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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
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鏡合わせの氷雪

 

 吹雪が吹き荒れる中、地表の雪を割って地面から氷の茨がいくつも出現する。茨は迷うことなく牡丹へと向かい、その動きを封じるため鋭い棘と共に伸びていく。


 牡丹はその巨体で茨を何本も受け止めつつ、それでいて正面突破を目指した。駆け引きもない、技も経験もかなぐり捨てた特攻。


 小細工など、ここでは無用だった。牡丹はその身にずっと、雪らしからぬ熱を抱えていたから。


 だがその熱さえ、今では燃え尽き失われた。灰のような雪。牡丹は無意識の中で、死に場所を求めていたのかもしれない。


 茨があられのように、牡丹の肌を少しづつ削り取っていく。濁流の中を征く錯覚と、鋭い痛みが牡丹の脳みそを埋めつくした。


 それでも、たった一つの輝きに向かって牡丹は駆ける。目指すは宝石、吹雪の中にあっても穢れ曇りひとつ無い、無垢なる煌めき。


 否定したくなった、自分の行いは正当なものであると。元から未来が無かっただなんて、そんな事は決して無いと。


 あの日々は決して無駄じゃなかった。無意味でもなかった。仲間と共に駆け抜けたあの美しき思い出は、確かに未来を指し示していた。


「貴公は間違っている!!我らは未来のために生きた!!誰よりも、何よりも尊い未来のために!!雪を割って、ふきのとうが芽吹くように!!誰にだって、雪解けの未来は訪れる!!!」


 敗残の象が吠える。死んで行った仲間に誇れる散り様を、諦め切っている過去の自分に後悔がないよう言葉を叩きつける。


 眠り姫は未だ、茨の園の氷の中。この声が届いているのかも、この思いが通じているのかさえ牡丹には分からない。


 大量の生傷と凍傷を抱え象は一歩、また一歩と優晏へ近づく。だがそこで、牡丹はようやく茨の持つ能力に気づいた。


(『雪象』で受けた傷が....雪で再構成しても崩れ落ちる...っ!そうか...治癒出来ぬ凍傷を与える...。それがあの茨の力...!)


 優晏の『幽愛(かくりあ)』で生み出した氷の茨は、物理的なダメージを魂にまでフィードバックさせることが出来る。


 つまり、一生治ることの無い凍傷を相手に与えることが可能。そうしてそれを理解した上で、牡丹はダメージを受けることを良しとした。


 優晏に向かうたび茨の数がより多く、より強力になっていく。凍傷は増え、痛みは重なり倍以上まで増す。


(これは...罰だ。数えられぬほど、人を殺した罰。でも、それでいい。たった今、救わなければならぬものが救えるのなら。喜んで罰を受け入れよう。)


