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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
163/235

空っぽのあなたに、失った温みに。

 

 雪と氷の剣戟が海岸沿いに響き渡り、幾度となく刀身の逢瀬が行われる。


 どっしりと構えて相手の攻撃をいなす牡丹に、なめらかに周囲を滑走することで縦横無尽の剣筋を叩き込む優晏。


 終わりの見えない平行線だと言うのに、両者は一歩も引く素振りを見せない。それは一重に、お互いが似たもの同士であるから。


「いずれ....死ぬと分かっていた。戦いに身を置くものとして、死は身近なものだと....理解していた。理解していたさ...それでも、愛してしまった。」


 刀は速さを増していく、小恥ずかしい独白を覆い隠すように。優晏はそれを、自身も速度のギアを一つ上げることで対応。最高速の振り抜きで、牡丹の攻撃を迎え撃つ。


 年甲斐もない、乙女のような恋の独白。戦いだらけの日々に、革命を掲げた命懸けの毎日に。乙女だった彼女は、恋をした。


 強く、苛烈で、ガサツだったけれど、ほんの少しの優しさがあった。血に濡れた温かさ。ため息が出るほど、美しい紅色。


 その色に追いついてみたくて、彼女は幾度となく死地へ赴いた。その中で、彼女らは助け合いを通じ更に恋を深めていく。


「だが、この愛は無為なものだった。京極の体は....受け止めるには大きすぎる。」


 方や鬼、方や小さき(フキ)の小人。種族の違いは、どうしようもなく彼女にのしかかった。


「大きさが違う。種が違う。生き方が違う。子を成せないことがどれほど辛いか、貴公にならばっ!!分かるだろう....!」


 牡丹の一撃が一層重みを増し、優晏へと斬り掛かる。しかし、優晏はその一撃を受けることなく躱し、避けるついでに左脇腹を斬り抜ける。


「だから何。子供が作れないから、何なの。」


 優晏はそう、過去の自分を切って捨てた。その迷いは要らない。未来など、元より持ち合わせていないのだと、自分に言い聞かせるように。


「アイツと....京極と...!!未来を一緒に...っ!貴公も同じはずだろう!!想い人と共に、将来を歩みたいはずだ!!子を持ち、互いに老いさらばえる!陽だまりの未来を....!望んだはずだろう.......。」


「.......私は、悪霊だもの。未来なんて、そんなの無いわ。」


 牡丹にとっては、肯定したかった自分。優晏にとっては、否定したい自分。二人は鏡合わせのように、左右逆となって向かい合う。


 これ以上の言葉は不要。両者は雰囲気でそれを察し、剣戟の音が一度止む。深い呼吸と、研ぎ澄まされていく神経。


 刹那の静寂を超えて、二人は死闘を再開した。これは、自分の想いこそが正しいものだと、相手に押し付ける戦争。


 胸の内で鳴り止まない悲鳴。心がひび割れてしまいそうなほど、本当は叫び出したかった。けれど、そんなことをしたって辛くなるだけだと、優晏は心の髄から理解している。


 だから、精一杯吠える。流れすぎた血を雪が覆うように、化膿した傷跡を氷が埋めるように。優晏は世界に叫んだ。


「傷だけが....!!!傷だけが!!!私に残せる、たった一つの愛だ!!!!!!」


 優晏は刀を捨てて、周囲に満開の蒼い華を咲かせる。感情の昂りが魂と共鳴し、出力はかつて無いほど上昇。


 辺り一体、それこそ雪のごとく空間を花弁が埋め尽くす。優晏は血界以上の範囲を、血界以上の出力で奪熱した。


(広い!!だが、元よりこちらは雪。避けられずとも、大した痛手では無い!)


