から脱出する。そうして葉蔵からは軽く距離を取って、取り回しの悪い刀ではなくナイフを影で生成。


 小回りの効くナイフの感覚を指に覚えさせながら構え、どんな不意打ちにも対応できるよう、神経を研ぎ澄まさせておく。


「人助けに、人類救済に、自己犠牲に。一体、どれ程の意味があるのでしょう?自分が傷つくだけ。自分が罰を受けるだけでは?」


 葉蔵は自分の不利を完全に理解した上で、余裕たっぷりに演説をかます。その状況の不気味さに僅かな怖気を感じながらも、花丸は相手を絶命させるために勇気を奮い立たせた。


「私は....私が誇る王の為に貴方を討つだけです。この痛みが罰などと....侮辱も大概にしておきなさい、下衆。」


「.......。そうですか、そうですか。では、下衆な私めが予言をご覧に入れましょう。貴女は、私の足元でゴミのように跪く。この後すぐにね。」


 刹那、花丸は地面を蹴り上げて葉蔵にナイフを突き刺そうと宙を駆ける。そうしてそれと同時に、相手の背後に自分の影人形を作り上げた。


 正面にはナイフ、後面には影人形。理想的な挟み撃ちを実現し、花丸の勝利は誰の目から見ても確実。


 一方の葉蔵はニヤニヤと気色の悪い微笑みを浮かべているだけで、一切の防御も反撃も繰り出そうとする気配がない。


 それから、葉蔵はたった一言をボソリと零した。その一言は花丸の動きをピタッと止め、持っていたナイフを地面に落とさせる。


「この血界の外のお仲間がどうなってもいいのですか?彼女たちは、私の手のひらの上ですよ。」


 初めから。葉蔵が血界を発動した時点から、花丸に勝利の目は無かった。彼女はそのたった一言だけで、自分が突きつけられた現実を理解する。


「人質か....っ!!どこまで....!どこまで貴方は....っ!!!!」


「罰ですよ。貴女への、罰。」


 花丸の血界の外。葉蔵の血界効果範囲内では、既に花丸以外のほか四人は幸福感に昏倒していた。


 嬌声と喘ぎ声を度々漏らしながら、甘い幸福の中で彼女らは甲板に倒れ込む。それこそ、葉蔵が少しでも出力を上げれば絶頂で脳が弾け飛んでしまうほどに。


「これが、貴女の罪の証です。だってこんなにも、罰を受けているのですから。やっぱり、正義ってのは罪深い。」


 葉蔵は花丸を跪づかせ、彼女の顔を無作法に蹴り始めた。花丸はジクジクと頬に染み渡る痛みに身を任せ、一切の抵抗をしない。


 頬を蹴り飛ばし、頭を踏みにじり、顎を蹴り上げる。何度も何度も、執拗に、心の底から屈服させるみたいに、葉蔵は花丸を踏み倒した。


「とかく生き辛い世の中ですよねぇ。正直者、正義、善人、無垢な人。そう言う真っ当な生き方ばかりが、損をする。」


 葉蔵は花丸に向かって顔を覗かせ、彼女の髪を掴んで顔を持ち上げる。そうして強制的に視線を合わせ、花丸に囁く。


「堕ちましょう?貴女の誇り高さが、貴女を傷つける。いいじゃないですか。道徳倫理など捨ておいて、私の世界に溺れてしまえば。気持ちいいですよ?」


 花丸は葉蔵を睨みつけた。けれど、葉蔵はそんなことを気にすることも無く、花丸の赤く傷んでいる頬にそっと手を当てる。


「さぞ痛いでしょう?さぞ苦しいでしょう?正義など罪深いもの、辞めてしまいましょう?私は、堕落した貴女が見てみたい。」


 恍惚とした表情を浮かべ、葉蔵は心底愛おしそうに花丸の頬を撫で続ける。その後、葉蔵はお互いの鼻息が当たる距離まで顔を近づけ、優しく彼女の唇を奪おうとした。


 その瞬間、花丸はぺっと口から血の塊を吐き出して葉蔵の目を潰す。それからその目潰しで反射的に飛び退いた葉蔵の頭を逃がすことなく、花丸は全力の拳を顔面へめり込ませる。


「最悪の口説き文句だ。吐き気がする。言っておきますが、私の心は既に我が王ただ一人だけのもの。私は決して、貴女のような下衆に靡く女ではありません。」


 痛みに悶え、鼻血をダラダラと流す葉蔵に向かって、花丸は追撃を怠らない。吹き飛んで行った相手へと跳躍で距離を詰め、彼女は拳の連撃を繰り出した。


「がっ...!気高き想い!何たる凛と咲く誇りか!!けれど...貴女のそれがっ!!仲間を殺すのです...!貴女のせいで...!仲間が罪の精算に使用されるっ....!!」


「そうなる前に、私が貴方を殺します。そもそも、罪だ罰だと...どの口が。」


 花丸は連撃を叩き込んだ後、葉蔵の胸ぐらを掴んで影のナイフを再生成。相手の腹目掛けて全力で突き刺し、横に一筋線を引くことで腸を零れ落とさせる。


「並の悪霊ならここらで灰になるはずですが、貴方は無駄にしぶといですね。」


「はっ....はっ...あぁ....。悪人とは....得てしてしぶといものですよ.....!世に憚っている者は....全員悪人です....から.....。」


 葉蔵は溢れ出そうになる腸を腕でなんとか抑え、自分が消滅してしまわないよう必死に呼吸を整えようとした。


 だが、花丸はそれを許さない。腸が出てもナイフは動きを止めること無く、葉蔵の体に無数の傷を付ける。


 求められるのは、仲間に危害が及ばないような即殺。しかし、もし即札を目指して失敗した場合では、道ずれにと悪足掻きをされる可能性がある。


 故に花丸は、相手の集中力を阻害して血界を維持させない方向へと舵を切った。それが意味するところは、つまり緩やかな殺戮。


 半ば拷問と化した戦闘は、花丸にとっても気持ちのいいものでは無い。一方で、葉蔵はどこか満足気な表情をして花丸を見つめた。


「私にも、きちんと罰が下った....。行く先は、やっぱり地獄なのでしょうね。」


 男は妻と海に身を投げたあの日から、ずっと罰を探して彷徨っていた。自分を罰してくれる何か、清めてくれる何かを。探し求めていた。


「ただ一つ...堕天を聖女に捧げられなかったことが悔やまれます.....ね......。偶像を崇めることを禁じておいて.....遺体を愛するなんて......馬鹿な聖女も居たものだ.....。」


 花丸はナイフを動かす手を一度止めて、地面に葉蔵を放り投げる。それから今度はナイフでは無く、トドメを刺すための刀を製造。


 スラリと伸びた漆黒の刀身を葉蔵の首元に当て、首を確実に飛ばせるよう力を込めて構える。


「最後に何か、言い遺すことはありますか。」


「罪も...罰も.....。全ては過ぎていく。そこには何の価値も、意味もない。地獄でまた会いましょう、罪深き貴女。」


 結局最後は、全てを放棄して死んでいく。罪も罰も、彼にとってはどうでもいい事だったのかもしれない。


 薄っぺらな人間性、空っぽな心。彼に信念は無く、また信仰も無い。あったのは苦しみと、言い訳じみた言葉だけ。


 葉蔵は最期にまた薄気味悪く微笑んで、ごろんと首を落とされて灰となった。

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