 無辜の人を殺して悩む姿も、想い人のために強く在ろうとする姿勢も。愛を残せなくて自暴自棄になってしまう、そんな愚かさまで。


 どうしようもなく、若き日の牡丹に優晏はそっくりだった。だからこそ、牡丹は優晏を孫のように思っている。


 彼女を救うことで、間接的に自分も救おうとする。そんな、自分勝手なエゴから生まれた行動。


 氷の中に閉じ込められ続けた、昔の自分。諦めて、勝手に京極から逃げ出したバカな自分。そんな哀れな女に、たった一言でいいから言ってやりたかった。


「手前が好きになった男は!!!そんな器の小さい男などでは断じてない!!!!!」


 引きちぎる。幾重にも重なり、完璧に全身を捉えている氷の茨を、牡丹は力技だけで解除していく。


 ぶちりぶちりと音が響く。茨が切れている音なのか、皮膚が切り裂かれて肉が割れる音なのか分からない。


 ただそれでも、はっきりと言えることが一つだけ。牡丹は茨の園を抜けて、氷の宝石の前までたどり着いた。


 花氷のごとく、美しい銀の琥珀。ため息が出るほどの風花を漂わせて、それさえ絵になると思わせるような綺麗な光景に。


 気づけば、牡丹の壊錠は既に粉々に破壊されていた。今の彼女は、生身かつ無防備なコロポックルの姿。


 牡丹は隻腕で不安定となった体で術式を発動し、足元に雪を積み重ねて、眠っている優晏と同じ目線まで登る。


「復讐など....本当はどうだってよかったさ。殺された怒りよりも、失った悲しみの方が大きかった。空っぽを埋めるためには、それしか無かったんだ。」


 氷は透明で、鏡合わせのように二人は向かい合う。片腕を欠き、全身に切り裂いたような凍傷を纏わせた牡丹は、最早幾ばくの余命もありはしない。


 だからこそ、伝えたいことがある。それは、彼女が唯一未来に残せるものだから。


「貴公は惜しみなく、その一生を持って愛を貫くべきだ。儂...私には、出来なかったことだから。」


 残った左腕を大きく振り上げ、牡丹は氷の宝石目掛けてその拳を叩きつけようとした。だがその瞬間、一本の茨が牡丹の腹を貫く。


「がっ...!!止まるか....止まって.......たまるか.....!!!!!」


 血を吐き出し、美しき氷を血に塗れさせながら、牡丹は力一杯氷の壁を叩く。されど、瀕死から放たれる威力は虚しいもの。


 小さなヒビ一つ残して、牡丹は地面へと崩れ落ちる。今までは返り血の色だったはずの紅が、すっかり自分のものとなってしまった光景を見て、牡丹は弱々しい呼吸をした。


 言うまでもなく、風前の灯。牡丹は空いた穴を左腕で擦りながら、心底悔しそうに空を見上げる。


「この腹も..........最後まで、空っぽか。」


「........もう、行くわ。」


 牡丹の力が失われていくのを感じ取ったのか、果てまた体力の限界か。優晏はいつの間にか壊錠を解いていた。


 吹雪は止んで、血に濡れた赤い雪だけが辺りを埋め尽くす。優晏はそんな牡丹を見て、どこか言い訳の出来ない罪悪感を覚える。


 牡丹は人殺しだ。きっと、百や二百じゃ下らない数の人間を屠ってきたんだろう。だから、罪悪感なんて抱える必要は無いはずなのに。


 茨に締め付けられるように、優晏の胸がギリギリと痛む。本当に、泣き叫び出したいほど強く。激しく痛む。


 快晴の空が、皮肉に牡丹を照らす。こんな天気のいい日に、やめて欲しいと優晏は心底思った。だって、頭にこびりついてしまうから。


「.....ねぇ、牡丹。あなた、愛ってなんだと思う?」


「誰かを想って生きること。それが愛だよ、優晏。」


「名前...今更....!っ....。私と、真逆なのね。」


 優晏はまた、幽かに笑った。誰かを想って死ぬこと。それが彼女の思う、愛の形。本当に、左右逆の鏡合わせ。


 優晏は牡丹に背を向けて、一人遠くへ歩いていく。牡丹を倒したところで、戦いが終わるわけじゃない。優晏は刑部たちの援護に向かうため、その場を颯爽と後にした。


 残った瀕死の牡丹は、うっすらと目を開けて雲ひとつない空を眺め続ける。そんな空に、一筋の影。


 雪より白い、大きな鳥。見覚えのある、鶴のもののけが牡丹のすぐ側に舞い降りた。


「覚えていますか?私です。あの時助けて貰った、鶴でございます。私はたった一度、あなたに御恩を返しにやって来ました。」


「.....悪い....な。この体、最早死に体。恩返しなど.....叶いそうもない.........。」


「いいえ、この命に変えても...あなたへ御恩を返します。『鶴立企佇(かくりつきちょ)』」


 牡丹の体に光が溢れ、雪がその体を再び作り上げていく。そうして出来上がった姿は、本人ですら見慣れた『冬将軍』。


「私の背中に乗ってください。たった一度だけ、あなたの願いを叶えましょう。」


 牡丹はなんだか、胸の奥から懐かしい気持ちがせり上がってきた。その懐かしさに心を動かされて、牡丹は最後の願いを鶴のもののけに伝える。


「札幌へ、向かってくれ。」


 芽吹くかは分からないが、未来へ種を残した。だから、後に残ったのはつまらない掃除。せめて、芽吹いた種が害虫に毒されないように。


 牡丹は鎮魂歌を奏でに鶴と飛ぶ。復讐ではなく、死んで行った者とこれから生きる者のために。

・『鶴立企佇(かくりつきちょ)

他人の願いを一度だけ叶える術式。ただし、発動には必ず術者本人が願いを叶えさせる対象に恩義を感じていなければならない。


その他にも、時間制限により一定時間経てば願いを叶えた以前の状態に逆戻りするなど、それなりに制限の多い術式。

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