 牡丹は攻撃を回避して攻めを緩めるより、多少の無理を通してでも相手を削った方が得策だと判断を下す。


 熱を奪われ、『冬将軍』を構成する体の雪のあちこちが凍結しながらも、牡丹は優晏に向かって刀を振り下ろした。


 優晏はそれを回避しようとするどころか、迫り来る刀身に向かってその白魚のような細指を伸ばす。


「馬鹿な!素手で止められるわけが無いだろう!」


 優晏は白い息をほうっと吐き出して、刀身に触れる。すると瞬間、刀身は凄まじい速度で凍りつき制止、その冷度は牡丹本人にまで伝播した。


 雪をも凍らす氷。上昇した出力は、もはや歴戦の復讐者の首元へさえ牙を立てる。


「ぐっ....!!舐め...るっなっ!!!」


 一呼吸遅れて牡丹が氷を砕き、凍結から逃れる。だが戦闘での一呼吸分という時間は、死に至るには十分。


 優晏は溜まった熱量を一気に全放出。『冬将軍』形態の心臓を目掛け、極大の豪炎の筋で牡丹を焼き払う。


 その余波で雪はドロドロと溶け、『冬将軍』が解除され中から牡丹本体が出現した。牡丹は右肩がまるまる焼け飛ばされており、致命傷とまでは行かずとも酷い手傷を負っている。


「復讐も、恋も、未来なんて淡い期待も。私が全部終わらせてあげる。だから牡丹、出しなさい。あなたの、全力を。」


 それは暗に、【壊錠】を使えと言ってるようなものだった。圧倒的な力。絶望を叩きつける、吹雪の巨体。


 それを経験してまだ尚、彼女は牡丹との全面対決を望んでいる。そうでなければ、真の勝利とは呼べないから。


「真っ向から、あなたを否定するわ。私たちに、未来なんて最初から無かった。」


「いいや、あった。奪われただけで、未来は誰しもに等しく与えられるものだ。儂にだって...どこかにはきっとあったはずだ。」


 子供が作れないからと、牡丹は自分の意思で京極を諦めた。どうか同じ他の鬼と子供を設け、幸せに生きて欲しいと祈りを込めながら。


 だが結局、京極は生涯誰と結ばれることも無く、人間の手によって殺された。その事実が、どうしようもなく牡丹の心を蝕み続ける。


 もしも自分が身を引かなかったら、ずっと傍にいれば。子供を作る方法が見つからなくとも、彼が死ぬことは無かったんじゃないか。


 後悔と、最愛の鬼を失った悲しみ。空虚な穴を埋めるものは、機械的なまでに無慈悲な、人に対する復讐心だけ。


 牡丹は隻腕となり、痛みに空を見上げて過去を想う。そうして、まぶたの裏には若々しい鬼の姿。


「ここを、我が死地とする。唄鳥(うたどり)は、唄って死ぬから唄鳥(うたどり)だ。【壊錠】『雪象(せつぞう)』」


 吹雪が巻き起こり、小さな体を雪が包み込んでいく。気づけば既に、見上げるほどの巨躯がそこにはそびえ立っている。


「この身は羅刹。人の血を浴び、百鬼を思う血染めの雪なり。敗残とは言え生き残り。只で殺れると思うなよ、悪霊の!!!!!」


 怒号が圧力を持って、空気をビリビリと唸らせた。ただそこに在るだけで、世界が歪む錯覚を覚えるほどの強靭さ。


 そんな相手に、優晏は怖気付くことなく立ち向かう。そこには、幽かな微笑があった。


「私は、ここじゃ死ねないの。春水の目の前でしか、死んであげない。」


 傷だけが愛だと言うのなら、彼女は確かに愛塗れだ。痛みを、苦しみを、絶望を、彼女は愛しいもののように受け入れる。


(春水からの贈り物だもの、この痛みだって。だから、愛して欲しいなんて贅沢。絶対に言わない。)


 微睡むように、優しく優晏は瞳を閉じる。眠り姫は、きっとどこまでも眠り続けるのだろう。銀の棺が、彼女を包み込んだ。


「【血界侵蝕】『燼不凍星(もえずのいてぼし)』」


 血界は球形ではなく、結晶のような氷となって優晏を閉じ込める。透明度の低い、酷く曇った氷の柱。


 それに少しづつ、ゆっくりゆっくりヒビが走った。牡丹はそれを見て驚愕しながらも、どこか納得したような気持ちで優晏を見つめる。


 完全に氷の柱が崩壊した時、中から現れたのは琥珀のように優晏を包む氷の宝石だった。


 涙を思わせる雫型の宝石は、眠っている優晏を封印し続ける。牡丹は本能的に、それが卵なのだと理解した。


 過剰なまでに飾り立てられた宝石。真意を覆い隠すために殻を作り上げた卵。薄氷の台座に固定されながら、その中にいる優晏は目を覚まさない。


「【壊錠】『幽愛(かくりあ)』」

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